「個性は伸びないなんて言いきっちゃっているんだけどさ。
じつは、『広辞苑』には『個性を伸ばす』って用例がちゃんと書いてあるんだよ。でも、広辞苑に書いてあっても、俺がさっき言ったように伸ばせない個性がある以上は、個性が伸びると言うのはルール違反だと思うんだよね。
だけど『個性を伸ばす』と言う時には、伸ばして良い個性だけを伸ばすらしい。誰が決めるんだろう伸ばして良い個性なんてもの。その個性が優れているとか劣っているなんていう基準はどこにもないと思うんだが」
「でも、先生が言ってる事なんだし、間違いじゃないはずだよ」
「そうだな。先生が言っているんだから間違いないかもな。
たぶん、先生にとっては伸ばして良い個性以外は個性じゃないんだろう」
「ふーん」
「いま日本で普通に流通している『個性』の意味は2とおりある。
1つは辞書に書いてある意味。
『個の性質。他の個が持たないその個だけの特性』。
辞書は日本語の『意味』のルール・ブックだ。ちゃんとした先生なら、このルール・ブックのルールを違反した言い方を生徒がしたなら注意してくれるはずだ。万が一にも自分がルール違反するなんて事はないだろう。
2つめはファッション誌的な意味。
『秋の個性を彩るあなただけのジュエリー』みたいな言い回しをされる」
「ファッション誌って、ニコラとかラブベリー、ハナチューとか?」
「なっ、なんだそれ?
ハナチューってなんだ?」
「花の中学生って意味らしいよ」
「良くわからん。俺の言う女性向けファション誌って言ったら『通販生活』とか『ディノス』とかだ」
「それ、通販の雑誌じゃん。ファッションと違う!
女性向けなら『ヴィヴィ』とか『ノンノ』とか」
「まぁ、そこらへんをイメージしてくれ。
ところでファション誌ってやたらと『個性』って言葉が乱舞してないか?」
「そんな事ないよ」
「えっ?
そんな事ないの?
でも、街で見かける女性誌の広告って、やたらと『個性』って言葉が目立つような気もするけど。アレはなんなの?」
「あぁ、解った。死神の言っている女性ファッション誌って、おばさん向けの雑誌のことだよ。たしかにおばさんの雑誌には『個性』って言葉が多いような気がする」
「もしかして、個性って言葉にこだわるのは中年の証なのかぁ?」