リッスン・トゥ・ハー

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島の番人

2009-08-15 | リッスン・トゥ・ハー
何をしているのか定かでない。生活を送っているだけなのかもしれない。何せ情報がほとんどない。与えられるのは集に一度だけの英字新聞、実質何も読めない、なぜなら私は日本人だから、ろくに英語の勉強もしてこなかったし仕方がない。写真で何となく内容を想像して楽しむ程度だ。そのうちそんな情報にどれだけ意味があるのかと全く読まなくなった。それでなくても忙しいのだ。島にはすることがたくさんある。生き延びるために食料を調達することもその大きな一つだ、自然がまるまる残っているから食料はちょっと探せば何でも食べられた。農薬などいっさい使っていない全くの天然物だった。それは、美味であった。私は人に自慢できるような食通でないし、だから毎日毎日作っていたわけであるし。

おぼれ社長

2009-08-15 | リッスン・トゥ・ハー
それは手を振っているように見えた。だからみんな二の足を踏んで助けにいかなかったのだ。別に社長が嫌いなのではない。断じてない、ただ、楽しそうに社長がふざけて、みんなこいよこっちはたのしいぜ、と言わんばかりのテンションで読んでいるのかと思っていたのだ。どうも様子が違い、社長が必死になっていると気づいた時はすでに初めから考えれば1時間が経過しており、社長の体力もあとわずかと言う状態であった。最後の力を振り絞って社長は助けを求めた。それだけが生きる意味であった。社長は様々悪いこともした、良いこともした。平凡に生きてきた。ないを溺れているときに無視されるいわれがあるのだ、と憤慨した。憤慨した所で何も変わらなかったわけであるが、そうでもしないと収まりがつかない。やばいぞこれは、と誰もが思ったとき、社長がちょうど助けを呼ぶことを諦めた時であった。ひとりのためにそれ以上の犠牲は出せない。との判断から撤退が命ぜられた。誰もふまんであった、せっかく練習台としてよいものがあるのに、あと数時間で老人は死ぬ。だから死ぬ前にせめて、と社長はばたばたと脚で蹴って

銀行強盗、たった9分で逮捕

2009-08-13 | リッスン・トゥ・ハー
その9分間に何があったのか。今となっては謎だらけだが、はっきり言えること、その結果として起こったことは、強盗は逮捕され、街にひとときの静寂と安心感がもたらされたこと。たった9分で見違えるようなすっきりとした表情だった。9分前は必死の形相で金を積めたバッグを担いていた。どこか遠くにできるだけ遠くに、とこの街からの脱出を試みていた。そして空白の9分間を経て、強盗は自らつかまるために警察署へ出向いて、あっけなく逮捕されたのだから、奇妙なことだ。一番わからないのは、いったん完全に行方をくらましていた。完全に警察は彼を見失った。なのに、彼は出頭する際に、全身ボーダーのズボンと服を着ていて、時代錯誤なイメージであるが、たしかに刑務所内にいるもののようだった。お望み通りつかまった。手柄として警察はそれを発表する、何か上手く行くような気がしていた。

最後の赤ジャージー

2009-08-13 | リッスン・トゥ・ハー
踊れ!と聞こえた叫び声の方を向く。その数100を越えなお増え続けている赤ジャージー。それはまだ小さな勢力であった、全人類からすれば、屁にもならん、屁の生まれる前の物体を育てている農家の遠い親戚にあたるコアラの黒い瞳が今とらえているバッタ程度のものであった。しかし赤ジャージーは全くひるむことなくむしろ喜び勇んで、存在することそれ自体がうれしくてたまらないのと言わんばかりに踊れの叫び声のまま、体を動かして縦横無尽に広がっていく。水に落とした絵の具が徐々にもやもやと広がっていくように赤ジャージーの踊りはひとびとのこころをもやもやととらえはじめた。一体何が目的なのか、全くわからないわけであるが、それでも赤ジャージーはみんな笑顔、赤ジャージーにスニーカー白い。異様な赤い絵の具が街を染めていく。少し遅れて一人の赤ジャージーは踊らずに、他の赤ジャージーをじっとみてうしろからついてくる。あいつはなんだ、なんだあいつは。赤ジャージーはそう思っていたが、そんなことはどうでもやくて、とにかく今は踊らなければならないわけだ。本能に身を任せて踊れ!冷静な赤ジャージーは首を振る。そんなんじゃダメだ、といわんばかりにため息をつく。文明だった。生まれた文明はおそらくこの赤ジャージーのようにそれまでの原始を見下すのだ。

