科学の牙城、学園都市。
神秘や血縁、異能に頼らず科学的に超能力の開発を行う場所。
人々が想像する超能力といえばオカルトの魔術と愛称がいいと思えるがそうはいかない。
未来に進む科学と違い過去へと進む魔術は相性が悪い。
さらに組織同士で敵対し、互いに憎しみ合い、交戦してたことがある。
今でこそ長い外交交渉のお陰で均衡を保ちはしているがそれがいつ崩れるかは誰にもわからない。
また、均衡を破壊しようとする存在がいることも、利用する黒幕がいることなど誰も知らない。
そんな化学側の陰謀の総本山に、オカルトに所属する3人の男女が暮らしてゆこうとしていた。
「シロウ、
ここが指定された家ですか?これはまるで、」
「すごいです、士郎さん。
本当に士郎さんの家そっくりです。」
「あーうん。
そうだ、にしてもまさか態々作り上げるとは。」
足元まで届くほどの紫色の髪がある眼鏡を掛けた女性に、
同じく紫色の髪を持つ温和な女性、最後に赤毛の長身の体格の良い男性の3人が見上げるのは一件の武家屋敷。
まさかはるばる関東に来て馴染んだ家そっくりのを見られるとは思えず呆然と見上げる。
「ふふん、
可愛い妹とその婿のためにはこのくらいやらなきゃね。」
3人の反応が気に入ったのか得意げに腕を腰に当てて微笑む遠坂凛。
特に妹である桜の反応が気に入ったらしい。
「ありがとうがざいます、姉さん。
私や士郎さんのために・・・・・・。」
「へいき、へいきよ。
元々協会側が住処を用意するって話だったから要望通りに作るよう頼んだだけよ。
頭を下げるのはむしろわたしの方・・・わたしがもっと注意していれば今頃・・・・・。」
「ストップ、今日は暗い話は禁止だ。」
『今頃、冬木で平凡に過ごせただろう。』と続け、
後悔してもしきれぬ過去に思いを寄せた所で衛宮士郎のジャッジメントが入る。
「もう済んだことだし、
それも遠坂のお陰でこうして生きていられるのだろ?
だったらそれでいいじゃないか、それをいいだしたら俺なんてずっと遠坂に頼りっぱなしだし。」
聖杯戦争の時から衛宮士郎はそうだった。
人一倍心身共に頑丈ではあったが眼の前の魔術師と比較すれば所詮へっぽこ。
今でこそ天才と称される遠坂凛に元女神のことライダーを師として魔術を学んでいるが比べるのも馬鹿らしく、
未だ衛宮士郎は遠坂凛を頼らせることには至っていなし、相手はそうさせるつまりはまったくない。
「そうですね、過ぎた話はここで終わりにしましょう。」
さらにライダー話を一旦終わらせるように口をはさむ。
「今、我々の問題は如何に素早く引越しできるかです。」
チラリ、と脇に置かれた段ボールたちを見る。
数は彼女のマスターとその伴侶があまり物を持たない性質だったので少ないとはいえ一仕事には違いない。
「そうね、そうしましょ――――行くわよ、桜、士郎。」
「で、遠坂、これはどういうことだ」
正義の主夫が呆れつつ赤いアクマの部屋を見渡す。
普段遠坂は倫敦で暮らしているので必要ないが彼女は『色々あって』学園都市と関わる機会ができたので、
『魔術師の拠点』となる部屋、工房の設置が必要で今こうして準備をしているのだが、
「えっとね、すこーし。
特定の物が見つからなくて色々弄っていたら、その。」
遠坂が自己弁論を試すが、荷物は少ないはずだが無秩序に荷物が散らばる部屋。
それどころか廊下までに細々とした小物が溢れかえり、山となっている状況ではそれはただ虚しいだけであった。
「遠坂・・・」
例えるならひっくりかえったオモチャ箱。
すでに2×歳にもなってもまともに整理できず混沌と無秩序を作り出した当の本人の発言に思わず主夫は膝を屈しそうだった。
「ううう、普段はアーチャーに任せているから、つい」
「・・・・・・そうか」
生前は守護者になり、
聖杯戦争では危うく死にかけるも最後まで生き残った自分の未来の可能性。
