クリーブランドという都市名を聞くとすぐに浮かぶのはレブロンジェームスの
いたクリーブランドキャバリアーズです。その都市の象徴的な建物や風景は思い
浮かばないもののバスケファンにはなじみのある地名です。
ここに世界に冠たるトップクラスのオケがありそれが100周年を迎えたというので
特集のような番組がNHKにありました。前半はマルタ・アルゲリッチのピアノで
ヴェートーベンをやっていたので録画して置きました。
すると後半にはクリーブランドの都市が映り、そこに誰がどのようにしてオーケストラを
作りそれがどのように育ったかを映像で紹介していき、次にプログラムの紹介をやりました。
クリーブランドの名を刻んだのは紛れもなくキングレブロンの功績ですが、それがいまは
コービー引退後ずっとドアマット状態のレイカーズにいて先日はリーグ優勝を果たし、自身も
MVPに選出と相変わらずの活躍をニュースで見ました。ただ、最近は中継をみていないので
WESTにはスプラッシュブラザーズのゴールデンステートウォーリアーズがいるはずで、しばらく
その天下は続くものと思っていたので、そのWESTにレブロンが加入して来たというのは意外
で、さらに優勝までしてしまうというのも全然予想外でした。
話はそれましたが、その番組で最初にやった曲で共演したのがあのランランでした。
しばらくぶりに見た彼は全然齢を取らず、てっきり金正恩並みにさらにふっくらしているとおもったら
かなり以前よりシュッとしたしまった顔立ちでこれは世界で人気も上がろうかという感じです。
それにあの顔芸にもさらにグレードアップされその陶酔とした雰囲気で体中をくねくねと使い
日本では多分どの指導者からも叱られるようなパントマイムの人がエアーでピアノを弾いているかの
ようなまるでピアノは弾いているのではなくダンスをしているのかというかのごとくくねくねと動く
のです。
かつての顔芸で目をむいたり顔で語り掛けるかのようなものからもう曲の世界に浸りきり全て自分を
その曲にしてしまったかのような顔も体も全てで弾いているというもうこれは至芸というほかはないのです。
するとこの奇態ともいえる演奏方法にこたえるかのようにオケの面々もくねくねとやりだしてクリーブランドの
音とはこれなのかと思ってしまいました。番組では100年で作り上げた音とは正確さやテクニック以上に温もりや
優しい波長なのだといいます。誰もが触れて温もりを得られるそんな温かい演奏なのだといいます。
世界を旅するオーケストラがクリーブランドを冠するプライドとして町とある事も大切にし、市民に音楽を
届ける活動も頻繁行われカフェや公園などでミニコンサートなどをして触れ合っているからできる音なのだと
いっていました。
久しぶりに見るランランの変貌はこうなっていたのかとかなり衝撃的で演奏している手などは女性のもののような
手つきなのです。風貌は中国人というより韓国のアイドルのようだし、着ているタキシードのセンスこそ中国人と
いう感じでしたが、びっくりしたのは演奏後の指揮者と手を取り引き上げる姿や仕草が妙になよなよしていて
こんなんだったけという違和感もありました。世界のトップ的な人となるとやはり人とは違うのです。そして、それを
囲う人も違うのです。前半のスイスでのアルゲリッチのコンサートの様子からすると米という国柄観客もラフな
スタイルかとおもいきやスイスの方がカジュワルな感じでクリーブランドはほとんどがタキシードで正装という米では
珍しい光景なのです。それに普通のアメリカ人らしい肥満した人たちではなく役者で揃えたのかと思えるぐらい
絵になる光景なのでした。
日本など各県にオケがあり数ばかりは多いものの世界に知られたオケはなく、それを育てる文化が都市にないのかと
いう気がしてきます。クリーブランドなどという普通は知られていない都市に世界を旅して届ける音を持っている
楽団があり、それを定期的に楽しむ文化もあるということが素晴らしいと思います。そんな意味では秩父でこの間
聞いた高橋望と佐藤久成のオールヴェートーベンプログラムなど聞けたのは奇跡のような気がしてきました。
10日の佐藤久成の無伴奏も本当に聞きたかったのですが、まだ都内に電車で出かけていく気になれず、まして
人混みの駅周辺をいくつも抜けて音楽会にというのはあまりに危険な感じがして諦めました。遠からずシャコンヌは