木の枝からオタマジャクシ

2009-08-12 | リッスン・トゥ・ハー
オタマジャクシがなるという木にもたれかかっている。天海さんを待っているのだ。木になったオタマジャクシは、地面に落ちてうごめきながら水を求め、たどり着けたら幸運な方でたいがいはひからびてしまう。たどり着いたオタマジャクシは、英雄としてたたえられ、オタマジャクシの王になる。天海さんは遅刻をしない方だけれど今日は遅刻だ。天海さんは来ない。遠くで救急車のサイレンが聞こえる。まさかと思いながら私はケータイを開いた。

シューマッハ 宇宙旅行を予約

2009-08-12 | リッスン・トゥ・ハー
ええと、宇宙旅行の予約はこちらでよかったですか?はい、こちら、ではお願いしますその宇宙旅行とやらを。いいんでしょ、もう誰でも宇宙に行ける時代の幕が開けたわけでしょう。だから私にもその旅行を体験させてくださいな。私には金がある。あふれるほどの、あふれて溢れて仕方ないほどの巨額の金がある。全て自分の実力で稼いだ正真正銘の金がある。それをいくらでも、つかっていい。たとえなくなってしまったといてもいい。宇宙を体験したいのだ。私はなんとしても宇宙を体験し、あわよくば新たなギャグなどと言うものを開発する。ギャグは大切だ。レース中もギャグの応酬で成り立っている。ギャグのためならなんでもできる。

縁日で取った金魚を長生きさせる方法

2009-08-12 | リッスン・トゥ・ハー
まず帰りなさい。なによりもまずショットバーから帰りなさい。ショットバーにいたのでは金魚は弱ってしまう。なぜなら、ショットバーには何かおしゃれな飲み物や、ちょっとしたライトな食べ物があって、それらをつまんで飲んでしていると何か自分がすごく大人になったなあと感慨深げだから、金魚だって、大人になったなあなんて感じてしまう。感じてもええやん、なんて思う君、この油断こそもっとも気をつけなければならない。金魚は大人になるに従い加速度的に老化する。それまでふさふさしていた髪は、大人のおの字を思い浮かべただけで白く染まり、100本ほど抜け落ちる。その様は見事であるとさえ言える。つまり金魚に大人であるとおもわせないでいれば、金魚は長生きするわけだ。だから帰りなさい。ショットバーなんかで大人気取ってないでさっさと3畳一間の下宿に帰りなさい。

戦場にかける橋

2009-08-11 | リッスン・トゥ・ハー
戦場から一体どこに行こうとしているのか戦士たちは。橋を造り始めた。空に向けて流線型、虹のようであった。土台をしっかり固めて、深く深く掘り、何本も杭を打ち込んで、決して崩れないように何日もかけて作った。どこにつなごうとしているのかは謎であった。作っている戦士たちもおそらくわかっていないのであろう。誰も口をきくことなく黙々と作業を進められ、橋は徐々に長くなっていた。そこに河があるわけでもなく、橋を造らなければならない物理的な理由など何もない。強いて言うならば、心の河があって、その河の流れははやく、激しく、深く、どろにおおわれているような河で、そのために橋を架けているのかもしれない。敵味方関係なく橋を造った。誰もいつの間にか、没頭した、没頭する方が楽なのだ。殺しあいをするよりも、同じ目的にそって作業をする方が楽なのは想像ができるだろう。一部の殺人狂以外はみな協力し、橋を長く長くしていった。何年も何年もたった、橋はまだ伸び続けている。河を超え、海を越え、その作業をやめてしまえば再び戦争が始まるから、つづけなければならなかった。やがて、地球を一周し、橋の入り口が見えてきた。誰もがそのことに触れずにさらに伸ばし続けた、交わるその数メートル前に、どういじったのか、どう調整したのかわからないが、橋は入り口をさけて、少し右にずれた。そして2週目にさしかかった。左隣を見ると、周回遅れの橋がなにか必死に伸びていた。

