あんまり自信がない知人がいる。
彼は対人恐怖症気味で、初対面の人と口をきくのが苦手だ。中学生くらいまでは1人で買い物するのも苦手で、すぐに親しい友人(俺とか)に自分が欲しい物を買わせようとしていた。
ところで、自信は「自分を信じる心」と定義して話を続けているが、対人恐怖症気味の彼はどのように自信がないのだろう。
常に他人からの評価を気にして、なかなか人になじめない彼は、あまり自分を信じていないようだ。
本当に自分を信じている人間なら、他人からの評価なんか気にしないで俺は俺だと堂々としているはずだ。
だが、彼には初対面の他人と上手く接する自信がない。自分なんかうまく他人と接する事なんか出来やしないよと思い込んでいる。
だから、買い物にしても、変な買い物の仕方をして店員に笑われてしまうのではないかとビクビク怖れ、けっきょく親しい友人に欲しい物を買ってくれるように頼む。
彼が対人恐怖症気味だからといって、彼が気が弱いとかいう事ではない。
その証拠に、気心がしれていて、たぶんきっと自分のお願いを断らないであろう友人には平気で自分の買い物を頼むのだから。
使いやすい人間を、自分の為に利用することに躊躇がないのだから気が弱いのとは違うと思う。
本当に気が弱かったから友達に嫌われる事を怖れて、頼む事も出来ずに、ただただ自分が欲しい物も買わず我慢して「あぁ欲しかったのに」と泣き寝入りすることだろうと思う。
ここで、少し考え方を変えてみよう。
対人恐怖症気味の彼は、本当に「対人」が怖かったのか?
もしかしたら違うかもしれない。
彼が本当に怖れていたのは「対人」ではなく、「対人」による失敗ではないだろうか。本当に怖いのは他人ではなくて、自分が失敗して他人から笑われる事が怖かっただけなのではなかろうか?
だから、気心が知れていて、失敗しても笑わないと分かっている人間なら、平気で利用できる。
彼が怖れていたのは、自分が「対人関係」で失敗する事であり、他人なんか怖れてはいなかったのではないだろうかと俺は思っている。
そもそも、彼にはきちんと「自分」や「他人」という概念が分かっているのかさえ俺には疑問である。
自信は、積み重ねによって生まれる。
自分の話した言葉が人に分かってもらえたとか、自分の選んだ事が間違いではなかった、などの経験を挫折しつつ頓挫しながらも、なんとか成果を得られたと思えた人間だけが自信を身につけていく。自信は成功の積み重ねによってのみしか生まれない。
自分を信じていない人間は、他人なんか信じない。
まず、自分に対人関係をうまくやれる自信がないから、失敗したらどうしようと他人と触れあう事を怖れる。
そもそも、自信がないので「自分」がきちんと確立していない。自分がない人間に他人の気持ちなんか分かるはずも無い。ただ、自分の欲望を相手にぶつけるだけで、ぶつけられる相手はウンザリしてやがて消えて行き、あぁまた失敗したと、ますます対人関係への自信がなくなる。
チンピラがすぐにケンカを売るのも自信がないからだろう。
自分を信じてないから、すぐに自分を馬鹿にしただろうと因縁をつけたがるが、本当に強い人間は自分の実力も相手の実力もちゃんと見抜く力があるから、理由も無く因縁などつけない。
常に誰かから発言や行動を否定されて生きている子供は自信を失うだろう。自信は、自分の選んだ行為が成功する経験を繰り返す事でのみ生まれる。
自分の好きな遊びを好きなだけ、自分が好きだと思った友達と、誰からも邪魔されることもなく、日が暮れるまで満足いくまで遊びとおせたなら確実に子供の自信となる。
逆に自分が好きでした事を誰かに否定された子供は、自分の判断を信じられなくなるだろう。
また、子供の自尊心を傷つけてはいけないと思う。幼い子供に、人間関係における順列を教え込もうとすると、子供はその順列の範囲から抜け出せなくなり、自分の考えよりも人間としての順列を規範とする人間になる。
子供は好きにさせとけば良いのだ。
親が、あの子と遊んじゃいけませんとか、あそこで遊んじゃいけませんとか、あんな遊びはいけませんとか禁止をするたびに子供の自信は萎縮する。
自信は成功の積み重ねで、ごく幼いうちに、自分の考えが成功した経験を積み重ねる事ができなかった子供は、大人になって必ず根性が歪む。
幼い子供には、自分が選んだ好きな事を好きなだけさせてやらせてあげないと、自信は絶対に芽生えない。
幼少期に自信の基礎を築けなかった子供には、自信の基礎が無く、もう積み上げようもない。
幼児はほおっておけば良い。
子供が幼いうちの親の役目は、子供の自信や自尊心をいかに傷つけないで社会的な規範を身につけさせるかだ。
だが、それは別に難しいことではない。
親が子に何も手を加えなければ良いだけだ。
親が下手にああしろこうしろと子供を導くから子供は迷い、親の言うままに学んで、結局は何も身に付かなくなる。
まずは、自分を信じる力を身につけさせないと子供にいくら学習させても無駄。いくらバイリンガルでも対人恐怖症で人とも会話できないような人間じゃ国際社会で通用しない。
もちろん、特別に気性が激しい子供もいるだろうが、そんな子にはそんな子のなりの自信のつけさせかたもある。それは褒め殺しだ。
誉めて誉めて誉め殺す。
間違った事をしでかしそうな前に、あなたは間違いをしないわよねとすぐ誉めたおすのだ。
デパートのおもちゃ売り場で、泣いてぐずる前に、あなたは偉いから欲しいと言って泣いたりぐずったりしないわよねと釘をさしつつも、泣かないあなたはすごく偉いのよと誉め讃える。
気性の激しい子供はとことん毎日じっくり確実になにからなにまで誉め殺す。
誉めて誉めて誉め殺しているうちに、そのうち、子供も誉められるのが快感となってきて、誉められたいが為だけに間違いだけはしないようになるだろう。傲慢な大人になりそうだけど、自信は身に付くし間違いだけは犯さない人間になるだろう。
なにからなにまで親の思い通りの教育や、子供の自尊心を傷つけるような言動は慎むべきだ。やってはいけない。お願いだから、子供の翼をもぎとるような行為だけはやめてくれと思う。