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筒井康隆(1934-)「五郎八航空」(1974年):運命は皮肉だ!「死ぬ」確率が低い選択をした「旗山」が死んで、「死ぬ」確率が高い選択をした「おれ」が助かった!

2023-08-12 14:44:39 | 日記
※筒井康隆(1934-)「五郎八航空」(1974年、40歳)『日本文学100年の名作、第7巻、1974-1983』新潮社、2015年、所収
(1)
A 「おれ」は出版社に勤めるサラリーマン記者だ。先月号から始まったばかりの「無人島探訪シリーズ」の取材のため、カメラマンの「旗山」とともに「乳島」に行った。塩川という村から二人は、乳島にわたる伝馬船に今、乗っている。出張予定3日間の最終日だ。台風の影響で目的地「乳島」に着くのが遅くなった。
A-2  編集長に長距離電話すると、「明日の朝には必ず戻ってこい」とカンカンだった。
A-3  乳島に着くと、伝馬船は再びすぐに塩川に戻って行った。「おれ」と「旗山」は島を一周取材して3時間かかった。伝馬船が迎えに来るのを待つが、だが台風の影響で伝馬船は迎えに来なかった。
A-4  二人は仕方なく無人島にある農作業用の小屋で休む。ところがそこには農夫「眼やに」と「赤鼻」がいた。そして農夫たちは「海が荒れて伝馬船が来ない日は、航空便が来る」と言った。「日に一回往復する」。
(2)
B  その飛行機が五郎八(ゴロハチ)が操縦する「五郎八航空」だ。(営業許可は取っていないヤミの航空会社!)ところが五郎八は昨日、マムシに噛まれた。そこで副操縦士の「五郎八の女房」が操縦して、飛行機がやって来た。
B-2  ①飛行機はボロの双発のプロペラ機で座席10席。②「五郎八の女房」(お米さん)の操縦は亭主の見様見真似で危なっかしい。③お米さんはねんねこで赤ん坊を背負っている。④カメラマンの「旗山」は危険だと乗りたがらなかったが、「おれ」は馘首がこわいので何が何でも明日、東京に帰らねばならず「五郎八航空」に乗った。⑤途中で小便がしたくなった「旗山」は機体の床の隙間から小便をした。⑥飛行機は「雨漏り」がする。⑦「雲で地べたが見えない」とお米さんが困る。⑧やがてプロペラが片方停まる。⑨さらに「燃料がほとんどない」とお米さんが言う。⑩だがうまく「国道」の上に出る。「五郎八航空」の飛行機は国道に不時着する。⑪そこはガソリン・スタンドの前で飛行機はそこでガソリンを入れることができた。
(3)
C ガソリン・スタンドから(鉄道がある)塩川まで30キロもある。「おれ」は何が何でも明日、東京に帰らなけらばならない。かくて「おれ」はまた、農夫「眼やに」と「赤鼻」とともに「五郎八航空」の飛行機にの乗った。ところが「旗山」は「もうこんな危険な飛行機に乗らない」、「馘首なんてこわくない」、「フリーのカメラマンで食っていける」、「台風が通過するまでここで待つ」と言った。
D  「おれ」は塩川から鉄道に乗り、無事東京に戻ることができ、翌朝、出社した。
D-2  だが「五郎八航空」の飛行機が国道を離陸した直後に「がけ崩れ」があり、あのガソリン・スタンドが埋まり、スタンドのサービスマンと「旗山」が死んだ。「おれ」はその知らせを東京で知った。

《感想1》「五郎八航空」はいい加減な航空会社(?)だから、不時着後「旗山」が国道から再び飛行機に乗るのを拒否したのはもっともだ。
《感想2》しかし運命は皮肉だ。「死ぬ」確率が低い選択をした「旗山」が死んで、「死ぬ」確率が高い選択をした「おれ」が助かった。
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