聞くこともあるだろうと思います。まあこれも豆を買いに来ていただいているお客様を裏切らないための努力と
しておきます。
結局3回都内の大学病院に通い、何もさしたる成果も上がらずに
終わったのでしたが、このお出かけのたびに色々とアクシデントとか
出来事があり、それによりまたなぜどうしてそうなるのかということを
とめどなく考え続けるような日々となりました。
まあ答えのないことなので書いてもしょうがないのですが、何かの参考になれば
ということで気が付いた事とか今の時期はこうだったという記録のために書いて
置きます。
まずは多くの人には需要のないスマホのゲームの話です。
2回目の板橋の病院に出かけたときになぜかそれまでやっていたポケモンgoなる
ゲームが起動しても位置情報を取得できませんというアラートを出してゲームを
始められないという状況になり、丸2日ポケモンgoなしの日が続いたのです。
するととても手持無沙汰に感じてSNSなどに出ているおすすめゲームをダウンロードして
次々にやってみたのです。
ポケモンと同じように位置情報を使うRPGや今一番はまるという宣伝文句の
ギャングのゲームとかやりましたがどれもポケモンの無聊を慰めるというわけには
行きませんでした。
結局ダウンロードしてもすぐに消してしまいましたが、残ったものがあります。
それが三国志をテーマにしたものです。三国志は日本の小説を何度か読み、それでは
不足を感じていましたが、後に日本で出ている小説の桃園の契りから劉備が死ぬまで
というのが主ですが、実際には劉備亡き後できの悪い2代目を主君に苦労して
北伐の戦いを繰り広げる孔明の話とかそれをライバル視して戦う司馬懿の話は
日本ではあまり知られていません。
しかし、日本にはこの三国志マニアはたくさんいてあまり本屋ではない三国志の
正史とか演義を読み込みこの時の真の英雄は誰かなどという議論を延々とするの
です。歴史的事実でみれば一番の実力者で実行支配の規模などから曹操が第一なのは
間違いないのですが、次の時代にまで実力が及んだということでいうと曹操の軍師の
司馬懿が一番の英雄であるのではないかと思います。
実際に人気や知名度では勝る孔明ですら退けつづけ負けなかったことや長期にその支配力が
及んだことなど総合時にみると一番であり、司馬遼太郎がペンネームに司馬とつけたのも
その表れなのではと私は思っていました。
その三国志ブームというのは漫画などからもきていてもちろんそれを受けパソコンゲームでも
多くのファンを生み、それを受けNHKの番組やドキュメンタリーなども毎年のように流れた時期があり
小説でだけで知っていた世界も大きく広がったのですが、後にハリウッド映画として本場中国の
ジョン・ウーが撮ったレッドクリフなどは実につまらなく日本のファンもがっかりさせられました。
まず原作にない演出やストーリーが加わり、三国志の世界観を貶めたとする人もいます。実際
スパイするようなストーリーや原作にない中村獅童の隊長役など違和感の残るものでものすごい
宣伝のわりにはこの程度という映画だった記憶があります。
日本にも墓がある関羽とか三顧の礼とか故事成語として知られる数々とか日本の現代にも影響を
及ぼし続けている三国志をテーマにしたスマホゲームというのが実に多く存在するのです。
もともとキャラクターとか元祖といわれるパソコンゲームのコーエーもスマホゲームを出していて
それも一つでなくいくつも出しているなどもうそれはすごい競争の世界なのです。
なぜそうなのかといえばそれだけ割とお金を使う独身男性のファンが多く、漫画やファミコン時代から
のファンとその層も厚いこととこれをテーマにすればそこそこ売れるということで参入する者が
後を絶たずなのだと思います。
どのゲームも同じような城攻めの陣取り合戦と武将の収集という性格は同じで所謂ガチャという
くじ引きでその武将を引けるというのも同じでそれを一回やるのに金がかかるのですが、最初は
無料でそのゲーム内の通貨も手に入り、武将も位の高いのも手に入ってくるのですが、有名な
孔明や劉備はなかなかとれず、また、その有名どころはSSRというランク付けされて特別扱いで
天賦というポイントも800から900と高いのです。当然それをそろえれば強い部隊がつくれて
