ソラから来たよ

このブログは「地球の謎解き」(http://sora.ishikami.jp/)の情報を元に構成しています。

君山

2007年10月31日 23時17分06秒 | Weblog
ソラ辞典より
君山
城山、シロヤマとも言う。
京都府綾部市吉美にある三角の小さな山。
射手座の女王の末子で星の宮のそばに降りて山彦を見守ったが、殺されたためシガサトの七不思議の奇跡を起こした。

2002年3月17日
イシカミです。
いろいろお知らせしてきましたが、私の話も聞いてください。
私は君山です。
“キミ” と言う意味はお知らせした通りです。

“キ” は、紙に書いて綴じたもの (記) = 知らせたことを伝えた事がとても大切という意味です。
“ミ” は、人間は3位一体 【 肉体、イシキ、魂 】 から成り立っていることを知ることが一番大切、と人間達に教えてきました。

それでキミ山と呼んでもらったのです。
それが私達イシカミの言いたい事でした。
ヒミコはそれで大国主のことを、“ワガキミ ”と呼んでいたのです。
私(君山)がいつも私を信じる人にお知らせしたので物部氏の力が強くなったのですが、支配星に支配された者にはかないませんでした。 
そして、完全に封印されたのです。
それでホシノミナをあらわす家を作るように教え、屋根に口をつけ形に残し語り伝えてもらったのです。
テレパシーで伝えたのです。
これが隠された歴史の一部です」

(* 君山とチャネリングをしていたのが“星述べ”と言われ、星野原、星原の地名になった)

「もう少し書いて欲しいのです。
それは一番大切なことです。それは家のことです。(なかなか言葉が出てこない)
家(この地方の入母屋つくりの農家)の形は、そのような形をして(ホシノミナが)ソラから降りてきたことを伝えているのです。
そして(屋根の横の空気抜きが)口の形をあらわしているのです」

【ストーンサークルのビジョン】
昔の人々はイシカミをあらわすストーンサークルの中へ入って、食物を与えてくださいと一心に願ったのです。
固まって多くの人が念ずる事により願いがわかりやすくなり、イシカミにつながる事が出来て、イシカミが願いを聞き届けていたのです

2001年10月31日
2001年10月31日 3時40分

眠れないので星原の事を思っていると突然地響きとともに「ドスーン」と大きな物が落ちたような音がきこえました。(北東方面)
聞くと、
「あの音は重要な意味を持っています。
君山が地球に降りてきた時にあのような音がしたのです。
すなわち物質としてのイシカミが、宇宙から降りてきた時の音をあらわしました。
そしてその衝撃でイシカミの球体はつぶれたのです。
キミ山もこのような痛みを感じました」
(急にお臍のところがキューと痛くなるも1分くらいで治る)

「君山は未熟児のように小さかったので(人間の)巨人は連れて来ませんでした。
それで小さな君山は、分身を作る(お腹から取出す)のが最初の仕事でした。
そしてその分身(日室岳)*が2人の巨人を作り、すぐに働いてもらったのです。
その巨人達がトヨウケ*(私市円山古墳)とイナリヤマ*(本宮山=鶴山)で、 ミセン*(弥仙山=君尾山の分身の巨人)と力を合わせて由良川を作りました。
また(福知山の)三段池を作り、田へ水路を引きおいしいお米が獲れるように人間のために働きました。
その証拠が池の周りにあります」(=稲葉塚古墳)

*)君山 = イシカミの女王の末子。未熟児だったという綾部市吉美にある小山。唯一ホシノミナのそばに降りた。
山彦を見守っていたので、シガサトの7(8)不思議を出してヤマトに抗議した。

*)日室岳 = 君山の分身。(岩戸山 = 城山ともいう) 
加佐郡大江町の元伊勢内宮の神体山。地元では天照大神の御陵(お墓)と伝え、古来より“山が光る”と伝わっている。
見事な三角山ピラミットは、まさにイシカミの分身(巨人)自身のからだで、河原には奇岩が多い。
(情報ではノアの息子がヤマトにより、大江山の麓の毛原{=毛が飛散る意}で惨殺されたと知らされる) 

*)トヨウケ = (イナリヤマと共に)君山の巨人。
由良川を作り、私市円山古墳、聖塚と菖蒲塚(トヨウケの両乳房)となって現存。人間のために食べ物を考え与えてくれた(本来の)トヨウケ。

