荻野洋一 映画等覚書ブログ

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伝説の美女「原節子」を探して(『新潮45』3月号)

2011-03-09 01:27:25 | 映画
 『新潮45』の3月号が、デビュー75周年記念と称して《伝説の美女「原節子」を探して》という特集を組んでいる。巻頭グラビアはどれも、いつかどこかで見たものばかりだが、それにしても改めて、この女優は美しい。東大生たちがこぞって、アンチピリンやらアンチヘブリンガンやらの購入を口実に、本郷の薬屋にしょっちゅう立ち寄ってしまう(『秋日和』より)のも頷けるというものだ。

 しかし、なんといっても本特集の驚くべき点は、内田吐夢監督の幻の作品『生命(いのち)の冠』(1936)のDVDが、付録として付いていることである(価格は、たったの\890!)。二・二六事件が勃発してからわずか3ヶ月後、つまり原節子の出世作である山中貞雄の『河内山宗俊』(1936)が公開されてからわずか1ヶ月後、立て続けに公開された本作は当時、サイレント版とトーキー版の2バージョンが製作されたが、今回のDVDはサイレント弁士版。南樺太(現ロシア・サハリン州)で蟹缶製造を営む主人公(岡譲二)の妹役を、新人の原が演じている。この時、原はまだ15才で、登場シーンも期待に反して少ないものの、すでにその愁いを帯びた美貌は、画面の中で目立ちすぎるほど目立っている。
 『生命の冠』は南樺太を舞台設定としているが、実際のロケ地は国後島だったらしい。こうした曰くつき作品を付録とするあたり、昨年11月初旬におけるメドベージェフ大統領の北方領土訪問をめぐる日ロ外交の緊張を受け、新潮社が打ち出した反ロシア的プロパガンダだという推測は容易だろう。
 蟹缶製造の経営者としての良心と名分をなによりも優先させる主人公(岡譲二)がどんどん追いつめられてゆくばかりの描写が、なんとも悲壮なものでありつつ毅然としており、あたかもそれは、『蟹工船』の真逆を先鋭的におこなっているようにも思える。また、国後島の港湾に寒風が吹きすさぶ情景、沖合での蟹漁船の操業風景の荒々しいなまなましさは、非常にすばらしい。内田吐夢の作品にあっては、被害者もまた、絶えず強い自己主張によって画面を制圧する。戦前内田作品の力強さの一端を、かいま見ることができるだろう。

 原節子は、1920年生まれだから今年91才を迎え、来年は引退後50周年となる。何年か前に、東京・狛江市の土地を売却したことによって長者番付にランキングされ、話題を振りまいたのも記憶に新しい。もちろんいまも、ついのすみかである北鎌倉でたいへん元気に過ごしておられるようである。


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