強力な武力となると思うのですが、そのSSRで揃えた部隊よりNクラスの武将の部隊の方が
戦力としては高かったりしてこれもポケモン同様実力と数値がゲーム使用時の実感とともなわない
変な感じなものとなっています。
色々なアイテムも時間短縮もこのゲーム内通貨により行われるので人より強くなりたいと思えば
無料で遊ぶというのは限界があり、強い武将をそろえるためにガチャを多く引いたり、アイテムを
揃えたりとやたらと金がかかるのです。私などはそんなものに金を使う気になれず無料の分でしか
やりませんが、それでも今私のスマホ内には孔明、関羽、張飛、劉備と蜀のヒーローはそろっています。
それに曹操や呂布なども同じ部隊に入れて戦うというのは変な感じで、そもそも劉備にしろ一度引いて
もうそれきりでなく何度でも引くことができるなど変なシステムというかゲームならではということで
三国志の世界観を楽しむというよりただ人の城をつぶし合うだけのゲームなのですが、やめどころのない
のも確かで未だにスマホに残っています。
この無課金でやるにはもどかしいところもいくつもある三国志ゲームをダウンロードしておけば金が
なくてもうやることがないという状況になったら次のゲームという風に回して楽しむことができます。
ポケモンの場合は外に出てポケストップを回し続けないといけないのですが、コロナ対策でそもそも出歩かなくても
できるような改編がされやっている意味もなくなってきたこの頃にこのいくつもある三国志ゲームとさすがに
自分は何をしようとしているのかというのことにも突き当たるのでした。
コロナでどこにいもいけなくても時間のつぶしようはいくらもあるのでした。
ランニングを趣味とし、大会になど出るようになると
体調管理と日々の栄養補給にも気を使い、カーボローディングなども
試みたりするようになります。
そして、ドーピングなどと称して色々なサプリとかプロテインなどの
スペシャルドリンクに凝ってみたりして、それなりにそれぞれ効果を実感
したり過度の思い込みなどをしてみたりするのです。そして炭水化物をとる
喜びなども感じるのですが、普段は体重増加とか気にして制限していても
時に夏バテとかここ一番力を出したい日に山盛りのうどんとかパスタを食べたく
なるのです。
特に麺類好きでうどん好きな私ですが、この間は庭に作られたたくさんにハーブから
ここはパスタにしました。ある弁当屋さんのメニューにメガミートソースとかメガナポリタンと
いういかにも無駄にガテン系食欲をそそるメニューがあるのをみていつか実践しようと
目論んでいたところ昼はミートソースを作ったから自分で麺をゆでるように言われて
いざ冷蔵庫を見てパスタを茹でるときに一束の麺を茹でるのはどうもはばかられつい
二束取り出しわざわざガスコンロまで出して茹でだしたのでした。
大きな鍋で茹でられた麺は直ぐにざるにあげミートソースに絡めるともくろみ通り
皿からあふれんばかりの山盛りとなり思わずにんまりとなるのでした。
そして、それを食べると筋肉にエネルギーが蓄えられ久々に感じる満腹感と何かを
やり遂げたかのような満足感で気分も雨の中でかけるだけの力をだすことができ
異様な興奮もともない夜のバスケ練習に出かけたのでした。
秩父に住んでいると年に何度か秩父以外の病院を訪ねるということになります。
それは家族や親せきが入院するとか診察が必要になり同行するからです。
それだけ大きな病院がないという田舎特有の事情により大きな病気をすると
必然とそういう大学由来の附属病院とかを紹介されます。
大学病院や先端医療の大病院など最近では土地の安い辺鄙なところに建っていたり
しますので田舎だから病院がないというのも当てはまらないかもしれません。
都内出張と合わせて電車で出かけようかと最初思いましたが、未だ感染拡大中の都内は
余りでかけたくないので出張は自粛中なこともあり、今回も車で病院だけ行くことにしました。
今回紹介された病院も所沢と練馬でしたが、練馬の病院は行ったことがなく所沢は
元会社の先輩が入院するも病名も解らず死に至った印象もあり、今まで何度も行ったことが
あり様子は解っているものの足は向かわずわざわざ都内の方を選んでしまいました。
子供のころからこういった大きな病院に行った話はよくありそれは時に自慢話的に
されるものです。その最たるものは埼玉医大に行ったらロビーでピアノの演奏があったとか