(注1:伊勢外宮と丹後マナイ神社に食物・豊穣の神として祭られているのは、いにしえにトヨウケが人間のために食べ物を作り出したことへの感謝を、イシカミを封印するヤマトの支配から隠し守るために、遠くの真名井で食物豊穣の神として祭るようにしたのが始まりです。
のちに、後から降りたモノが本来のトヨウケの名前を踏襲した?事と知らされる)

(注2:青森の【三内マルヤマ遺跡】は、【私市マルヤマ】のトヨウケが原初のモデル(=三宅遺跡にあった謎の穴跡)で、テレパシーで教えて作って貰った遺跡と知らされました)

*)イナリヤマ = (トヨウケと共に)君山の巨人。
鶴山 = 本宮山として現存する。

*)君尾山 = 君山のお供で降りたイシカミ。
ヤマトに対して君山の身代わりとなった。自分の分身から巨人(弥仙山)を作った。

*)弥仙山 = 君尾山の分身の巨人。
落し物で“山家の立岩”を作り、君山の巨人のトヨウケと共に由良川の曲がりを作ったと言う。
 
*)四つ尾山 = 君山のお供で降りたイシカミ。(六つの尾根ある ムツオヤマと呼ばれたいと)

*)綾部の山々 = 名のある山、名の無い山々も全て射手座より降りたイシカミと、その分身と巨人です。

2004年6月17日
【メールマガジン】 2001/03/14 星物語

2001年3月14日 真夜中
「キミヤマ、キミヤマ、」と言って目が覚める。

「私はキミ山です。
本当の名前は君山ですが、土地の人は城山(ジョウヤマ・シロヤマ)と呼んでいました。
(城山には城跡の遺跡あり。当時そこで見張りをしていた)
私がホシノミナのそばの星原に降りたので(私が知らせたので)、ホシノミナのいる所が解ったのです。
私は未熟児のようにとても小さいもの(イシカミ)でしたが、お知らせすることは出来ました。
私はあなた(著者)が呼びかけてくれたことがとても嬉しかったです。
私の足下や私の分身の巨人=トヨウケ(私市円山古墳)にも高速道路が通りました。
それでお知らせしたのです」

(先日帰った時写真を撮ったりした。鉄塔が痛々しかったのでお詫びをした。)

「(シガサトの7(8)不思議は)私(君山)が考えたのです。
シガサトの7(8)不思議を 、よく皆は伝え続けてくれました。
今は意味の無いミョウガの世の中です。
けれどもタケノコの様に世の為になるものでなければなりません。
君山を頭と考え、(別の山を)君尾山と名付けました。
何故ならヤマトの者に君山を見つけられないようにするためでした。
城山(ジョウヤマ)の山頂にあるわずかな石が私の落とし物なのです。

忘れられない人、それが山彦です。
いつも山彦とはお話ししていました。
そしていつもミナツキサン(綾部の夏祭り)には海彦と楽しく過ごしました。
なぜ山彦と呼ばれるかというと、山彦が山に入るといつもキノコが生えたから。
それが椎茸でした。
椎茸は(日に当てると)骨が強くなりますが、そのようにしたのは私、君山です。
松茸は後から真似をして作られました。
山の谷に作っても おいしいお米がとれるようにしました。
ソラの畑(星原の畑)も荒れるにまかせ悲しく思っています。
以前は柿や栗がたくさんなりました」

(子供の頃は小山全体が柿や栗畑だった)

*)君山は山彦を見守っていて山彦が殺された後、シガサトの7(8)不思議を起したり、小豆 (山彦の殺された血の色)や 黒豆(ハラ黒いヤマトに真実を隠されたこと)を出した。

【メールマガジン】 2001/02/12 星物語(シガサトの7(8)不思議)

2001年1月29日
牡丹雪が降ってきれいな雪景色にしてくれ、98年の悲惨な体験を覆い隠してくれました。
(メモを取っていないので覚えている事のみ)
*卵はどうして楕円か?= 星から来るときは丸形だったが引力で楕円になった。
*綾部の星原の近くにシガサトに、7(8)不思議が伝えられている事が解った。

1)白藤 = ヒミコの娘が連れて行かれる時ノアの息子を偲んで白藤を持って行く。...(大江町有路の“才の藤”と藤波神社)
マナイの元伊勢籠神社でも“藤祭り”と、巫女の舞“刀振り”が神事で伝えられている。...(籠神社)
2)ミョウガ = 2月4日に出る。剥いても中身が無い栄養も無い人間の生き方の戒め。...(阿須々伎神社)
3)タケノコ = 2月3日に出る。竹は人間のためにいろいろ利用できるように人の生き方を奨励。...(篠田神社)
4)揺らぎ松 = 風がないのに揺らぐ。...(向田)
5)しずく松 = 雨が降っていないのに滴が落る。...(向田)
6)ご用柿 = 山彦が罪もないのに、ご用!と言われ殺され、恐怖で秋に柿が熟さなかった。遅れて正月に食べる事が出来るようになった。
7)白萩 = 冬に咲く。今は色藤が咲いてる。...(若宮神社)

