荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『追憶のマカオ』 ジョアン・ペドロ・ロドリゲス

2013-04-01 13:19:29 | 映画
 冒頭、オカマがけわしい表情で登場し、女性ボーカルに合わせてなにやら身体と唇をクネクネと動かしている。ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督1952年の作品『マカオ』の挿入歌「You Kill Me」。ジェーン・ラッセルのこのセクシーボイスは、『オデット』(2005)のジョアン・ペドロ・ロドリゲスが、2011年以降コンビを組むジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタと共同で監督した最新作『追憶のマカオ』(2012)のキーノートとなっている。大学サークル後輩の円谷勇一が「デュラスがフィルム・ノワールを撮ったらこんな感じだろうか」と感想を呟いていたが、言い得て妙だろう。と同時に、同じくサークル後輩の七里圭が2007年に作った『眠り姫』こそ『追憶のマカオ』の先駆ではないかとも思い至る。

 旧ポルトガル植民地マカオ(澳門)は、旅のポルトガル人たちにとっては旅愁をもよおすノスタルジー空間であると同時に、よそよそしくギスギスした他者的空間でもある。「キャンディ」と名乗る、性転換した古い友人からのSOSメールに誘われるままにこの魔界都市に上陸した主人公は、道に迷って約束の時間、約束の場所に遅刻し続け、救助はおろか、キャンディに会うことさえおぼつかない。それでも作者は不敵にも、片方のハイヒールを波止場に転がしてみせ、あるいは波打ち際にストッキングをたゆたわせてみせて、確かにさっきまではキャンディはいたのだ、と主張してはばからない。
 いや私たち観客からすれば、キャンディ女史はおろか、主人公の姿さえ、初めからこの目にきちんと収めることができていないのである。主人公の旅人をどうやら共同監督のひとりジョアン・ルイ・ゲーラ・ダ・マタが演じてはいるらしいが、それはフレームのわずか外側でのことに過ぎない。波打ち際のストッキングをすくい上げるなどの気配めいた身振りを、おそるおそる演じているだけである。その代わりにひたすら視界に飛び込むのは、未知の都市空間、華人の暮らしぶり、どぎつい広告看板、たくさんの野良犬など大小の生き物たち…といった森羅万象であり、そしてそのスケッチに、フィルム・ノワールの雰囲気を盛り上げるサウンドが追加される。
 昨今の映画界は、テレビドラマのスピンオフという退屈なジャンル形式がやたらと持て囃されているが、不可視性のスピンオフを捏造し、これにメロドラマやフィルム・ノワールの意匠を与える本作は、人を喰った面白い試みだ。真似したくなる、いたずらめいた試みである。


ジョアン・ペドロ・ロドリゲス レトロスペクティヴは4/9(火)より京都・大阪上映が開始
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