荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『危険なメソッド』 デヴィッド・クローネンバーグ

2012-11-14 03:00:10 | 映画
 フロイト(ヴィゴ・モーテンセン)、ユング(マイケル・ファスベンダー)とその患者であるユダヤ系ロシア人女性ザビーナ(キーラ・ナイトレイ)という男女の6年間にわたる交わりと訣別を静謐に物語る。原作のタイトル《最も危険なメソッド》とは予想どおり、ユングがザビーナに施した心理療法が不倫愛にいたることを指す。
 イギリスの劇作家クリストファー・ハンプトンの戯曲を劇作家自身が映画用にリライトした。その結果、デヴィッド・クローネンバーグ作品としては例外的なまでに(いや挑戦的なまでに)異常なことが起きず、人間界のよくある出来事が感傷的に語られている。画面はたいがいの場合、2人程度の人物のおもに精神分析についての会話が2ショットもしくは切り返しで撮影され、非常にスタティックな印象をもたらす。

 クローネンバーグといえば周知のように、内臓・器官の中から気味の悪い凶器が生起するとか、なまなましい化け物や畸形の迷宮、あるいは果てることなき非情なる殺戮ゲームへと吸い込まれるとか、そういう異常事態がノーマルな状態だったから、この静謐なコスチューム・プレイはかえって居心地が悪い。かつて手がけた舞台劇や文芸物──たとえば『裸のランチ』『エム・バタフライ』──を彷彿とさせる居心地の悪さがあらわれていて、これこそがクローネンバーグのしかけた《危険なメソッド》なのではないか?
 カナダ・オンタリオ州のリトアニア系ユダヤ人家庭に生を受けたクローネンバーグの、ユダヤ的立場による20世紀世界に対する呪詛を、最も赤裸々に言い立てた作品としても記憶されることになるだろう(詳述は控えるが、終盤でフロイトがその手の直接的なセリフを吐く)。クローネンバーグはいつもとちがい、殺戮そのものではなく、殺戮の予感のみを示唆したのだ。そしてそれが、現在にふさわしいメソッドだと考えたのだと思う。


TOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
http://dangerousmethod-movie.com


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