荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『ヒア アフター』 クリント・イーストウッド

2011-03-06 09:43:45 | 映画
 「今ひとつの出来」 「偉大なるクリントがどうしてこんなものを」というような反応に接して、実際に見る前はついナーバスになったが、蓋を開けてみると、それ見たことか、見応えじゅうぶんな作品ではないかという確固たる感触とともに、画面と対峙することができた。
 フランスのテレビ局に勤める女性キャスター(セシル・ドゥ・フランス)が、臨死体験によってどうしてあれほど人生の変革を余儀なくされたのか、そのあたりは正直言って、私にも謎である。『未知との遭遇』のリチャード・ドレイファスのような心境だったのであろうか。
 イタリア料理教室で出会い、似合いのカップルになりかけたマット・デイモンとブライス・ダラス・ハワード(この女優がロン・ハワードの娘さんだと、じつは初めて知った…)の関係が、あっけなく切ない成り行きに終わる顛末が、非常にすぐれたシーンであったし、ロンドンで開催されたブックフェアで、地球のかけ離れた地域に住む三者の主人公が、見えざる運命の糸によってついにからみあってくる、その繊細にして勿体ぶった手付き(月並みな褒め言葉だが、そうとしか書けないのだ)に対しては、さすがとしか言いようのないものを感じた。

 米西部サンフランシスコに住む霊能者ジョージ(マット・デイモン)が、物語の終盤で港湾施設をリストラされ、気分転換のためもあって、イギリスへ発つ。どうやら、大ファンである作家チャールズ・ディケンズゆかりの地を訪ねる観光ツアーに参加するためらしい。
 ガイドに引率されてディケンズ邸を訪れたジョージ。このシーンを見つめる私は、おそらく彼がその強大な霊感を活用して、ディケンズをめぐる決定的な、他のツアー客には想像だにできぬ、彼だけに可能な超常体験をグワンと引き寄せてくれるはず、と予想した。「あれだけ毎晩、ディケンズの朗読をオーディオブックで愛聴している彼のことだ、まさにクライマックスそのものといった大事件をひき起こして見せ、それがすべての不幸を解決するための奇蹟の伏線に、なってくれるにちがいない…」と。
 結果はみごとにはずれ。文豪の書棚、文机、玄関などを前にした彼のまなざしは、どこまでも平凡な観光客のそれであり、特権的な兆候やら透視やら、ましてや憑依、口寄せやらといった事象とは無縁の姿勢が保たれている。この慎ましさの演出にひたすら感動するとともに、わが通俗的な映画観を、改めて恥じるほかはなかった。


丸の内ピカデリー(東京・有楽町)ほか、全国で上映中
http://wwws.warnerbros.co.jp/hereafter/


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3 コメント

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ブライス・ダラス (incidents)
2011-03-08 00:41:00
久しぶりの書き込みをさせていただきました。
ブライス・ダラス・ハワードは、小さな頃から父君の映画にわりと出演しておりまして、たとえば『ビューティフル・マインド』では主人公が勤める大学の学生の中にひょっこりいたりします。
ほか『バックマン家の人々』(当時8歳!)や『アポロ13』にもちらっと出ていたりして、ロン・ハワードの旧作を見るときのちょっとした楽しみなんです。
いやはや、くだらない書き込みをしてしまい、申し訳ありません…。
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ブライス・ダラスについて (中洲居士)
2011-03-08 10:19:22
Incidentsさん、こんにちは。お久しぶりです。とはいっても文章ではしょっちゅう「会っている」わけですが。

そうだったのですね、ブライス・ダラス・ハワードについては勉強不足というか認識不足でした。お恥ずかしいかぎりです。この人が、マット・デイモンに冥界を透視してもらう。すると、父親が出てきてさかんに謝罪しているらしい、というのがわかります。すると、彼女はもうただただパニックになってしまって、その場を立ち去ることしかできない。「訳を話すわ」「よかったら、何があったか話してくれないか」…などと、私がもし本作のシナリオライターだったら進めていってしまいそうですが、『ヒア アフター』はそうしないんですよね。さすがです。

わたくしもロン・ハワードの旧作を見る際は、ブライス・ダラス・ハワード捜しを楽しみにしてみます!
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上映中止 (中洲居士)
2011-03-15 03:36:27
すでに周知のことと思いますが、クリント・イーストウッドによるじつに味わい深い『ヒア アフター』は、冒頭の津波シーンのために上映中止になってしまいました。時節柄しかたのないことだと評価されているようですが(わたくしが生きている間に、こんな「時節柄」などと禍々しい単語を使うこと自体が嫌ですが)、やはり非常に残念なニュースです。

イーストウッド監督は、今回のことをどう思っているのかしら? きっとすごく切ない気持ちを抱いているのではないかと思います。
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