スタバが中にあったとか何も自身の手柄ではないのに自慢げに語られるのでした。
そんな中うちの家族は近くの日野田病院だったり、市立病院どまりでそういった大病院
には縁がなく子供の頃は聞く側でしたが、大人になると家族を連れて行ったりお見舞いやら
と出かける機会が増え、話に聞く大病院の実際も大病院だからできることも体験したつもり
でした。
さて、今回は秩父で解決できないと大病院の紹介を受け出かけたのですが、普通大学病院などは
紹介状がないと初診料が5500円とかかかりそれだけ上位の病院のようにされていますが、実は
行くと今まで受けた検査をまた受けてと同じ繰り返しをして結局治療法もなくというケースが
多いのです。しかし、医者が万能と思っている人は多く、どこの病院も混んでいるのです。
今回も同じようなことになることは予想していましたが、今回違っていたのは病院がごみごみとした
住宅街の中にあり、古くてぼろくそれでも人は激込みで待合はソーシャルディスタンスどころか
余裕もなく人であふれていて駐車場なども今まで行ったところでは一番狭くて有料で一時間500円と
高く、支払った医療費も1万円以上と散々なものでした。それなのに考えてみると二月のスキー以来の
遠出は良い気分転換になり、何かやり遂げたかのような満足感も漂うのでした。
dポイントの使用とキャッシュレス決済の国の支援と私の長年の
携帯電話契約の変更と重なり、スマホ導入からdポイントの付与が続き
最初はそれが3万ポイントを超えて所持することになりどう使って
行くかも課題の中、まず使えるかどうかは最初の緊急事態でコンビニで
食料品を買わなくてはならない事態が起き、カードのみでコンビニの買い物
代金を払わずに済んだことや新たな初回限定の様々なサービスとポイント付与
とそのためのエントリーと重なり、にわかにポイントの出入りが頻繁となりだし、
そこに光回線の加入でのポイント付与や新たなサービスの加入もあり、ますます
その出入りが頻繁となっていきました。
突如の電話でひかりTVforドコモの勧誘も最初からポイントの付与の話から始まり、
解約してもポイントが付くことや解約してもテレビセンターは返却しなくてよいことなど
最初から利用者優位でポイントありきの勧誘と解約しても傷つかないイメージは刷り込まれていて
月々の利用用3500円という他の有料視聴コンテンツからすれば随分高い料金設定も気にせず
申し込んでみようかという気にさせたのでした。
昨日そのひかりTVforドコモを解約の手続きに入り、ドコモショップの予約とハードディスクの
返却の電話をしました。マイドコモからもひかりTVforドコモができるのを見つけて解約をしました。
それでも心配なのでドコモショップの予約はキャンセルせず先程来店すると解約は完了していないとの
事で改めて解約して事なきを得たのでした。
そこで帰り道つらつらとこのひと月余りの行動を思い返すとまず、テレビセンターというチューナーみたいな機械は
最初ポイントでの購入になっており、7700ポイントが機械を送り付けられたときに既に引き落とされていました。
だから返却無料は当たり前なのです。さらに今日の解約で3500円税別の利用料と解約手数料がダブルで来月請求される
というので、結局もらえるポイント7200ポイントを超えて出費の方が多いことになります。電話で聞いただけで
導入を決めましたが、会って数字を突き合わせて説明されていたらポイントとしては赤字なのはすぐに気が付いた
はずですが、長い電話での勧誘はどれもお得なことばかりのように感じたのも事実です。
まあそれでも電話一本でテレビセンターが届き、直ぐに視聴が開始され見るものの幅が一挙に増えたのも事実で
今まで見たかったラストシップが見れたことやブラインドスポットがみれたことは8000ポイントほど失いましたが
物として現在でもアマゾンプライムを見るのに使えるし環境的レベルアップが可能になったことを思えばまあ
仕方ないのかなあという総括になります。ただ、このひかりTVはもともとスカパーとかTBSオンデマンドとか
4K番組とか既存の有料チャンネルの寄せ集め的なコンテンツでなおかつ新しいドラマや人気映画などは有料と
3500円という料金設定からして魅力はなく、さらに見たいものを検索する機能も弱く使いづらいのです。
