
冬の日の暮れるのは早いだけに、山の夜は長い。特に単独の場合、行動を早目に打ち切りテントに落ち着けば、それからすることといったら食事の用意をして、運よくビールが凍っていなければ先ずはそれを飲み、次がウイスキーのお湯割りと決まっていた。それで、夜の更けるまで3,4時間、自分だけの長い時を保持(もた)すのだ。
単独であることの寂寥感と、それゆえの高揚感とが一緒くたになり、酔いを進行させる。テントの中ではラジュースの燃える音に安らぎ、風のない森の中では燃える炎の虜になる。そうやって酔いは深まり、意識の深みへと酒が、燃える火が、連れていってくれる。冬山の孤独を「歯にしみるようだ」と言った人もいれば、また「地球の回る音が聞こえる」と、その静寂を強調した人もいた。そう感じる時もあるが、そうでない時もある。
つまみなど無くても済むのだが、サラミには重宝した。手を切らないように気を付けて、コッフエルの蓋の上で切る。それをウイスキーと一緒に飲み込む。唯一の酒の当てともなればその重要さに鑑み、品質には当然こだわったものだ。
酔いに浮遊しながらローソクの灯りで 、その日の行動を記録したり、十中八九出すことのない相手に山からの便りを書くこともあった。苦い記憶や、その気恥ずかしさについ大声を上げることもあったが、誰もいない山中である、酔いはどこへと向かうか分からない。ただ、ザックの重量に負けない下界の苦が、いつも離れないでいた。

誰か来ないかぁぁ。雪女出てこぅぅい、酒の酌をしろおぅっ。
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