*)シガサトは、星原から追っ手を逃れて山彦(=ノアの息子とヒミコの娘の子供)が殺された村で、それで君山のイシカミが不思議なことを知らせた。
言い伝えは残っていますが、最近は“ミョウガさん”と“タケノコさん”の神事と、“白藤”が残っているだけだそうです。
シガサトの近くに物部と言うところがあり、夜中に「ここから物部氏が出た」と言っていた。

*)山彦の伝説を徹底して消す為か、山彦が星原からシガサトに逃げたかっての道路に(今はない)今は不動明王があり、7(8)不思議の近くには有名な観音がその周りに祭ってある。

*)君村=旧吉美村に「ヤソ、ヤソ、ヤソ」とかけ声をかけながら、首にかけた12本の竹(ササラ)を肩に上げていく「ヒヤソ踊り」というのが言い伝えられ、村祭りの時に吉美村の男の子が集まって踊る。 
ヒミコのヒと、ヤソ(外人)=ノアの息子がいた事を知らせていたが、後年はヤマトの都合の良い説明になっている。(高倉神社) 

【メールマガジン】 2001/02/26 星物語

【ウラジロ、シガサトの7(8)不思議】
私が子供の頃お正月前に子供達は山(山彦が逃げた山)の近くに、ウラジロ(=裏が白い植物の葉)を取りに行った。
その時男の子は山の神さんにお参りしていた。
(最近わかったのが、その付近に星原城という山城の遺跡があり、星述べの者をヤマトの者が見張っていたと知らされる)
ウラジロをお鏡餅の上に飾るのは、裏が白い=真実が隠されていると言うことを言い伝えている。 シガサトは山彦が逃げた時匿ってくれたので、イシカミが7(8)不思議の奇跡でお知らせをしたそうです。

シガサトの七不思議
イシカミのキミ山はそれらの惨劇(山彦が殺されたこと)を悲しく見守るだけでしたが、そのエネルギーで植物に不思議な変化を起こさせました。
それが【シガサトの7不思議】と呼ばれる奇跡です。

京都府綾部市志賀郷に伝わる七不思議。
イシカミのキミヤマが、山彦が殺されたので知らせた。

1)白藤(藤波神社の藤は正月に白藤が咲いた)
2)白萩(若宮神社=山彦が祭られる?神社の萩を白くした)
3)ゆるぎ松(山彦達が逃げて行った所の松が風も無いのに揺れる)
4)しずく松(同じく山彦が逃げていった場所の松が雨が降らないのにしずくが落ちる)
5)タケノコさん(竹の子の出る季節でもない2月4日に竹の子が出てきた)
6)みょうがさん(みょうがの出る季節でもない2月3日に芽が出てきた)
七)ご用柿(秋に赤くならないでお正月に赤くなる。御用、御用と追っ手がきて恐怖の為に柿が青いままだったから)
後年、ヤマトの支配者は大男の山彦を悪者に仕立てあげた伝説も残っています。

2004年7月28日
「君山が地球についてのお知らせをします。
今、異常気象になっているのは、何度も知らせているようにイシカミを認めないからです。
イシカミは怒っているのです。
見知らぬ人が激しくこの情報を罵倒するのを知りました。(Y掲示板

それを何によってお知らせしようかと、イシカミ達が話し合ったのです。
それで知らせているのです。
地球の磁気が少なくなったのは、地球が熱を出して水分が少なくなったからです。
いわば地球の熱中症なのです。
(最近磁気が狂ってきて、鳥などの異常行動が多く知らされていること)

地球の(鉄の)流れが悪くなったからです。(人間の血流が悪くなるのと同じ?) 
一度ソラのものに聞いてみて下さい。
地球を固め、生物を発生させ、イシカミが生物の住める地球にしてくれたのにそれを全く認めず、人間が一番えらいと思って勝手な思い込みをしているのが正しいかどうか?」 寝る。

2003年12月29日
綾部の小豆を煮ていたら異常に食べたくなり、同時に悲しくも無いのに涙がぼろぼろと出てくるので聞くと、君山でした。

「キミ山です。
山彦が殺され、血が流れるのを悲しく見ていました。
それで赤い豆(小豆)を作ったのです。
その豆を食べて、私が(小豆を)作ったことを知らせて欲しいのです。
山彦は、ホシノミナジンジャのところで亡くなりました。
(キミ山の向かいの荒間の畑から)畑や田を見ていたのです」