有料コンテンツも非常に小さく表示されているので気が付かずに申し込んでしまう人もいるのではという
危ない構図もあり、録画についてもわざわざ予約するほどの番組がまずないので暇なときにゆっくりやろうと
していたハードディスク接続なども結局箱を開けただけで結線する気にならなかったのです。最初はどうあれ
解約時買い取るつもりで申し込んだのですが、この先も多分利用しないだろうという気分が強くなり、
返却することとしました。これは電話で解約して取りに来るそうで利用料や解約料もなしです。
ドコモほどの企業がやるのならnetflixやアマゾンプライムに対抗できるくらいのひかりTVが作れるはずで
ドコモの契約でアマゾンプライムが付いてくるサービスもあるのにさらにこのひかりTVをやっている意味とは
どんなつもりで大量のポイントと契約システムとハードの仕様まで考えてのことなのかどうも釈然としないものを
感じつつとても残念な内容に思えてならないのでした。まあ結論としては有料チャンネルはコンテンツが全てと
いうことです。海外ドラマがどこよりも早くみれるとか安く見れるとか契約の縛りも少ないとか今後の改良を
期待します。
今日は一日最後まで初夏の陽気でさわやかで暑い日でした。
庭仕事や豆焼の合間の休憩にアイスコーヒーがとても良く合いました。
ここの所このように暑い日はカウチで伸びる日も何か意味がこもるかのような
そんな淡い期待もあるもののカウチで意識がなくなるのもほんの数分のことで
昼寝と呼べるような時間でもありません。
お昼に見たニュースで気になったのはTBSラジオの久米宏の番組が終了するという
話題でした。これは私にとっては時代の終焉のようなものをつきつられたようについに
来たかというイメージでした。もともと欽ちゃんのラジオが土曜の午後にありよく聞くように
なり、それが久米宏に移っていくわけですが、土曜の午後久米宏と毒蝮の掛け合いが好きで
よく聞きました。それ以来ずっと何かとこのラジオは聞くのですが、秩父ではTBSラジオと
いうのはよく入る局で車に乗るようになってからも聞くし、一番最初高校の時に買ったラジカセで
聞いたのもこの局で以来色々と思い出が残る番組が多々あり、永六輔とか影響を受けたパーソナリティーも
いました。永六輔亡き後は久米宏がフリー後またTBSに戻ってやったのがラジオなんですけどです。
豆焼の際もよくこの番組は聞いておりましたが、今の相生に焙煎室が移りラジオの受信が悪くなり最近は
めっきり聞く機会がなくなっていたところこの終了の記事を目にしました。終了は今年の初めにすでに
決まっていたのだそうで、コロナの関係で発表が遅くなったのだそうです。人気が落ちたとか不祥事などで
なく登り調子の時に辞めるのが理想だと言っていました。それにしても耳にしていた人がまたいなくなると
いうのは実に寂しいもので、また一つの時代が終わったかのような喪失感です。
過去記事を読むといつものこの時期から七月はスポーツイベントがあり、徹夜で見たとかそんなのがよく
あります。それを考えると今年はなにもないのだなあと改めて思いました。来年に延期したオリンピックも
果たしてできるのかも謎です。規模を縮小したり無観客ならそもそも中止でいいのではないでしょうか。
そんな喪失感の中、カウチの上は今日も平和でエレメンタリーを見るのですが、これもあと数話で終了です。
他のドラマは結構質的に落ちる感じで安定して見られるのはこのエレメンタリーとメンタリストくらいなのです。
これは話の筋としてはそんな知能犯や都合のいい事件ばかりあるはずはないのについその都合よさに突っ込まずに
見せるのはなかなかよくできていると言えます。その構造について語る前に今日はそろそろ走りに行かなくては
なりません。
もう自分の家として何も違和感のない状態ですが、木でできた我が家は
時折みしとかびきっとか音がします。かつての熊木の古い家でも同様に夜などに
突然音がすることはあり、通りを通るバイクや車の音とか町の騒音も今より
多かったと思います。しかし、この時折起きる家の音は普段何も音がしない時間の多い今の
方がびっくりするくらい大きく感じたりします。
毎日掃除していても埃やらチリは積り、何からそれらが増殖しているのか不思議で
なりませんが、世の中はもっと小さなウィルスの脅威にされられて先の見えない状況は