銀座ペコちゃん

2009-08-11 | リッスン・トゥ・ハー
いらっしゃい、と女は低くつぶやいた。扉が静かに開いて客は女と目を合わせてからゆっくりと中へ進む。その仕草はどことなくナイトを思わせた。あるいは、客はナイトの称号を得ているのかもしれない。女は客を待っている、そのゆっくりとした速度でカウンター席に座るいつもの客を見て待っている。そうすることがルールであった。ふたりだけの暗黙のルールだった。それを、誰に言われることもなく、言いあわせたわけでもなくいつからか決まっていた。客は必ずそうするし、女もそれに応えない日はない。大人のふたりであった。誰にもその関係を見抜かれないように慎重に行動していた。客はカウンター席に座り、ほんのひととき間を空けて、ドリンクを注文する。いつもの、と十分にわかる間柄であったが、客は毎回しっかりとそのドリンクの名前を言う。不二家のショートケーキ、告げたとたん女、舌を出して口の周りを舐める。

仙台七夕にもETC効果

2009-08-09 | リッスン・トゥ・ハー
やってくる。ぞくぞくとやってくる。その目的は何なのか、不明確だがやってくる。あとからあとからやってくる人の群れは、波、大きな波となって仙台を飲み込む。飲み込まれた仙台は、もみくちゃにされて、ポイ。捨てられた仙台は燃えるゴミの日に回収車に乗せられて、焼却炉に投げ捨てられて、1000度ほどの高温で蒸され、焼かれ、灰になる。灰になってなお仙台は仙台であるが所以の、牛タンなどの匂いを漂わせて、周りを惑わせる、一瞬ここは焼き肉屋なのか戸惑わせる。月に一度の焼き肉の日なんだね母さん、などの声が聞こえる。仙台はその言葉を聞いて、末永く母さんを大切にするんだよ剛志、と剛志に言葉をかける。

魔の14番

2009-08-09 | リッスン・トゥ・ハー
14番と告げるとき、館長はたしかに一瞬躊躇してつばを飲み込み、振り切るように吐き出した。館長がこんなにも緊張しているのを私は見たことがない。どうしてそんなに14番を意識するのだろうか。それは私が伺い知ることのできないほど複雑な理由があるのだろうし、またそれは館長だけでなく、14番のことを知っているのであればどうしてもそうなってしまうというものだ。私だって改めて呼ぶならば同じようなことになっているに違いない。それほど、14番は危険なのだ。危険であり同時に興味深い、危険であることがわかっていても、14番に関わりたくなるあの魅力。14番が意識を取り戻す、立ち上がる、そして何をするのか、誰にもわからない、あくびを、あくびをして横になり、再び眠る夏の午後。

巣ごもり消費

2009-08-09 | リッスン・トゥ・ハー
金がないから何もしない。何もしないから金がない。どっちにしろ金がないが、生きていかなければならない。私はまだ死んではならない。もういいよ、別に誰も悲しまねえよ、と思っているものの方が多い。いやむしろ何も感じていない。存在をかけらすら感じていない。さらに、死ね、とさえ思っているものさえいる。私には敵が多いのだ。外には敵が多い。危険だ、だからこもろう、この部屋にこもろうじゃないか。これがきっかけだった。貯金は割とあるほう。今まで一心不乱に、大手商社に勤めてきた分、私は浪費しないたちであることが幸いした。だいたい10年ほどは何もしないでも大丈夫なほどの貯金額。で10年経ってみると、当然のように金はなくなる。かといって働くのは嫌である、というより危険である。どうして私が皆から嫌われているのかはこの際関係ない。これからどうしようか、どうしようか、不安になってきたが、その不安が私にアイスクリームを食べさせるのだ、チョコレートをガリガリかじりながら中にバニラの入っている同じタイプのアイスばかり食べている。甘いものであるので原やその他の体はぶよぶよである、だんだん、動けなくなっている。サイズも大きくなっている。ネットで注文し、郵便受けに放り込んでもらう。アイスだけ買うとすればあと5ヶ月は持つ。私は部屋の形になりつつある。郵便受けのすぐ側に口をもってきて、アイスの袋ごと噛みしだいて食う生活。

