リッスン・トゥ・ハー

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戦場にかける橋

2009-08-11 | リッスン・トゥ・ハー
戦場から一体どこに行こうとしているのか戦士たちは。橋を造り始めた。空に向けて流線型、虹のようであった。土台をしっかり固めて、深く深く掘り、何本も杭を打ち込んで、決して崩れないように何日もかけて作った。どこにつなごうとしているのかは謎であった。作っている戦士たちもおそらくわかっていないのであろう。誰も口をきくことなく黙々と作業を進められ、橋は徐々に長くなっていた。そこに河があるわけでもなく、橋を造らなければならない物理的な理由など何もない。強いて言うならば、心の河があって、その河の流れははやく、激しく、深く、どろにおおわれているような河で、そのために橋を架けているのかもしれない。敵味方関係なく橋を造った。誰もいつの間にか、没頭した、没頭する方が楽なのだ。殺しあいをするよりも、同じ目的にそって作業をする方が楽なのは想像ができるだろう。一部の殺人狂以外はみな協力し、橋を長く長くしていった。何年も何年もたった、橋はまだ伸び続けている。河を超え、海を越え、その作業をやめてしまえば再び戦争が始まるから、つづけなければならなかった。やがて、地球を一周し、橋の入り口が見えてきた。誰もがそのことに触れずにさらに伸ばし続けた、交わるその数メートル前に、どういじったのか、どう調整したのかわからないが、橋は入り口をさけて、少し右にずれた。そして2週目にさしかかった。左隣を見ると、周回遅れの橋がなにか必死に伸びていた。

銀座ペコちゃん

2009-08-11 | リッスン・トゥ・ハー
いらっしゃい、と女は低くつぶやいた。扉が静かに開いて客は女と目を合わせてからゆっくりと中へ進む。その仕草はどことなくナイトを思わせた。あるいは、客はナイトの称号を得ているのかもしれない。女は客を待っている、そのゆっくりとした速度でカウンター席に座るいつもの客を見て待っている。そうすることがルールであった。ふたりだけの暗黙のルールだった。それを、誰に言われることもなく、言いあわせたわけでもなくいつからか決まっていた。客は必ずそうするし、女もそれに応えない日はない。大人のふたりであった。誰にもその関係を見抜かれないように慎重に行動していた。客はカウンター席に座り、ほんのひととき間を空けて、ドリンクを注文する。いつもの、と十分にわかる間柄であったが、客は毎回しっかりとそのドリンクの名前を言う。不二家のショートケーキ、告げたとたん女、舌を出して口の周りを舐める。