一向に出口さえ見えないようです。それに発表された補正予算などをみると半分以上を
国債で賄うなどというものに一体国という組織はどれだけ見えない搾取を続けているのか
と思わせます。借金という将来への先送りなどという安易なものでなく、これは確実な
国の支配の強化に他ならないのに街の声のインタビューでは国からの援助や補助がないと
成り立たないという声を流しています。これは明らかに奴隷のように尽くしていきますから
どうか生きさせてくださいと言っているに等しく自分の未来まで差し出していることに
気付いていないのです。
昨日夜はいつものランニングは阿保町や金室町を通りましたが、田んぼには多くのカエルの声が
満ちていました。冬あれだけ凍てつき凍り付いた土くれになぜこれだけの生命が潜んでいられる
のか不思議でなりません。虫やカエルやミミズなどは誰の面倒もエサやりもなくても確実に毎年
相当の数が生まれいなくならないのです。田んぼなどは毎年あらゆる農薬の散布があり、昔の
ようにヒルがいたりドジョウや小鮒が用水路にいることもありませんが、植えてもいない雑草やら
水草やらコケやらいくらでも生えてくるのです。それだけでなくカビやら菌の類はもっとしつこく
至る所にいて現代人は冷蔵庫を使うようになりそれらの 菌の存在とか価値とかへの関心が薄らいだ
ところに今回のウィルス騒ぎにおののくことになったわけです。
昔は各家庭に冷蔵庫などなく、どう食品を保存するかという知恵は様々な形になって取り入れられ
ました。各家庭にぬか床があり、菌の力で保存する方法を考え出しました。つまりは仲間になる菌と
毒である菌がある事を古くから知っていたのであり、醤油や味噌といった菌を使った食材や酒や酢など
多くの食文化につながっています。一方西欧ではチーズやバターなどの発酵食品くらいしかなく
日本人の食文化の深さに思い至ります。ただ、鰹節など醤油とみんな菌の力を借りているものも
みんなスーパーで買うものとなり味噌などは最初から出汁が入った状態で売られており、現代人には
菌の恩恵の意識がないのです。
今世間を席巻しているウィルスももともとは人類が家畜を飼うようになり自然界由来の危険なものが
変異しやすい環境を作ったともいえ、農業や畜産など今後人とのかかわりをよく考えて未来と人類に
将来とを展望していかなくてはならないでしょう。
夜のテレビなど今はロケができなくなり昔の番組を編集して流してそれにリモート参加のタレントが
コメントするというようなものばかりでとても見るべきものがなくなり、食事前の7時のニュースが
楽しみだったのも聞くものはいつもの同じような味気ない世界になってしまいました。
お店も閉まってしまい自宅でする料理にもよりくふうをする家庭が増えそれにつれスーパーの品ぞろえに
日々変化して納豆がなくなったり、小麦粉がなくなったりする一方パスタなどはわざわざお店に行かなくても
自宅でアラビアータとかジェノベーゼとかいくらでもできます。そこらのイタ飯屋よりうまいものが簡単に
作れることが解るともはやいい加減な店に行く気にもなりません。
なにしろ生パスタすらスーパーに並んでいるのです。自分で麺を打たなくてもいいし、ましてもう乾麺の
パスタなど使う必要もありません。
おかしなものでそうすると昔喫茶店で食べたナポリタンなどが妙に懐かしくなり作ってみたり、そして
作ると今風のアラビアータとか最近覚えた味にやはり負けていることを知るのみで昔の思い出は思い出として
壊してはいけないとまた改めて思うこととなるのでした。
昨日ブログを読み返すことになり、この時期の数年間を思い返すこととなり
色々なことがわかりました。
ゴールデンウィークというとすることとか、この時期なぜか起きることとか
かつてこの時期にやっていたこととかとにかくいろいろなことが集中している
時期なのは間違いありません。
ここで雰囲気を変えるためにあまり人気のない情報を書いておきます。
これは多くの人が反応しないことなので多分読まれることもないことなのでしょうが、
なぜかこういうのを挟むことも重要なのだという気がして他のサイトとの差別化も
だしてということで書いておきます。
スマホに買い替えて今更始めたポケモンgoはある一種の抵抗であり、完全に
周回遅れながら今を生きるということで人がやったことや世界的流行に少し
