リッスン・トゥ・ハー

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魚になるまで泳ぐ

2009-08-06 | リッスン・トゥ・ハー
その意気込み通り、拓郎はスタートしてから徐々に変化を見せた。まずその手のひらは水を大きく掻くために指と指の間の皮膚がぐんぐんと伸びて、水かきに近くなり、なんなら腕と体の間も同じようにつながろうとしている。さらに尻の辺にヒレのようなものがニョッキと伸びてニョッキ、それを自在に動かせるようになっている。それによって向かう方向を調整しているようであった。いやちょっと待ってくれ、水着を着ているからだからニョッキと伸びたら水着は八つ裂きじゃないか、とあなたは叫ぶだろう。もちろん八つ裂きである。すでに水かきの時点で八つ裂きであり、半裸、なんなら全裸で泳いでいる。しかし決して卑猥なものを見せびらかすように泳いでいるのではなく、その様子は、神秘的ですらあった。泳ぐその姿は神、人間と魚の間の子、生物を種族を超えた存在、その自覚が本人にもあったのだろう、顔はにやけていた。それは卑猥なものを見せびらかすときの表情といえなくもなかったが、神のような存在である彼にそのことを追求するものはいなかった。ゴールした彼はまさに真から魚であった。メダカであった。縮小したのである。タイムはもちろん、小さなメダカに速く泳ぐ能力などない、大きく後れをとった。