動物園のシマウマが突然出産

2009-08-08 | リッスン・トゥ・ハー
恋をしたのだ。激しく燃える、しかし誰にも知られることのない密やかな恋を。担当の飼育員にさえ気づかれなかったのだから、立派なものだ。なにせ、担当の飼育員はシマウマのすべてを知る人物、腹の中から、排泄物の状態、表情、皮のつや、その内面のすべてを把握していて、なおかつその交友関係も完全に把握している。それができなければ担当とは言えない。が、その本のわずかな重箱の隅を、アイスピックで突き抜いたような恋だった。飼育員と言えど、檻の中で眠り、排泄し、食事をし、生活を送っているわけではない。家族もいる。ちょうど、担当の飼育員は結婚をし、子どもが生まれたばかりであった。シマウマの世話などしている場合ではない。妻も働いている。乳飲み子をかかえながら、働かなければならない理由は、この不況のせいであった。長い冬の景気のせいであった。と言っても働きに出ているわけではない。内職である。風車を竹にくくりつける内職であった。窓から吹き込んできた風が風車をまわした。実に情緒的である。悲しみを増進させる風景、担当の飼育員はその風景を思い浮かべてふりふり肩を揺らしながら家路を急ぐ。動物園の門をくぐりでればシマウマなど抜け落ちたすね毛ほどの関心であった。そういうわけだから、まあ恋をしていても知らないのも無理はない。シマウマの恋は、したがって飼育員が急いで帰宅する頃はじまった。動物園が静まった頃、檻を飛び越えてくるもの、はいやーと叫び声を上げた人が上に乗っている、彼が連れてきてくれたのだ。シマウマははじめ、何が起こったのかわからない。混乱する、乱暴者がやってきたのかと思う。それからはげしく愛される、シマウマはドMなのでなすがまま。上の人はそのまま、どこか優しげな笑顔を浮かべて遠くを見ている。

兆候把握しながら放置

2009-08-08 | リッスン・トゥ・ハー
かなりの確率で恋に落ちるだろう、と思っていたが、結局何もしなかった。というよりもできなかった。しようとはしたんだ、でもどうしても動かなかった、それはつまりしなかったと言うことと同義。だから放置していたと言われても言い返す言葉もない。まあ、言い返す必要も全くないけど。歩は恋に落ちたのだ。通勤の電車でいつも顔をあわせている女の子に。名前も知らないし、何をしているのかモ知らない。だいたい話をしたこともない。歩が知っていることは、自分と同じ電車でどこかに通っていること。時々読んでいる文庫本はいつも同じ本であること。ただ顔をあわせているだけで恋に落ちるなんて、ずいぶん安易な恋だと思うかもしれない。実際安易極まりないが歩にとっては、一生懸命、突き進むことあるのみであった。歩が、女の子のいったい何に惹かれたのかそれは明確だ。のどである。歩は異性ののどの形を偏愛している。のど、様々な形ののど。は?と天の言葉。

隣にある!

2009-08-07 | リッスン・トゥ・ハー
メガネがないと、父が言い出したのは2日前、最初はいつものうっかりかと軽く考えていたが数時間経つ頃にはこれはただごとではないと家族皆、得体の知れぬ恐ろしさを感じていた。父に対して?メガネに対して?それを見守る自分たちに対して?父は探し続けた。飽きもせず、向かいのホーム、路地裏の窓、そんなとこにいるはずもないのに。昼夜を忘れ、仕事を忘れ、食うことも、家族も忘れ、没頭した。父の頭にはメガネのことしかなかったのだ。それほどまでにメガネのことを考えるフランス人がいただろうか。メガネ冥利につきるだろう、たとえどのような状態でいるとしても、これほど思われているのであれば本望、崖から落ちそうになっていたとしても悔いはない。そして2日が経過しなお父はメガネを求めて四つん這いでちょこちょこうごめいている。時に気づいた、ある!隣にある!私のすぐ隣にある!ここは探さなかったのか父、初老、フランス人、生粋の青い目、ああ私は、父に避けられていると言うことか。これは、絆を取り戻す家族の物語である。