荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『道化の前で』 イングマール・ベルイマン

2012-02-19 21:53:01 | 映画
 イングマール・ベルイマンが1982年に『ファニーとアレクサンデル』の発表とともに映画界を引退してから、2007年の夏に亡くなるまで、思えば、なんと四半世紀もの時間が流れている。スウェーデン、と聞けば誰の口からも「高福祉社会」といった語がこぼれるところだが、いくらスウェーデンがそうだとしても、ベルイマンほどの20世紀を代表する才能がそんなに長い時間何もせずに余生を過ごすことなどできはしまい。事実、2003年のテレビ映画『サラバンド』(遺作)は隠居老人の手すさびとは無縁のすばらしい出来ばえであったし、本音は「休みたい」だとしても、シネアストとしての建前がそれを許さない。私たち受け手は受け手の責任として、天才を休ませてはならないのである。
 そして今回は、巨匠すでにこの世の人でなく遅ればせながらのことであっても、1997年のテレビ映画『道化の前で』を、日本に居ながらにして見られたことは、この上なき僥倖となった。

 精神科病棟の患者である主人公カール(ボリエ・アールステット)は、ベルイマンその人の鏡像であろう。1925年10月。彼は、病室を訪れてきた道化のリグモール(『第七の封印』にも現れた死神)をアナルから犯したりしつつ、「シネカメラ」なる技術による映画の再創造を志す。しかし王立特許事務所は特許を拒否し、カールは自主興業に乗り出す。大雪の悪天候の中、それでもチケットは11枚ほど売れたらしい。
 この「シネカメラ」の映写と実演を結合させた上映形態を見ていると、私たち日本人にとっては、明治末から大正にかけて流行した「連鎖劇」を思い出してしまう。機材の火災によって「シネカメラ」の上映は台無しとなってしまうが、これに動じることもしなければ、白けるそぶりも見せない観客の泰然自若が感動的である。ハプニングを心から寛大に受け止め、それどころか、演者たちにいっそうの即興性を心静かに求めていき、夜は更けていく。

 本作の上映時に会場で配布されたペーパーから、ジャン・ナルボニの評を掻い摘んで転記したい。「ベルイマンの中でも、もっとも美しく、驚くべき作品である」「簡潔さの中には確かな手さばきがあり、ほとんど投げやりにさえ見える優美さ、それは幾人かの真に偉大な芸術家が老いた時に生まれる傑作に許された幸運であるだろう。」


東京日仏学院(東京・市谷船河原町)の特集《カプリッチ・フィルムズ ベスト・コレクション》内で上映
http://www.institut.jp/


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1 コメント

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豊富にあるベルイマンのテレビ映画 (中洲居士)
2012-02-20 13:34:00
ベルイマンのテレビ映画というと、著名な『ある結婚の風景』以外にもすごいものがたくさんありそうですね。NHK-BSでもWOWOWでもいいが、こんどベルイマンの数多くあるテレビ映画をシリーズでどんと放送してほしいものです。
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