雑文の旅

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猫爺の短編小説「母をさがして」第二部 野宿   (原稿用紙9枚)

2016-01-26 | 短編小説
 翌日の早朝、父親が鼾をかいている間に、普段に着ているボロ着のままで、家に有った塩と火打ち鉄を懐に入れて兄弟は家を後にした。向かうは江戸である。会津西街道に出ると、兄弟はただ西へ西へと歩き続けた。陽が頭上近くに昇りつめた頃、ようやく腹が減ってきたことに気が付いた。朝から、なにも食っていないのだ。
   「耕太、腹が減ってきただろう」
   「うん」
   「街道脇に農家がある、行ってみようや」
   「うん」

 農家の近くまで来ると、初老の農夫が一人で薪を割っていた。駿平は恐る恐る農夫に近付き、一本割り終えて腰を伸ばしたところで声を掛けた。割っている最中に声を掛けて、驚かせてはいけないと気を配ったのである。
   「おじさん、お願いがあります」
   「おや、見慣れない子だね、この辺の村の者かね」
   「いいえ、会津の方から来ました」
   「こんな遠くまで遊びに来たのか」
   「遊びに来たのではなく、江戸へ行く途中です」
   「子供二人で、江戸へ何をしに行くのかね」
   「母を探しに行くのです」
 男は訝かし気である。
   「そんなことを言って、本当は江戸に憧れて家出をして来たのだろう」
   「違います、本当に母を探しに江戸へ行くのです」
   「お母さんは、どうして江戸へ?」
   「父の借金の肩に、売られて行きました」
   「それじゃあ、子供がノコノコ出掛けて行っても会えないだろう」
   「一目だけでも、元気な顔を見るだけでいいのです」
   「一目見た後は?」
   「兄弟して、死んでも構いません」
 男は声高に笑った。
   「馬鹿な作り話をしていないで、早く家に帰りなさい、親達が心配しているぞ」
   「本当なのです、薪割りでも、畑仕事でも手伝わせてください」
   「しつこいと、役人に言って連れ帰って貰うぞ」
 農夫は、駿平の言うことなど全く信じることはなかった。

 言いたいことを最後まで聞いて貰えず、駿平は悄気返ってしまった。
   「兄ちゃん、今度はおいらが頼んでみるよ」
 耕太は、まったく悲観していなかった。

 次に見つけた農家には、耕太が走って行った。
   「こんにちは、誰か居ますかー」
 二、三度叫んで、漸く老婆が出てきた。
   「はい、はい、何処のお子じゃな」
   「おいら、耕太と言います、会津から江戸へ行く途中です」
   「おやおや、遠くまで行くのですね」
   「はい、おとうの借金の肩に、江戸へ売られていったおっかぁを探しにいくのです」
   「たった一人で?」
   「いいえ、お兄ちゃんと一緒です、どうせ飢え死にするのなら、少しでもおっかぁに近いところで死のうと話し合いました」
   「それで、どうしてここへ?」
   「薪割りでも、畑仕事の手伝いでもなんでもやります、おいら達に野菜屑を恵んでください」
 耕太は、尋ねられるだろう事情を、先に訴えるのだった。
   「分かったよ、野菜屑だったらあげるけど、それよりお爺さんが野良から帰って来たら相談するので、今日は家で泊まって行きなさい」
 老婆は兄弟の為に、雑炊を作って食べさせてくれた。駿平は、取り敢えずお礼にと、納屋から短く切った丸太を運び出して斧で割った。
 耕太は耕太で、縁側で老婆の肩を叩いていた。駿平は弁えたもので、割った薪を荒縄で束ねて納屋に次々と重ねていった。
   「お爺さんが喜ぶよ、年をとると薪割りも辛いらしくてねぇ」
 
 だが、この農家の主が帰ってくると、兄弟を見て行き成り怒り出した。主の留守を見計らって入り込み、何かを盗んだに違いないと、駿平を捕まえて柱に縛り付けた。縛られた駿平に縋りつく耕太を、そのまま駿平と共に縛り付けてしまった。
   「お爺さん、何をするのです、この子たちは素直な良い子たちですのに」
   「いいや、何か無くなっているに違いない、探してみろ」
 主は箪笥の抽斗や、押し入れの中まで探したが、何も無くなってはいなかった。納屋はどうだと探しに行ったが、薪が割られて綺麗に積み上げられていただけであった。
   「これは、ガキどもがやったのか?」
   「そうですよ、お昼に雑炊を食べさせてやったので、そのお礼だと言って」
 主は、感謝しているに違いないのだが、えらい剣幕で疑った手前、素直に折れることが出来ないらしく、仕方が無さげに兄弟を解き放った。
   「許してやるから、とっとと出て行け」
 兄弟は黙ったまま出て行こうとすると、老婆がそっと風呂敷包を渡してくれた。
   「百文しか入っていないけど、持って行きなさい、爺さんを許してやってね」
 包には、巾着と白い大きな握り飯が二つ入っていた。

 兄弟が、会津西街道にとって返した時は、太陽は西の山並みに沈みかかっていた。
   「今夜は野宿だ」
 街道を逸れて、山道を少し行くと荒れた墓場があった。墓場に入って突き進むと、昔は墓守が寝泊まりしたのであろう壊れかかった小屋が有った。恐る恐る中へ入ると、プーンと黴と壁土の臭いがした。
   「筵も藁もないけど、雨露は凌げる、耕太、墓場が怖いかい?」
   「ううん、兄ちゃんと一緒だから怖くない」
 その夜、兄弟は農家の老婆に貰った握り飯を食って、幸せな気分で抱き合って眠った。
 
 真夜中、耕太が物音に気付いて目を覚ました。
   「兄ちゃん起きてくれ、今、外で音がした」
   「どんな?」
   「カリカリカリ ゆうた」
 駿平が耳を澄ませると、小屋の外を動物が歩き回っているようである。
   「野犬か、狼かも知れん」
   「おいら達を食べに来たのか?」
   「そうらしい」
   「怖いなぁ」
   「小屋の中に居れば大丈夫だ」
 駿平は床板を一枚剥がし、足音のする方向に構えた。板壁の隙間からにゅっと前足が入ってきた。どうやら、この板を抉じ開けようとしているらしい。その前足を目掛けて、駿平は板の角で思い切り叩きつけた。
   「キャン、キャン」
 やはり野犬らしい。逃げて行ったのか、それっきり物音は止んだ。だが、またいつ仲間を連れて仕返しにやって来るかも知れない。兄弟は眠れぬままに夜明けを迎えた。

   「兄ちゃん起きろよ、もう昼近いみたいだぜ」
 夜が明けてから、兄弟は安心して眠ってしまったらしい。

 昨日は、昼と夜に鱈腹食ったので、今日は空腹を我慢して歩き続けた。懐に百文入っているが、これは万が一のときに備えてとっておくことにしたのだ。

-つづく-


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