「あってはならない!!こんなことは・・・あってはならない!!」
いわゆる名家等が連ねる深町の一角、遠坂邸で館主が普段の優雅さを捨て去り叫ぶ。
そして、そんな姿を一人は無表情に聞き、一人は興味深そうに観察し、もう一人は観察する男を睨んだ。
館の中央に位置し、庭が良く見えて日当たりがよい書斎の雰囲気は悪かった。
そしてその原因はすなわち、
聖杯戦争
それは七人の魔術師と七人のサーヴァントで願望器を争う戦争。
【あらゆる願いが叶う】そんな言葉に釣られて、欲望、栄誉、願望、各々はそれらを胸に互いに殺し合う大規模な魔術儀式である。
このたび四度目の戦いを迎える際、創設期から参加している遠坂家。
いや、遠坂時臣は魔術師としては凡庸であったが、教会と裏でつながり情報戦で優位に立ち。
あらゆる英雄を打倒し得る英霊の媒体を用意するなど必勝の戦略を練りに練り、万全の態勢を整えていたハズだった。
そう、ハズだった。
「禅城家が襲撃されて葵が殺されるなど・・・そんなことが、」
人質や無用な犠牲が出ないように遠坂時臣は妻子共々妻の実家に預けた。
保険の護衛として、自身のコネで裏方専門の戦闘員を雇い入れたが、眼の前の弟子から発せられた報告はすなわちサーヴァントによる襲撃。
驚愕と動揺を覚えると同時に唯我独尊の英雄王を三顧の礼を以て救援に向かわせようとしたが、時は既に遅く。
妻の両親、使用人は全ては殴打により内臓を潰されて死亡。
妻は娘の凛をアサシンと名乗る赤毛の男から守るために撲殺され、頭部は消滅し辺りは血の海と化した。
そしていざ、凛の番となったさい彼女に令呪が浮かびあがると同時に、現在この部屋で英雄王を睨む自称ランサーが召喚された。
妻の死、その報告は魔術師としていつか来るかもしれない物として覚悟していたが、あまりにも早すぎる別離。
魔術師として理想的な人格を作っていたはずの彼も呆気ない結末が先の醜態を見せることとなった。
しかし、問題はそれだけではない。
遠坂時臣を動揺させたのは【二体目のアサシン】にして【九人目のサーヴァント】が召喚されたことである。
「現在、召喚されたサーヴァントは確認できた物だけで七十騎、
この予想外の事態について教会は人員増派が決まり、目下日本へと派遣しつつあります。」
二ケタを超えんとばかりに急激に増え続けるサーヴァント。
ありえない事態に魔術協会、ならびに聖堂教会は普段の仲の悪さを捨て去りお互いに協議を重ねている。
もっとも、この異常事態を如何に止めるかでなく、如何に神秘の秘匿を守るべきかについてだが。
「令呪についてですが、
聖痕と誤解した一般人が教会へと出頭するのがいくつか報告されています。
これについては監督権限で早急に回収、記憶操作を行い神秘の秘匿を行います。
奥方を殺害したサーヴァントについては未だ発見できておらず、父上も大変心を痛めておりアサシンの総力を上げて探索しています。」
感情がないように言峰綺礼は淡々と事務的に状況を報告する。
実際、彼は師の妻の死に対して嘆き悲しんだ父親と違い一切の感情も浮かばなかった。
ただ、理想にして冷酷な魔術師だと感じていた師の心に穴が開いたことにのみ関心がいった。
「また、最近冬木を脅かす現代の吸血鬼事件はアサシンの調査により、
サーヴァントとマスターの仕業であると判明しました。
マスターは人肉を食らう特徴からしてグール、または成り立ての死徒だと思われ、
サーヴァントは錯乱していましたがランサーであり、真名は東欧の英雄、串刺し公でありました。」
――――確固たる信念を持っていたはずの師がここまで弱るとは。
報告しつつ言峰綺礼がそう思ってしまったのは、
聞いている遠坂時臣の瞳には冷静さと知性を感じさせず、どこか上の空であったからだ。
――――ならば、私が求めるものが見つかるかもしれない。
言峰綺礼から見て人格者として完成の域に達している師がこうも感情が揺れるのだ。
もしかしたら自分も師を観察すれば欠けたものが見つかるかもしれない、と期待を僅かに膨らませた。
「そうか、綺礼。
御苦労だった・・・そしてランサー、
改めて礼を述べよう。凛を助けてくれたことを感謝する」
「気にすんな、マスターの嬢ちゃんを守るのは俺の役割だしな」
高潔な騎士というよりも野武士、
傭兵的気質が似合いそうなランサーことクー・フーリンが頭を下げる遠坂時臣に答える。
