「つ、疲れた・・・・・・」
既に太陽が沈んだ夜更け、
普段のピニャならば既に就寝についている時間帯であったが、
講和のために元老議員相手に根回しをしていたため帰宅がすっかり遅くなってしまった。
加えてここ数日朝から会食しのために飲んで、食べて、弁論を振るっていたせいで、
肉体的にも精神的にも疲労困憊で、眼のクマを化粧で誤魔化している有様であった。
「殿下、二ホンの栄養どりんぐです。どうか・・・」
「頂こう、ハミルトン」
菅原と杉原の好意で送られた栄養ドリンクをピニャは慣れた動作で飲み干す。
「最近予定を詰め込み過ぎではないでしょうか、殿下。
1日でもいいですから間を開けた休んだ方がよいのでは?」
「気遣いはありがたい。
だが、帝国は急いで講和を結ばねば明日はない、
蛮族と侮って攻め込んだ先は帝国よりも遥かに進んだ国で、
その事実を知らない人間の方が多く、未だ主戦派が元老院の多数を占めている」
ハミルトンの気遣いにピニャが即座に却下する。
帝国の国政を担う元老院の大多数が未だ主戦派を占めており、
一度イタリカで体験し、アルヌスで見た2つの日本の力を知るピニャからすれば自殺行為でしかない。
だからこそ、皇女たる人間であるピニャが電〇社員のごとくハードワークに身をゆだねている。
「二ホンがアルヌスから進撃し、
もう一度帝国軍が壊滅すれば主戦派も大きく勢いがそがれるだろうが・・・」
「そうなれば今度は帝国の周辺諸国が黙っていないでしょうね。
何せアルヌスの丘奪還の時に帝国は諸王国の軍をすり潰しましたから恨みしかありませんし」
ピニャのぼやきにハミルトンが頷く。
軍事力こそ帝国を帝国と足らしめている力の根源であり、
唯でさえ常備軍が壊滅しその補充に四苦八苦している帝国軍が再度壊滅すれば、
講和へと元老院は流れを変えるだろうが、周辺諸国はそんな帝国を黙っている程お人よしではない。
それどころかすり潰された恨みで帝国に牙を剥く選択肢すら十分有りえた。
「あるいは逆に徹底抗戦を試みるかもしれないな。
皇帝である父上はアルヌスの丘が完全に制覇された当初は焦土作戦を考えていたくらいだ。
元老院がその父上の覚悟に感化されてそれに賛同してしまうことだって十分ありうる。
何よりもその戦術には理がある、二ホン軍は兎も角少なくともジエイタイは焼き出された民衆を見捨てることは出来ない」
「しかし、それでは帝国の威信は・・・」
「言うな、ハミルトン。
言っておくが妾は反対だぞ?
父上の考えは確かに合理的であるが、好みではない」
以前はそうした父親のやり方に無条件に反発していたピニャであったが、
講和の仲介役として色々と揉まれ、考えるようになってからはその考えを改めるようになった。
もっともそれでも幼い頃に憧れた騎士への情景とピニャの生真面目な性格が、完全に父親の考えには賛同していなかった。
「しかし、こうして考えると初めて接触したのが妾。
というのが帝国にとって幸運だったかもしれない。
これがもしも兄上、特にあのゾルザル兄だったら・・・」
「ゾルザル皇太子殿下は、まあ・・・」
ふと、有りえたかもしれないイフの話をピニャは口にする。
粗暴な振る舞いが目立ちすぎて色々問題視されている兄がもしも先にニホンに接触していたら?
これまで帝国がやって来たように蛮族扱いした挙句に喧嘩を派手に吹っ掛ける光景しか2人には映らなかった。
講和や交渉の「こ」の字などあの良くも悪くも脳筋の兄には浮かばない発想なのだから。
「ディアボ兄も兄で考え過ぎな性格な上に、
議論を好んでも空回りする癖があるから纏まる話がいつも纏まらなかったから、
ディアボ兄が二ホンとの仲介役なんてすれば延々と仲介役を演じていただろう、大体・・・」
「あー・・・はい、そうですね」
色々溜まっていたせいで、
完全に愚痴モードに突入したピニャにハミルトンが生返事で時折相槌を打つ。
(やっぱり殿下はお疲れみたいですね)
何時にもなく愚痴を零すピニャを見てハミルトンが内心で呟く。
親しい仲とはいえ、こうして愚痴を口にする姿は珍しいからだ。
(皇女であることもあったけど、
これまでピニャ殿下はあまり政治的な動きはしてこなかったから、
こうした事には慣れておらず余計に殿下は疲れを覚えているかもしれませんね)
皇女の役割と言えば皇室の拡大。
すなわち婚姻においてのみ期待されており、直接政治にかかわる機会はない。
無論宮廷での派閥争いはあり、
皇室の人間による派閥争いとは政治的な物を含んでいる。
しかし、これまでピニャはそうしたものに関心が薄く、
やっていた事と言えば騎士団で仲間たちと戯れていたことだ。
(・・・殿下の評価はまだまだ「騎士団で戯れるお姫様」でしかなく、
それが宮廷や貴族社会での陰謀や派閥争いから無縁でいられましたけど、
二ホンとの仲介役で動いているのが広く知られたら、そうはいられなくなるでしょう)
貴族の娘としてそれなりに宮廷や貴族社会の汚いところ知っているハミルトンは、
ピニャのこれまでの評価が変わることで政治情勢に大きな変化が来ることを予想する。
(ピニャ殿下を利用しようとする人間が必ず出る。
いえ、利用するだけなら兎も角悪意を以て害して来る人間が必ず出る。
その時は私だけでなく騎士団全員でお守りする覚悟です、殿下。
だからどうか今はため込んでいた物を吐き出してください)
ピニャが愚痴を零す中、
ハミルトンは言葉に出さず、そう決意を新たにした。