靴下にはそっとオレンジを忍ばせて

南米出身の夫とアラスカで二男三女を育てる日々、書き留めておきたいこと。

エピローグ、あの子は大丈夫

2014-01-12 08:04:01 | 詩・フィクション・ノンフィクション・俳句
「プロローグ」と対をなすものなのですが、このプロローグからエピローグまでの「間」を推敲し続けてます。



エピローグ

 ネイティブ・アラスカンの「姉」が、村を出、二人の子供達とアンカレッジに引っ越してきました。十年振りの再会。一時的に身を寄せているという福祉施設に車で迎えに行き、最近オープンしたばかりの日本人の経営するラーメン屋へ。

 車を降りると、マイナス二十度の冷気が肌を刺します。思わず首をすくめる私に、「村の冬に比べたらね、暖かいものよ、風もないし」と微笑む「姉」。

 テーブルにつき、味噌ラーメンを二つ注文すると、村の親戚について一人ずつ報告してくれます。一通り村の様子を聞き終わり、「姉」自身の話に差し掛かったところで、ウェイトレスがやってきました。初めて見るという「ラーメン」の盛り付けに、「きれいねえ、食べるのもったいない」と溜め息をつくと、胸の前に手を組み、目を閉じ、キリスト教のお祈り。そして「アーメン」と言い終わると、麺をすすりながら、再びぽつりぽつりと話し始めました。辛い出来事が続き、何年もの間、涙を流し続けたと。

 ネイティブ・アラスカンを取り巻く状況は、厳しいです。親戚や知り合い、すぐの身近に、アルコール中毒、ドラッグ、自殺、暴力、犯罪が渦巻いています。渦に呑み込まれるには、まだあまりにも早すぎる十五歳の「姪」も、更生施設から出たり入ったりを繰り返しています。

「大丈夫、あの子は、自分が誰なのかを分かりつつある」

 溢れる涙の果てに、「姉」は、そう一語一語力を込めて言いました。そして涙を拭いながら、尋ねます。

「マチカ、あの子の心の奥で、誰が支えになっているか分かる?」

 しばらく黙って、目を見つめるだけの私。すると、「アパよ」と。

「アパ」とは、「おじいさん」のこと。寡黙な「父」の顔から、微笑が消えたのを見たことがないのを思い出します。

「アパは、どんな時でも、私達を見守ってくれている。どんなことをしたって、いつもあの温もりで、包んでくれる。アパを思い出すと、あの子の頬を透き通った涙が伝うのよ。あの子は、大丈夫」

「姉」の顔に、温かい微笑が溢れます。

 混み始めた店を出て、車へと歩きながら、外はこんなに寒いのに、身体の芯からぽっかぽかだねと笑い合い。

「姉」の住居の前で車を止め、ハグを交わし。

「村からサーモンを送ってきたら、すぐに連絡するからね。マチカに、目玉を譲ってあげる」

 そうウインクして手を振り、戸口の向こうに消える背中。

 車を走らせながら、長男を妊娠中に、偶然驚きの再会をした「父」が、私の突き出たお腹を指して言った言葉を思い出します。
 

この子が 世界を必要とするように

世界は この子を必要としている

だから命というものは 宿るんだよ

   

アパの微笑を胸に。 


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