「ウォーキング三昧」in 滋賀

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南房総戦争遺跡 陸軍高井ヶ谷砲台跡

2014年03月12日 06時00分00秒 | 戦争遺跡

↑高井ヶ谷(たかいがやつ)砲台跡(向かって右側)
南房総市にもかつて砲台があったと聞いていた。しかし正確な場所が分からない。私はこの地の人間でないので土地勘がなく旧三好村は山間部なので特に難しい。
その中で「御庄(みしょう)」と言うところに砲台があったとのことで出掛けたが場所が分からず別な場所である「高井ヶ谷(たかいがやつ)砲台跡」を3月8日(土)と3月9日(日)の両日、南房総市の旧三好村の山名地区を訪れた。
陸軍「高井ヶ谷砲台」は現南房総市山名地区(元三芳村)の山間にあった。
高井ヶ谷砲台は東京湾要塞第一砲兵隊(房13367部隊)第二中隊が駐屯していたと言われ、敗戦濃厚となった昭和19年に連合軍の上陸阻止を目的に作られた。当時30名位の部隊だったようで隊の専用宿舎はなく民家とテントで宿を取っていたと聞いた。
高井ヶ谷(たかいがやつ)砲台跡は現在鈴木さん所有の山林となっているが砲側壕と砲台後が残っている。初日訪れた時は、砲台跡らしき感じがしたがそれが高井ヶ谷(たかいがやつ)砲台跡か自信が持てず、2回目の日、鈴木さん宅を訪れ詳しいことを聞いた。それは確かに高井ヶ谷(たかいがやつ)砲台跡で、砲側壕は暗く照明がないと見えずまた現在は私有地であり勝手に侵入するのも問題であり断ってから入るのがマナーであるので入るのを止めた。
この壕は入口こそ小さいが中はかなり長く掘られ、コウモリが住んでいるようだが戦後70年近くにもなるのに崩落もせず綺麗に残っているようだが鈴木さん及び有志が壕の中を清掃したと言う。
次回、鈴木さんの許可を得て懐中電灯を持参して壕の中に入ってみる予定である。
因みに高井ヶ谷砲台の砲側壕は昨年ブームとなったNHKのあまちゃんのロケにも使われたそうだ。
旧三好村には4門の砲台があったと言う。高井ヶ谷砲台の観測所は山の上にあったようで現在は道がなく土地勘のある人でないと迷子になり、またイノシシも出るので一人では行かないようにいさめられた。まだまだ南房総にも戦争遺跡探索の楽しみがありそうだ。


↑鈴木さん宅で見せて頂いた当時の砲台の全景絵

↑高井ヶ谷(たかいがやつ)砲台跡

↑高井ヶ谷(たかいがやつ)砲台の砲側壕

↑砲側壕の入口

↑砲側壕の入口付近

↑砲側壕の入口直ぐの左側

↑砲側壕の入口から少し入ったところ

↑砲側壕の中から入口側をみたところ


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