京都市美術館で、わが愛する“ゴッホ”の展覧会が行われていることは、ずっと前から知っていた。
でも何やかや他の用事があったり、体調がイマイチだったりで、なかなか行けなかった。
5月19日(日)は、いよいよその≪ゴッホ展≫の最終日。
その日は悪天候で、体調もあまり好くはなかったが、“愛するゴッホ”に会わずに済ますわけには、やはりいかない!(笑)
私は午後になってやっと家を出、京都に向かった。
京都市美術館に着くと、私のはかない期待を裏切って、会場前には、傘をさした人たちのかなり長い列ができていた。
(上の写真は、展覧会を観終わってから撮った美術館の正面玄関。 さすがにこの頃には、行列はなくなっていた。)
仕方なく私は行列の一員となって、傘から落ちる雨粒に濡れながら、辛抱強く待った。
待っている間に、美術館の壁に掲げられたゴッホ展のポスターや、ゴッホ展の看板などを写真に撮って、気持ちを紛らわした。
やっと中に入れてホッとしたのも束の間、中に入ってからが余計大変だった。
絵の前には三重四重の人垣ができ、なかなか絵に近づくこともできない。
私は絵の一枚一枚を丁寧に観ることは、すぐにあきらめた。
もちろん説明を読むことなど、全く念頭になかった。 (普段から説明はほとんど読まないけれど‥)
人と人の肩越しに背伸びをして、瞬間的に絵の全体を捉えられればそれでよしとした。
そんな観方をすると、(作品数が少なかったせいもあるが)わりと早く出口に着くことができた。
今回の≪ゴッホ展≫は、『空白のパリを追う』という副題が示すように、オランダからパリに出てきたゴッホの、修行時代の作品を集めたものだ。
ゴッホをゴッホたらしめている、アルル時代の強烈な色彩は、まだここにはなかった。
でも私は、この“優しいゴッホの絵”も、それとして好きだった。
私はいつものように、好みの絵の絵葉書を、何枚か買い求めた。
次は、その内の3枚。
雨の中、行列を作って入館を待っている時から、平安神宮の大鳥居の前に、白い花を付けた大きな木があるのを見つけていた。
いったい、何の木(花)だろう?
目がいい人なら、そこからでも分かるのだろうが、最近とみに視力が落ちている私には、何の木なのか、分からなかった。
そこで展覧会を観終わると、まっ先に大鳥居の傍に行ってみた。
「ヤマボウシ」だった!
純白の4枚の花弁(と言ってもこれは花ではなく、苞なのだそうだが)を蝶のように広げている姿は、とても清らかで可愛らしい。
雨の洗礼を受けたヤマボウシは、その清らかさをいっそう増しているように、私には思えた。
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