今度の部屋

授業でできなかったことや出版物についてフォローします(できるだけ^^)

『坂の上の雲 八』(その1)

2013-03-08 11:11:23 | 日記


 こんにちは。

 『坂の上の雲 八』です。

 再開します。

 ーーーーーー
 『坂の上の雲 八』は最終巻です。

「敵艦見ゆ」 7~24頁
「抜錨」25~54頁
「沖ノ島」55~82頁
「運命の海」83~148頁
「砲火指揮」149~160頁
「死闘」161~210頁
「鬱陵島」211~229頁
「ネボガトフ」230~269頁
「雨の坂」270~306頁

 あとがき集 307~374頁 
 解説 島田謹二 375~390頁

ーーーーーー
「敵艦見ゆ」 7~24頁

・連合艦隊は、三つの艦隊に区分されていた。(艦隊の編成は原作による。括弧内の補足説明はwikiによる)

【第一艦隊】(旗艦 三笠)戦艦を主力とする・・・司令長官:東郷平八郎、参謀長:加藤友三郎
 
 ・第一戦隊(旗艦 日進; 朝日、富士、敷島、春日)・・・司令官:三須(みす) 宗太郎(近江出身;左目を失明)、参謀:松井健吉(バルチック艦隊の対馬海峡来航を主張;日本海海戦で戦死)

 ・第三戦隊(旗艦 笠置;千歳、音羽、新高)・・・司令官:出羽重遠(しげとお;会津出身)、参謀:山路一善(「すえ」は山本権兵衛の次女)

【第二艦隊】(旗艦 出雲)・・・司令長官:上村彦之丞(かみむらひこのじょう;あだ名は「船乗り将軍」)、参謀長:藤井較一(こういち;バルチック艦隊の対馬海峡来航を主張)
 
 ・第二戦隊(旗艦 磐手;出雲、吾妻、浅間 、八雲、常磐、磐手、千早)・・・司令官:島村速雄(非常な秀才で智謀は底が知れない、軍人には珍しいほど功名主義的な所が無い、生涯はつねに他者に功を譲ることを貫いた、天性のひろやかな度量のある人物)、参謀:竹内重利(愛媛出身;「学科でも訓練でも薩摩に負けるな」と秋山真之より言われる)

 ・第四戦隊(旗艦 浪速;浪速、高千穂、明石、対馬)・・・司令官:瓜生 外吉(うりゅう そときち;石川県出身)、参謀:森山慶三郎(佐賀出身)

【第三艦隊】(旗艦 厳島)・・・日清戦争時に使用された老朽艦によって編成された艦隊・・・司令長官:片岡七郎(ドイツ語・フランス語・英語を習得)、参謀長:斎藤孝至( こうし;福島出身)

 ・第五戦隊(旗艦 橋立;松島、鎮遠、八重山)・・・司令官:武富邦鼎(たけとみ くにかね;佐賀出身)、参謀:野崎小十郎(高知出身)

 ・第六戦隊(旗艦 須磨;和泉、秋津洲、千代田)・・・司令官:東郷正路(まさみち;福井出身)、参謀:吉田清風

 ・第七戦隊(旗艦 扶桑;高雄、筑紫、鳥海、摩耶、宇治)・・・司令官:山田彦八、参謀:伊集院俊

 ーーーーー
【信濃丸の説明】
・1900年4月竣工後、横浜シアトル間に就航
・1905年3月海軍に徴用され仮装巡洋艦となる。
 (仮装巡洋艦とは、貨物船など既存の商船を改造したため、装甲等の防御力は申し訳程度しかなく、爆撃や砲撃で簡単に沈められた。正規の巡洋艦を建造するよりも、時間と費用を節約することが目的であった。実態は汽船であるため、このときは偵察が任務であった)
・戦後は、シアトル航路に復帰、後に神戸・基隆間航路に転じた。1913年には孫文が同船で日本に亡命している。1929年に北進汽船へ売却後、サケ・マス工船や北洋漁業の母船として活用された。太平洋戦争中は、輸送船として活躍した。しかし、陸軍の兵士として乗船した水木しげるの証言によれば、この頃の信濃丸は、触ると船体の鉄板が欠け落ちるほど老朽化が進んでいた。「浮かんでいるのが不思議」「魚雷が船底を通るだけでも沈む」と揶揄されたほどだったが、無事に戦争を生き延びた。日露戦争、太平洋戦争と2度も徴用されたが戦没しなかったので、強運に恵まれた船だったともいえる。(wikiより)
 ーーーーー
5月27日
2:45:信濃丸が左舷側に1隻の汽船を発見(「バルチック艦隊ではないか」)→艦長成川揆(なるかわ はかる)大佐は、その正体をさぐるため接近
4:30:成川は、病院船であると断定し、臨検しようとするとするが、病院船オリョールとバルチック艦隊の列間に入り込んでいたことに気づく。
4:45:信濃丸はそこから離脱、同時に「敵艦見ゆ」「敵の艦隊、二〇三地点に見ゆ。時に午前四時四十五分」と打電する。その後もバルチック艦隊から離れず航行する。
6:05:「敵進路、不動。対馬東水道を指す」これにより、バルチック艦隊の航路が確定できた。
→その後、三等巡洋艦・和泉(艦長 石田一郎大佐)がバルチック艦隊に接近し、陣形・艦数、針路を報告し続けた(「煙突はすべて黄色」などの情報)。
 (ロジェストウェンスキーは発砲もせず、無線も妨害しなかった)

 今日も来てくださってありがとうございました。