でも触れたという感触をいまさら書いておきたいと思います。
新型コロナウィルスの世界的流行でこのゲームの世界も影響を受けて自宅に
居ながらにしてアイテムを集めたり、他のプレーヤーと対戦出来たりと機能を
変更してきました。中でもジムやポストの反応が伸びたことで外出の機会を
持たずともプレーできるようになったこととジムでたびたび行われるレイド戦と
いう複数のプレーヤーが集まり対戦するものが家に居ながらにしてリモート対戦
できるという機能が昨日から始まったのはかなりインパクトがありました。
というのは秩父のような田舎ではレイド戦でも人が集まりにくく強力な敵に対して
満足に戦いが成立しないことが多く、一旦こういう流れになると頻繁に行われても
だれも見向きもしない感じの閑散レイドは日常的となっていました。
そして、そんな中でもコバルオン、ボルトロスとどうにか対戦で勝利しても最後の
モンスター捕獲で逃げられるという体験が続いていました。しかし、昨日のレイドでは
連続三回戦いが成立し、勝利。そして最後の捕獲も成功したのです。
昨日から出ているのがダークライというモンスターで、SNSでみるとダークライに
逃げられたとかレイドが通信障害でできないとか満足に捕獲できた報告より逃げられた
人の報告が多くこの差はなんなのだろうという感じです。
秩父のような田舎だとレイドで人が集まらず敗退とかそもそもレイドに興味すら抱かれず
放置されるケースが多いのに昨日は結構な確率でレイドが成立。これがまずうれしかった
変化でよその状況だと遠隔レイドでも人が集まらないという声が高く地域差はあるようです。
このゴールデンウィークの今後のレイドが楽しみになった感じですが、昨日と打って変って
今日はレイドは閑散としており、これはみんな手持ちのリモートレイドパスを使い切って
もはや満腹ということなんでしょうか。
しかし、SNSでは各種イベントで今日は何々の色違いが出たとかそんな話題が多く、イベントで
ある特定のモンスターが爆湧きするのは確認するものの、私には色違いという希少種ゲットの
チャンスはなくなんか別世界の話題を見ているような気分になります。とはいえちっともその
色違いというのがうらやましくなく、そもそも海外産とかある地域にしか出ないモンスターが
爆湧きしたりすると今までそれを捕らえに海外にまで出かけていた人がどんな気分でそれを眺めて
いるのかというのを思うとなんだか自分が自分の好物を待つペットになったような錯覚に陥り
ゲームなんて実にくだらないと思うのでした。
そんな気分ながらあっさりとやめることもできず他の人の楽しみ方をSNSで探ったりまだ
自分の知らない世界があるのではと続けているのです。
これはある状況とにていると思ったことがあり、結構危険水域に近づいている感じもします。
それとはまったく違う楽しみというか移転して生まれた展開として庭の充実というのが
最近は一大感心事となり、枯れた木の除去や開墾的な作業の末、今や何をどう植えるかと
いう最も楽しい悩み時間もありました。もともとは駐車場のグレードアップやテラス席の
建築とかピザ窯の設置などの野望もありましたが、庭を一から考えるというのはひとつの
宇宙に対峙することと同じで今まで歩んできた人生とかその人の思索とかが現れるのです。
以前熊木でスイカの種を捨てたら何日かしたら一斉に芽がにょきにょきと現れたことがあり
スイカやメロン、カボチャなど植えることを考えたことがありました。
しかし、熊木は土地が狭いうえに日当たりも悪く、バラやアジサイなどは毎年咲いていましたが、
私の好きな初雪カズラなどは本来の葉の色にならず随分つまらない思いもしました。それが相生の
今ならスイカでもなんでもできそうです。開墾して解ったのですが、地盤はかなり固い岩盤のような
礫岩層のようなものでできていて植えた木もその地盤を割り進んでいくことができず、入れた土へ
横に値を伸ばしているだけでした。
そんな程度の庭でも好みのオクラやパプリカなどを植えて収穫することは可能です。
もっと自分好みのハーブと野菜と花を植えて楽しむというのはこのコロナウィルスの
蔓延する世の中でも楽しめて人によってはそれをいちいちネットに乗せることも可能
です。
そしてそれらの思索の成果が何かをもたらしたとか後で確認できるためにもこの記録は
存在意義があると勝手に思っているわけです。