昨年と同じような雪だるまのケーキを食べましたが、そのケーキの帽子が木苺でした。
それから《イシカミの誓いの語録=イチゴ物語》を伝えて来ました。
 
先日は“八角”という魚を食べましたが、この魚は小樽で冬に取れる珍しい魚で正面から見ると八角形の形をしていることから“八角”という名前が付いています。
この時も急に涙が出てきて、大国主の8人の家来のことが思い出されましたが、その事を伝えるために作られた魚だそうで、8本の線は小さなトゲが並んでいます。ヤマトの人に食べられないように北海道でしか捕れないそうです。

【ビジョン】
“とても明るい赤オレンジの色が一面になり、何層にも分かれ微粒子が広がっている。一番下の層は、電子顕微鏡で見た血流のようである”

意味は 
イシカミが作る雲をあらわしていたのです。
一番下の層は断層雲をあらわしていて、イシカミの意志があのように伝わっていると言う事です」

2005年7月26日
「君山(綾部市星原のそばにある城山)の言葉を伝えてください。
イシカミが知らせます。
今から言う事は真実です。
ジンムが嫌がるヒミコの娘(イト)をさらっていきました。
山彦(イトの長男)は(ヤマトが攻めてくるので)逃げるように言われていたけれど、その場を離れなかったのです。
そしてヤマトに殺されました。
それを知らせたかったのです」

(このことを伝え聞いて
“奥山に 紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋は悲しき”
の歌は、坂之上田村麿呂=猿丸太夫の作とされています。けれども星原からでた柿ノ本人磨呂が作り、当時ユーモアのある田村麿につけられていたあだ名を作者にしたと知らされました。奥山=田舎、紅葉=5葉=ゴヨウ、鹿=白い木稲妻

「生きている人間は知らない事です。
米や小豆がどうして出来たか?
それは“生まれる”ようにしたのです。
イシカミは死んでもイシキは残ります。
イシカミのイシキは、原子にイシカミの思いを語るのです。
それは人間が生きていくのに大切な食べ物がいるので、食べるものになってと原子に頼んだのです。
それで原子はいろいろな種になったのです。
小豆は山彦が殺されたことを伝えるために作られた種です」

(綾部など丹波地方は小豆が特産です)


君山(イシカミ)は山彦が殺された事を嘆いて、赤い豆、小豆を、そして真実が隠された事を現すために黒豆も作るようにソラに頼んだ。

2004年2月16日
「親の無い子供でした。一寸法師だった子供です。(仁徳
なぜサインをしたかというと、私もそこにそのようなサインがありました。
そうして私がする仕事が伝えられました。
豆のことです。 (左中指にサイン)
小豆と黒豆のことです。
何も無い所から芽が出ました。
それは見た事のない植物でした。
そしてそれはズンズン大きくなりました。
それで出来た物は小豆と黒豆でした。
そしてその後何もしなくても小豆と黒豆は生えてきました。
君山が生やしてくれたのです。
それがイシカミの力です」

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以上、ソラからの伝言より。
写真は君山。

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2 コメント

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断層雲 (タンポポ)
2007-11-01 09:22:35
いろいろ情報をまとめてくださってありがとうございます。
断層雲のこともすでに知らされていたのですね。
イシカミたちが血流のようにして連絡しあっているというのは、とてもわかりやすいですね。
直線になればなるほど原子全員に早く伝えられますので、、
返信する
キミの意味 (rainbowbridge21)
2007-11-04 21:49:54
タンポポさん、雲の形の遷移は見ていてあきないですが、その形にあのような意味があったのですね。
あと、君山の“キ”と“ミ”の意味を読んで
http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20020317130109
>ヒミコはそれで大国主のことを、“わが君”と呼んでいたのです。
を読むと、
“ワ”=輪、輪になる=平等
http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20050730152500
“ガ”=カ(ちから)、ガ=力が2乗、強い
http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20050214183156
“キ”=紙に書いて綴じたもの(記)=知らせたことを、伝えた事がとても大切という意味です。
“ミ”=人間は3位一体【肉体、イシキ、魂】から成り立っていることを知ることが一番大切、と人間達に教えてきました。
で、一般的な意味とは違って、“カツパトキ”と同じような意味になると思いました。
http://sora.ishikami.jp/diary/index.php?id=20060516151320
http://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20060516224346
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