あの悲惨極まりない「チェルノブイリ原発の爆発事故」が起こったのが、<1986年4月26日>。
あれからすでに<30年>の年月が経つ。
先日(6月4日)のNHKテレビ「NEXT」で、<希望を歌った少女たち チェルノブイリ合唱団の30年>が、放映された。
私はその番組を見て、避難先の街で子どもたちを勇気づけるために創られた<合唱団>があったことを、初めて知った。
原発爆発前に子どもたちが暮らしていた街は、「プリピャチ」。
1970年にかつてのソビエトが、チェルノブイリ原発で働く労働者のために造った、原発の街だ。
それでもチェルノブイリ原発が爆発するまでは、子どもたちはそこで、当たり前の幸せな生活を送っていた。
チェルノブイリ原発事故後、プリピャチの(子どもたちを含めた)住民の多くは、キエフの集合住宅に移り住んだ。
子どもたちの中には、甲状腺がんを初め様々な病気を発症して手術を受ける者、中には亡くなっていくものも多くあった。
次は自分ではないかという不安の中でおびえる子どもたちを、少しでも勇気づけようと、<チェルボナ・カリーナ=チェルノブイリ合
唱団>がつくられた。
それは、ウクライナの伝統音楽と踊りを、みんなで学び楽しむものだった。
その<チェルボナカリーナ・チェルノブイリ合唱団>は、その活動を評価されて、「ドイツ」や「日本」でも公演を行ったという。
でも私は、そのことも全く知らなかった!
そして、当時のチェルボナカリーナのメンバーだった<ナターシャ・グジーさん>(36歳)が、16年前に来日して、歌手活動をされて
いることも‥。
日本で歌われるナターシャさん、お顔も歌声も美しい!
不安の中で引きこもりがちだった当時のナターシャさんは、合唱団の中で、何とか希望の灯を見つけ始められる。
彼女の傍らにはいつも、今は亡き父が、事故処理のため埋められようとしている我が家から、彼女のためにと持ち出してくれた、ウク
ライナの民族楽器<バンドゥーラ>があった。
彼女はバンドゥーラをつま弾きながら、原発事故で故郷を奪われた哀しみと、平和な未来への願いを、切々と歌われる。
バンドゥーラを抱いて弾き語りされるナターシャさん
番組は、ナターシャさんの他に、原発事故で苦難の生活を余儀なくされた<チェルノブイリ合唱団>の子どもの中から、あと2人を紹
介していた。
お一人は、<インナ・シネオカヤさん>(34歳)。
彼女は、15歳で甲状腺がんを発症し、手術の後、合唱団に参加される。
今では結婚して子どもを持たれている彼女だが、彼女の不安は消えてはいない。
彼女は手術の痕を指さして、言われる。
彼女の妊娠が分かったとき、医者は誰もが、彼女に中絶すべきだと言ったという。
でも彼女は、自分の命に代えてもと、出産を決意される。
そして彼女は無事出産し、子どもを愛情深く育てられている。
しかし今でも、彼女が癌を発症する危険性は、下がっていない。
彼女は、下の写真のように言われる。
「自分がいついなくなってもいいように‥」
そして…
‥と。
なんと切なく、そして力強い、母の決意だろうか!
もうお一人は‥<ベロニカ・グマロカさん>(34歳)
彼女は甲状腺がんこそ発症されていないが、事故後から今まで、ずっと頭痛に苦しめられ、今でも鎮痛剤が手放せない。
彼女の母親は事故後早くに亡くなられ、今は、父親(ウラジーミルさん)と子どもと暮らされている。
しかし、事故以前から原発で働いておられた父親は、事故後も生活のために原発で働かざるをえない。
父と娘は、互いの身体を気遣いつつ、月2週間は、離れて暮らさざるをえなかった。
しかし、今年になってやっと父親のウラジーミルさんが、原発を辞めることを決意され、平和な父娘と孫の生活が戻ってきた。
始まったばかりの3人の幸せな生活が、これからもどうか続きますように!
最後にもう一度、日本で歌手活動をされているナターシャさんに、話を戻して‥。
彼女は事故以来、決して故郷・プリピャチに帰ってみようとはされなかった。
(もちろんそこは今でも放射線量が高く、簡単には帰れないということもあるけれど‥。)
でも、放射線のこと以外に、彼女には故郷に帰りたくない理由があった。
それは、思い出の中で美しく輝いている故郷が、現実を目にすることで、消え去ってしまうように思われるからだった。
でも、事故後30年の節目の今年、事故のことがみんなから忘れ去られることがないように、彼女はついにプリピャチの地に足を踏
み入れる決意をされる。
そんな彼女の前に現れたのは、予想どおりの荒涼とした、故郷・プリピャチの姿だった…。
そして、せめて実家の跡地を確かめたいと熱望される彼女だったが、その願いも、放射線量の高さによって阻まれてしまう。
傷心の彼女は、それでも心を強く持って、避難先の子どもたちの前で、願いを込めて歌われる。
彼女の願いを込めた美しい歌声を聴き、それを真剣に受け止める少女たちの清らかな瞳を見ながら、これから先原子力による悲
劇が2度と繰り返されることのないよう、強く願う。
※チェルノブイリ原発事故から30年。 未だ事故収束の道筋は見えないままだ。
そして福島原発事故からは、5年と3ヶ月以上が過ぎた。 同じく廃炉への道はとてつもなく険しい。
原発は、一旦事故が起こってしまうと、そこに住んでいた人々から故郷を奪い、そこは何十年も(或いは永遠に)人の住めない土地
になってしまう。(もちろん、直接多くの人たちの命が奪われてしまう。)
こんな原発を、政府は、なぜ再稼働したりするのだろう?
(ましてや、なぜ原発を他国に売ったりするのだろう?)
私には、全くそのわけが分からない。
こんなことを続けていれば、大袈裟でなく、地球の破滅をも招きかねないというのに‥。