そんな奴の二度目の人生というべき場所での仕事が遠坂の召使い(サーヴァント)
衛宮士郎は思わず、煤焼けた大きな背中が見える気がし、
何故か『どこの世界でも凛には逆らえん』などと自虐する弓兵がいたが即座に否定できなかった。
「だいたい、おまえは優等生じゃなかったのか」
「うっさいわね、わたしの地を知っておきながらまだそんな事を言うつもりなの」
いや、だから言ってここまで荒らしますか普通。
「そんなんじゃ結婚できないぞ」
「ぐは」
こうかはばつぐんだ
「イヤミ、イヤミね。
既に買い取り済みの余裕ね、ちくしょう。」
何気にヒドイ事を言う士郎に師匠の心はブロークンファンタニズム。
床に手と膝を着きぶつぶつと呪祖を愚痴を垂れ流す。
「あーうん、遠坂ならきっといい旦那ができると思うぞ。
それにほら、俺と桜は結構早婚だからあまり参考にならないぞ。」
「ほんと?」
下から見上げるように凛は士郎の顔を見る。
透き通った青い瞳には士郎自身の姿が映り、近いせいか妻とはまた違う女性の香りがする。
「・・・ッ、おおう、本当だとも」
一瞬見惚れてしまったが、
生命の危機を感じた士郎が背中に冷や汗を流しつつ凛を慰める。
「ふんだ、そんな自信なさげで言われても信じられないし、
可愛い妹を奪った衛宮君の意見なんて参考になるもんか。」
体育座りで背中を向ける凛は相変わらず不貞腐れる。
かつて学園でパーフェクトと言われた女性が地面にのの地を描く姿はなかなかシュールだ。
「ちがう、
遠坂は今でもすごく魅力的な女の子だ。だって高校の時実は俺――――『シロウ』――っっっ」
いきなり自分の名を呼ばれて士郎は慌てて部屋のドアを見る。
「あ、ああ、ライダーね」
「ええ、ライダーです」
「ら、ライダーか」
「はい、シロウがリンに見惚れていた所など私は見ていませんのでご安心を。」
冷やかに2人を見る桜至上主義者ことライダー。
もしこれが桜なら嫉妬でバットエンドとまではいかないがお仕置き確定は間違いない。
「そ、そうか。ありがとうライダー」
「いえ、私も怒ったサクラには逆らえませんから・・・」
「そうよね、あの子あんな感じだったかしら?」
3人の脳裏に浮かんだのは黒い影を纏わせつつクスクスごーごーな姿。
衛宮家ならびに遠坂家におけるヒエラルキーの最上位に位置する桜には誰も逆らえず、
その恐怖を共有したものにしかわからないだろう。
「士郎さーん?
お昼の材料でも買いに行きませんか?」
トテトテ、と廊下を鳴らしつつ噂の桜がやって来る気配。
一瞬3人はビクッ!!と肩を震わせたが幸い姿を見せた桜にはその意図が分らなかった。
「ん、わかった。
でも、みんなで食べにいかないか?」
ドアからひょっこり顔を出した桜に士郎が答える。
「あ、そうですか。
士郎さんがいうなら・・・。」
期待したのとは違う答えに桜は少し気持ちが落ち込む。
対して士郎は高校時代よりましになったとはいえその鈍感ぶりは健在で、
一体どうして妻が落ち込んだかわからず首をかしげつつ姉と従者にその理由を尋ねようとした所で。
「この鈍感!
さっさと行った行った」
「鈍いですね、シロウ。
ここは私とリンがやるのでシロウはサクラと一緒に買いだしに行ってください」
「おわっ!
遠坂、それにライダーまで押すな、分ったから押すなって!」
鈍感男の抗議を無視し、
2人して背中をグイグイ押し出し鈍感男を桜に差し出す。
「ありがとうございます、姉さん、ライダー」
夫を受け止めると顔を赤らめ、
2人の意図を知っている桜は心から礼を述べる。
「あ、でもあんまり寄り道しちゃだめよ。特に昼間からの有料の休憩とかね」
「今晩じっくり楽しめばいいのですから」
しかし、ここで綺麗に収まらず台無しになる。
「ね、姉さん!!ライダーも冗談はほどほどにしてください!!
