「単語は記号である。
単語が記号として成立する環境のもとで、はじめて単語は意味を持つ。
状況や文脈によって意味を与えられた単語は言語を構成する単位として機能する。
だが、状況や文脈のないかぎり、そして、言語のルールを理解できる人間がいなければ、単語はただの音であったり線であったりする。
理解する能力を持つ者が、理解できる状況に居合わせた時、単語ははじめて単語としての意味を持つ」
「なにが言いたいのか解らない」
「朝起きてだ、学校に行く為に外に出て、交差点に差し掛かった。
舗装された道路の上に、いつもなら『とまれ』と書いてあるペイントが消され、その変わりに『うなぎ』とペイントされていた。
この『うなぎ』って、どゆ意味?」
「意味もなにも、ワケわからないし怖い」
「また、夕暮れの放課後、教室にただ1人きり。
返ろうと荷物をまとめていたら、いきなり教室に、サンタさんの格好をして袴をはいて地下足袋の、さらに左手に包丁を持った中年男が乱入してきて、いきなり『うなぎ』と叫んだ。この中年男の言う『うなぎ』の意味は?」
「意味なんか解らない。とにかく怖い!」
「『うなぎ』の単語の意味は、辞書を引きゃ分かる。
だが、状況が『うなぎ』の意味を容認できない状態なら、『うなぎ』と言われたって意味不明だ」
「うーん」
「そこで、あんたは有閑マダムだとする!
ヒマな上に財力をもてあますセレブで億万長者の妻だ。
そのうえに、アルバイトで夕刊を配っていると仮定しよう。
さらに、君はアマゾンを川流れした先で、南極ロケット一号に飛び乗り月まで行き、月から南極までバンジージャンプするほどに勇敢だと仮定しよう。
勇敢で、夕刊を配っている有閑マダムが君なのだ。
その君が、つい可愛い愛息子と散歩に出ちゃった。
で、ふと道に目をやるとウナギが道ばたでニョロニョロうねっていた。
愛息子ががウナギを指差して叫ぶ。
『ウナギ』
さて、子供が言うウナギとはなんだ?」
「道でうねっているウナギでしょ」
「そのとおり! 状況や文脈さえあれば、『うなぎ』が何だかすぐ理解できる」
「あり得ない状況で文脈ですけどね」
「じゃ、あり得る状況に変換するか。
俺とあんたは恋人同士、今日は初デート!」
「いや、あり得てもあって欲しくない状況はやめて!」
「大丈夫、俺は死を崇拝している時点で去勢者だ。繁殖に繋がるコトには興味ない」
「で、どこへ」
「高尾山だな。で、帰りはふもとの『そば屋』でディナーだ」
「初デートがそば屋?」
「イタリアンとかナポリタンとかフレンチなんてクソだ。由緒正しい大人のディナーは寿司かソバだ!」
「ほんとかよ!」
「で、互いにテーブルの端と端に座り、君はメニューを手渡してくれた。『何を食べます?』。俺は答える『俺はうなぎ』」
「えぇー!
あなたは実はうなぎだったのね。
でもぉ、どうしよう。
こんなところでうなぎだと今さら告白されても、どうしたもんだか」
「おい!」
「オイッて」
「そば屋で『うなぎ』と言ったら、俺はうなぎを食べるって意味だろ。ソレ以外に意味がアリか?」
「いや、てっきり俺は実はうなぎ人間なんだという告白かと」
「それは無いとは言い切れないけど、あんまり無いと思うぞ。まぁ、俺のチンコはドジョウだが」
「こら!」
「コラッて」