
「お前、昨日はエラク思わせぶりな終わり方をしたな」
「あっ、大先輩、お恥ずかしい限りでござる」
「あれは、あれだけの話か。続編はないのか」
「何を仰る、もちろんあれだけのことで、続編などはござらん」
「ふむー、それにしても山でお前の浮いた話は聞かなかったなぁ」
「イヤー、大先輩におかれては、泥沼の恋愛の果てに、今の奥方を娶られたと伺っておるのでござるが」
「オレの妻(さい)奴のことか、あれは脅迫されたのだ。死ぬとか殺すとか言ってな」
「それはまた随分と物騒な話でござるな。とてもそんなお方には見えぬのでござるが」
「女は狂う・・・」
「ハーァ、そうでござるか。そう言えば、ひところ、顔中に傷をこさえていたことがござったな、くわばら、くわばら」
「言うな、そんなことまで。ところで山の思い出を書くと言っておきながら、あまり登攀の話は出てこないが」
「それでござる。不思議なくらい、これといって話題にしたくなるような思い出がないのでござる」
「そんなことはあるまい。谷川、北岳、穂高、剣・・・、方々(ほうぼう)へ行ったじゃないか、事故だって起こしたし」
「どういうことなんでござるのか、焚火についてアレコレ、風が吹いたからボソボソ、雪が舞ったからドウシタ、とは何とか書けるのでござるが」
「もう、登攀なぞに関心がない、ということなのかも知れないな」
「確かに。陰ながらお慕いもうし上げた女(ひと)への思いが、いつしか淡雪のごと消えてしまったようなものでござろうか」
「おっ、またそこへいくのか、そこへ」
「大先輩、『ある日、心の痛みは癒えても、思い出の消え去ることはない』、でござる」
「One day the pain would be gone; but never the memory. あれだな。分かった、よし酒でも飲みながら聞いてやる、ン?」
「・・・」
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