ああ、もう。いいです、私は行きますからね。士郎さん行きましょう」
士郎とはかなりの身長差があるにも関わらず引きずりながら去って行った。
「まったく、立派な夫婦になってもあのへっぽこの鈍さは相変わらずね」
「ええ、まったくです」
話題に出るのは先の赤毛の優しいのっぽ。
ぶっきらぼうでかつては全てを救う事を目指し、今は桜だけのヒーロー。
彼の女性の好意に対する鈍さは一緒に過ごしてからわかったつもりだが、数年たっても治らないのは呆れと苦笑を覚える。
「ところでリン、
シロウを送り出した時はあえて聞きませんでしたけど、いいのですか。2人だけにしても?」
「平気よ平気、条約は結ばれだし。
偶然事件に巻き込まれない限りこの土地の守護者は魔術師を排除するはずよ」
守護者、という単語に嫌悪感と利用できる価値があるという意味を込めて言う。
「人工的な超能力の開発をしているここでは魔術師にとって敵であると同時に不可侵領域、
外では神秘の秘匿さえできれば何をしても許されたがここでは学園都市そのものが敵に回る、だから安全と?」
「そ、だから桜と士郎を送った。まあ、それに。」
左腕をめくり上げてライダーに見せる。
そこには僅かに発光する基盤のようなものが見とれた。
「なるほど、使い魔による監視。
驚きました、英霊の私を出し抜くとは流石ですリン」
息を吸うように神秘を扱ってきた女神に気付かれぬままの魔術行使。
その秘匿性、遠坂凛は間違いなく天才肌の魔術師であることは明らかでライダーは惜しげなく賞賛を送った。
「まあ、お人よし集団に鍛えられたからね」
そこには苦労した末に得た能力に対する賞賛への謙虚な態度でも、
また、魔術使いのような実用的な能力を褒められたことへの皮肉でもなく、ただ過去を懐かしむように凛は言った。
「隠れ十字教徒のコネがあの時ほど、ありがいモノはなかったわ」
※ ※ ※ ※
「基本は外と同じですね士郎さん」
「そうだな、
でも携帯とか機械はやっぱりすごいぞ。
特にあの自動に掃除してくれるロボットとか風車とか」
買い物籠を載せた台車を押しつつ桜と士郎は視線を上下左右に見渡す。
あの家に来る前まですでに1週間程学園都市のホテルに泊まっていたが、やはり珍しいのか完全にお上りさんである。
「あとあと、
あのジャッジメントという人もすごかったですね、
あの年で学園の治安を担っているなんて本当に学生の街なのですね」
「ああ、まだ小学校を卒業したばかりって感じなのに、
俺もまさかテレポートをこの目で見るとは思わなかった」
道に迷った2人の姿を見た腕章を付けたツインテールの少女は道案内を行い、
感謝の言葉を2人から受け背中を返して別れる寸前、一体何を発見したのか奇声を挙げその場から消滅した。
何が起こったのか分らず慌てた士郎と桜だったが直後、今度は男性の断末魔じみたうめき声が脇の公園から響いた。
そして2人は目撃した、
ツインテールの少女が瞬間消滅と移動を繰り返しツンツン頭の少年に襲いかかる姿を。
そこで初めて2人は少女はいわゆるテレポートの能力者であることがわかった。
分って後、では何故彼女が人を襲うのか理解できずただ立ちすくみ、どうするべきか特に士郎は悩んだが、
桜曰く『姉さんと鍛錬するさいの士郎さんみたいですね』と呟き、
彼は少年と少女は自分が妻の姉に中国拳法でしごかれる姿と重ねる合わせ、少年に同胞とも言える感情が芽生えたが、
同時に彼らに介入すべきでないと納得して少年に同情しつつもその場を後にした。
「少年よ大志をいだけ・・・・・・」
「どういう意味ですか?」
「む、聞こえたのか。桜」
「?」マークを浮かべた妻に笑みを浮かべつつ士郎は答える。
「もしも、次に会えたら男同士で色々語り合えそうな気がしたからつい、な」
ニヒルっぽく、というよりカッコよく決めたつもりでアーチャーのような言い回しでその理由を言う。
もっとも、身長こそアーチャー並みだが覇気が足りないせいか可愛らしく見えるが、まあご愛居である。
「え、士郎さんって・・・そういえば柳洞寺先輩は・・・そんな、びーえ」
しかし、桜は別な深刻な誤解をしたようだ。
「断じて違う!!俺には桜しかいない!!!」
「いいんです、士郎さん。
ライダーが言っていました英雄は色を好むと。
でも、ごめんなさい。私は士郎さんが他の女の人と一緒にいるのは許せません、けど男だった幾らでもかまいませんよ」
「男ならいくらでもいいってなんでさ・・・いや、だから誤解です、いえ本当です」
ガヤガヤと騒ぐ2人の男女。
どこにでも居そうな日常で事実、彼らにとってはようやく取り戻した日常である。
これまでの人生を魔道という世俗から離れた異端に関わり、翻弄されてきた2人にとっては歪な形とはいえ取り戻した日常である。
あくまでつかの間の、日常。
「チ――――――」
黒い衣を纏った魔術師がいたのを彼らは知らなかった。