小田原周辺のマイナースポットや些細な出来事を少しずつ
小田原の端々



明治34年、現在の二の丸広場の場所に小田原御用邸が設けられ、明治天皇の第六皇女常宮昌子殿下と第7皇女周宮房子殿下が毎年のように避寒滞在された。両殿下は小田原滞在中に学校行事を見学したり神社で植樹を行うなど地元民とも親しく接したとのこと。その両殿下が明治38年にお手植えしたイチョウが現在も小田原高校にあると知り出かけた。小田原市城山の県立小田原高等学校の前身である神奈川県第二中学校は明治年間は現在の小田原駅の場所に所在。その神奈川県第二中学校に常宮・周宮両殿下が来校したのは明治38年3月17日。両殿下は授業の様子などを見学後に、来校記念として校舎表門の左右にイチョウの苗木をお手植えした。その後、神奈川県第二中学校は大正3年6月に現在の八幡山に移転。両殿下お手植えのイチョウも正門の左右に移植された。イチョウを見るため、競輪場側にある旧正門に向かった。旧正門から中へ進み右手を見ると大きなイチョウの木がある。根本にはプレートが設置されていた。プレートには「常宮殿下御手植えの公孫樹」の記載。明治38年にお手植えされたイチョウだ。明治38年は1905年なので樹齢は110年近い。このイチョウをお手植えした常宮昌子殿下は当時7歳だった。この常宮昌子殿下お手植えのイチョウは八幡山に移植後、同じ場所でずっと生育したため結構な大きさになっていた。現在は木の周辺に部室関連の施設や園路のフェンスが設置されてしまい写真が撮りづらい。樹高は20m以上はありそうだ。続いて正門を入り左手を見ると常宮昌子殿下お手植えのイチョウよりひと周りほど小さなイチョウがあった。やはり根本にはプレートが設置されている。プレートには「周宮殿下御手植えの公孫樹」の記載。このイチョウをお手植えした周宮昌子殿下は当時5歳だった。周宮殿下お手植えのイチョウは八幡山に移植後、さらに校舎の建設などで2度ほど校舎敷地内で移植されている。そのこともあってか常宮殿下お手植えのイチョウと比べると小さい。この両殿下お手植えのイチョウは、二宮神社で育てられていたものを譲り受けたもので、お手植え当時は1m80cmほどの高さだったとのこと。やはり100年が経過するとイチョウはかなりな大きさになる。小田原市内のイチョウの大木はここ数年で枝が折れたり、枝下ろしされて見栄えが悪くなったりするものが多いので、この両殿下お手植えのイチョウは末永く残ってほしい。

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