表面上、飄々とした態度であるが、母を殺され自分がサーヴァントを召喚した事にも気付かず、
狂乱のまま飛び散った部位を必死にかき集めようとした小さなマスターを見せられたランサーの内心は、後悔の感情で満たされていた。
「ふん、より一層雑種どもが群れて来たか。
だが、有象無象が群れようとも真の王者である我に敵うはずもなかろう。しかしだ、時臣。おまえにもそんな顔ができようとはな・・・」
一連の光景を先ほどから沈黙していた人物が言葉を発する。
現代ファッションで身を固めた黄金の王、英雄王が蛙を玩具として見下す蛇のように紅い瞳を輝かせる。
この世の快楽、人の業をこよなく愛するこの暴君は【つまらない人間】であったマスターの心に入った亀裂を何よりも歓喜した。
彼の妻の死を悲しむことも、嘆くこともなくむしろ王に娯楽を提供して死んだ事に感謝すべきであると考えていた。
「アーチャー、貴様・・・」
「おい、金ぴか。てめぇは少し黙れ」
そんな英雄王の心を察知した言峰綺礼、ランサーが怒りの感情と共に口を開く。
言峰綺礼は、これまで養ってきた知識と経験、常識から英雄王の思考に反発するために。
ランサーはこの黄金の王が到底人と相容れない事を出会った当初から理解していたために言葉を綴った。
「綺礼、ランサー。いや、いいんだ、
王よ無様な姿を見せてしまい誠に申し訳ございません」
「・・・・・・・・・興がそがれた、だから貴様はつまらないのだ」
【つまらない人間】が自分の言葉にどんな反応をするか期待していた英雄王だったが、
何時もの魔術師として応答した遠坂時臣に、失望を隠さず話しにならないとばかりに霊体化して消えうせた。
「師よ・・・あのサーヴァントは危険です。
背徳、悪徳、暴虐を良しとする魔性の者を制御するのは極めてリスクが高いかと思います」
英雄王が居た場所を睨みながら言峰綺礼が述べる。
もっともそれは、師を心配するのでなく内心でこれまで築いてきた物があの英霊に壊される予感がしたがためにある。
言葉を耳に傾ければ二度と今の自分には戻れない予感がした。
「同感だぜ、あの金ぴかは本気で合わないな」
ランサーは口を開けば狗、狗とのたまう暴君に辟易していたこともあり同意するように頷く。
「綺礼、それにランサー。君たちの気持ちは分った・・・私も原初の王には手に負えないと考えている。」
遠坂時臣は椅子にもたれて深い、深いため息をつく。
彼にとっては英霊は敬うがそれは所詮名画に対する感情しか持ち合わせていない。
さらに魔術師として【使い魔】の延長線上の存在であると考えているが、アーチャーとして召喚された英雄王は【使い魔】として大変使い勝手が悪かった。
単独行動スキルで街をフラフラし、マスターが命令するには懇願しなければならない。
等と、主導権が常に使い魔側にあることが戦争における不確実性を増し、戦略行動が制限されてしまっていた。
「だが、もはや賽は投げられた。
我々にはもう進む以外の道は残されていない・・・」
禅城家が襲撃された以外に彼らは知らなかったが、猟奇殺人事件にサーヴァント同士の戦闘が発生している。
今さら、統制しようにもルールーを設定、周知させるには時間がなさすぎで、もうどうにもならない。
一度初めてしまえば止まることはできない、
例え異常事態を名目に停戦を勧告しても御三家と常識を弁えた魔術師はそれに従うが、
元来、足の引っ張り合いが得意な魔術師はその裏道を探ることに躊躇しない上に、乱生産されたマスター共がそもそも従うか怪しい。
死人、一般人までもが令呪を宿しているのだ、
英霊というよりも悪霊の類まで召喚されているこの戦争は収拾がつかない事態を引き起こすであろう。
ふと、遠坂時臣はデスクに置いてある写真立てに視線が合う。
そこには、自分と妻、娘の凛と養子として出さざるを得なかった娘の桜の四人が映っている。
夫として、父親として当たり前であった日常の名残。
だが、写真の人物たちの内半分は既に自分の手から零れてしまった。
魔術師として覚悟していたが、それでも夫として亡き妻に祈る。
葵、君の死は無駄にしない。
君の元に今は行けないが、待っていてくれ。
凛と共に掴んだ遠坂の勝利を必ず報告するから。
だから、待っていてくれ。
「綺礼、戦略の見直しをしようと思う。
御三家同士の同盟を組んで外部かの魔術師を優先的に・・・・・」
悲劇は加速し、喜劇は止まらない。
進んだ先が絶望であろうともその歩みを止めなかった。