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浮世博史『もう一つ上の日本史』(46)百田氏の誤り:①日本の「教育」は江戸時代からでなく、鎌倉時代・室町時代から広まっていた!②日本の識字率は「世界一高い」わけでない!

2020-11-05 11:56:12 | 日記
(46)農民で読み書きができる人は、すでに平安時代末や鎌倉時代にも相当数いた!
V  百田尚樹『日本国紀』は「寺子屋の・・・・歴史は古く、桃山時代にはすで都市部に寺子屋があった。当時来日したキリスト教の宣教師が『日本人は女子供までが字が読める』と驚いたのも、寺子屋のお陰である」(百田185頁)と述べる。
V-2  しかし農民で読み書きができる人は、すでに平安時代末や鎌倉時代に相当数いた。(Ex. 地頭の不正を農民が書状で訴えている。)(Ex. 室町時代の一揆でも農民の文字が残されている。)日本の「教育」は中世(鎌倉~室町時代、12世紀末~16世紀終わり)から広まっていた。
V-3 鎌倉・室町時代は産業・商業が発展し、特に商人は「読み書き」が必要となった。また村落指導者にも読み書きが求められ、農村にも文字が広まった。Ex. 絵入りの「御伽草子(オトギゾウシ)」。

(46)-2 日本の識字率は「世界一高い」わけでなく、「低くはない」という程度だ!
W 「江戸時代の庶民が世界一高い識字率を誇り、世界でも類をみないほど高い教養を持った」(百田186頁)と百田氏は言う。しかし(ア)実は識字率の高さについて、明治時代以前は調査がない。
W-2 また(イ)明治初期(1877年)の長野県常磐村の識字率調査(882人)では、(a)自己の姓名・村名の記名64%、(b)出納帳簿の記名23%、(c)書簡・証書の自署7%、(d)公用文読み取り3%である。
W-3 欧米での識字率は(c)(d)の調査が中心なので、日本の識字率は「低くはない」という程度だ。
《感想》百田尚樹氏は「お国自慢」が過ぎるようだ。「贔屓(ヒイキ)の引き倒し」だ。(ひいきし過ぎて、かえって不利にする。)
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