その昔、甲州の造り酒屋『七賢』を訪れたことがある。
清春白樺美術館を見たついでに白州町まで歩いて行ったのだ。
途中、竹林があったような気だするが感覚的な記憶だから間違いかもしれない。
坂を下ってまた登って道が二手に分かれていた一方を進むと喫茶店があり土産物店もあった。
喫茶店で食べた酒かす入りカステラがすごくおいしかったので聞くと七賢の酒蔵を紹介された。
そこには日本酒『七賢』の唎酒コーナーがあり、お客さんは大概Ⅰ本買って帰る。
女性陣は酒かす入りカステラに手が伸びる。
薄暗い酒蔵の土間を通り抜けると裏手に工場があり、土地の名水仕込みの酒が造られているとのことだった。
因みにもう少し山の奥まで行くとサントリーの山崎工場があるところだから「七賢」の酒もうまいわけである。
その後数年して旅行仲間のイベントがメンバーの一人Yさんの企画で行われることになった。
ちょうどKさんの出版記念会をやろうとしていたところなので便乗する形になった。
Yさんから手紙が来て日程を調整し、一泊二日の旅行先が決まった。
関東に住む4人がJR小淵沢駅で集合し、Yさんがクルマで迎えに来てくれるとの連絡だった。
すべては今回の幹事Yさん任せだから他の4人は言われたとおりに行動する。
宿泊は長坂にある施設、一泊のあと蝶の博物館と七賢酒造の見学だったからこちらがびっくりした。
Kさんの出版記念会も滞りなく終わり、二か所の見学も済んで帰途につく予定だったが送ってくれるはずのクルマがが小淵沢とは反対の昇仙峡方向へ曲がったからまたびっくり。
「Aさんが夕方5時に経編集者と打ち合わせ予定があるんだってよ」
だから小淵沢駅まで送ってくださいと頼んだが知らん顔。
クルマはどんどん昇仙峡へ向かって走るからハタと気が付いた。
Yさんは彼の自宅へ向かっているのだ。
すったもんだしているうちに到着し「僕のところでお茶でも飲んでいってくれ」
「Aさんの打ち合わせが間に合わなくなりますから勘弁してください」
当のAさんは何も言わないが、こちらは強引さにあきれて意地になった。
Yさんはさっさと家に入ってしまい、⒋人が付いてくると思っている。
「しょうがない、それぞれ荷物を持って帰りましょう」
トランクルームを開けリュックや土産物の手提げ袋を取り出してYさん宅から退散した。
途中の雑貨店でタクシーを呼んでもらい、JRの駅へ向かった。
数日後「僕の買ったカステラが無くなった」と抗議が来たので、七賢に電話してYさんの住所に送ってもらった。
数年後Yさんが亡くなったと風のうわさが届いた。
後味の悪い思い出だが、持病の腎臓病が悪化して入院先で死んだことを知ると「あの時家に上がってやればよかったかな」と後悔めいた思いがわく。
理屈ではこちらに理があるはずだがYさんの強引さにはよほどの思いがあったのかもしれない。
無念そうな顔が目の前に浮かんでくる。
〈人生にはこうした場面に出くわすことがある〉
竹林の七賢人に事の是非を聞いてみたい気がする。
〈おわり〉
甲州の造り酒屋っていうだけでみりょくをかんじちゃいます🍀✨✨✨
竹林を渡る風が良い季節になってきましたね✨
(くぼにわさま、5行目が「酒かす入りカステレ」になっているのですがそのままでよろしいのでしょうか?)
早速直します。
最近この種の間違いが多くて。注意力散漫ですね。
『七賢』はお酒も有名ですが、酒粕入りカステラも人気ですよ、
そうですね、竹林を渡る風が気持ちいい季節になりました。
白州町の風景が思い出されます。
あの頃の数年間、心置きなく言いたい放題本音を吐露しあいあえた物書き仲間同士、よくあちこち気ままな旅に出ていましたっけ。
あの日のことは朧気ですが、短編小説のワンシーンのように心の隅っこにたしかにしまい込んであります。
窪庭さんの今回の文章で、久しぶりに思い出させていただきました。
お互い、ものを書くこと、話すこと、旅することが何よりも楽しくて楽しくて、肉体的にも生命エネルギーが目からも口からも噴き出すような感じの年代で、今思い出すと人生最高の時でしたね。
それにしましても窪庭さんの記憶力はすごい!!!
あの日の微妙なそれぞれの心理状態まで、文章の行間からそこはかとなく匂ってくるのですから。
ほんとうに懐かしい中年時代の思い出ですね。
よく小旅行に行きましたね。
Yさんとの交流は少なくこれまで登場しませんでしたが、七賢がらみで彼の顔まで目に浮かんできたんですよ。
言動に癖のある人でしたが、今となると懐かしさが募ります。