goo blog サービス終了のお知らせ 

千艸の小部屋

四季折々の自然、生活の思いを、時には詩や創作を織り交ぜながら綴りたい。

2021年04月11日 | 日記

  花開くのを待っていた
  わずかずつ蕾が膨らんでも
  ぱっとは咲いてはくれない

   桜の花を
   こんなにも愛おしく待っていたのは
   きっと安定しない世の中のせい

   叫びたい心をあなたが静めてくれる
   そんな気がする



 4月8日
 少しずつ咲き出しました。

 庭の花も待っていたように花開いています。
















(ムスカリ サクラソウ シュンラン オドリコソウ スイセン ヒトリシズカ イカリソウ)


 散歩する時間は早いので、昨日、今朝は厚着をしました。昨日はふわふわと雪が・・・ 今朝は霜が降りていました。
 ウォーキングをする人たちも増えてきました。
 春ですね。



 自宅に到着。
 朝陽を受けた桜は、まだ満開にはなっていません。



 昨夜、テレビで吉野の桜を観ました。素晴らしいですね。
 花見も制限を受ける世の中、いつになったら平穏な日常に回帰できるのでしょう。

 原発の処理水を海洋放出・・・やってはいけないことです。
 地層処理方法もあるようですが・・・
 生きとし生けるものの、いまを、あしたを、踏みにじらないで下さい。

 コロナワクチンの接種、南魚沼市は5月中旬です。

 おだやかな季節が続きますように。




小さな花たち

2021年03月28日 | 日記

雨が降っているような
暗い朝
雨音もしなかった
玄関戸を開けたら
南風
雪を溶かす生暖かな風
春の芽吹きが始まる南風だ

雨も降りそうな日曜日



桜咲いたの?
まだまだよ。

ふるさとに帰れない娘との会話。
お父さん お母さん ありがとう
卒業のお祝いは ほんのきもち。
そんな うれしかった(^o^)☆。







(クロッカス キクザキイチゲ カタクリ)

あっちに こっちに 向こうに
ぽつん ぽつん と 小さな花たちが咲き始めた



お隣さんから海鞘をいただいた。
三陸から、よく送ってくるのだ。
夫が、岩手の海産物に詳しかったので、私も海産物が大好物となった。
海鞘(ほや)は苦手な人も多いが、私は大好き。磯の香り、食感がたまらない。


上がりマンボウ、下がりマンボウって何?

マンボウって魚いたよね。ネットで検索する。
大きな魚。まあるい体で、おちょぼ口。とぼけた顔をしている。

そのマンボウを書いた作家がいた。
そうそう、北杜夫「どくとるマンボウ航海記」だった。
ネットって、すぐ検索できるから面白い。
でも、ときどき間違える(>_<)。

上がりマンボウ、下がりマンボウって?
昼間は映画を観ることが多いから、チャンネルを切り替えると、コロナウイルスの新語が続々と出てくる。覚える必要もないか。

でも、変異株や次の波が押し寄せてくるのを安閑として見ていられない気がする。
カマキリのお方は、大変な山場を迎えようとしている。コロナ、オリンピック、まだまだ大きなハードルが・・・

小さな花たちの生命力に、心和む私たちもいる。


   

寄稿文

2021年03月14日 | 日記
 昨日の朝日新聞。
 川上弘美さんの寄稿文が載っていた。
 最近、読書も薄らいでしまったが、好きなタイプの作家だ。
 独特な雰囲気を持ち、可愛らしさがにじんでいる。4月1日で63歳とは思えない。

 東日本大震災から10年、「生きている申し訳なさ」と、タイトルにあった。


 27年前、「神様」という短編を1時間ほどで書きあげた。高校の生物の教師として4年間勤め、結婚後専業主婦になった。子供のことで悩んでいた頃だという。
 その「神様」を、東日本大震災の1週間後に書き直したものが「神様2011」のようだ。

 (私は「神様」も、「神様2011」も読んでいない)


 「2011」の世界は、放射性物質が空気の中に飛び散り、人々は防護服をまとい、日々除染がおこなわれているのだ。狭い国土にこれだけ多くの原発が建設されている限り、今後も事故が起こる可能性はいくらでもあると思ったからだった。福島原発の事故は、福島だけのものではなく、わたしたちすべてにふりかかる可能性のあるできごとなのである、と。(中略)

 当時の政府は「最悪のシナリオ」を想定していた。当時の自分の感情は、今もありありと覚えている。建屋の水素爆発の映像をテレビで見ながら、「東京もきっと駄目だろう・・・」と、漠然と思っていた。それならば自分はいったい、どうするのだろう。

 日常は、ある日突然、取り返しようもなく変化してしまうものだなあ、というのが、当時一番強く感じたことだった。あれから10年、東京に住まうわたしは、結局避難をおこなうこともなく、地震の被害もほとんど受けず、震災の数ヶ月後には「変化した日常」ではなく、「元と同じ日常」を送るようになる。

 震災のことを思うたび、申し訳ない、と思う。けれど、いったい誰に対して?
 もちろん、すべてに対してだ。
 震災と原発事故で傷を負った方々に何もできない自分に対して、同時に、自分が何の役にも立たないと嘆く自己憐憫ともいえる気分に対して、どこまでいっても、自分は当事者の方々の傷を真に理解できないことに対して、そして傍観者として今ここで生きていることに対して。(後略)



 いつ頃購入したのか不明だが、途中までしか読んでいなかった。
 昨今は書店にも出かけていない。

 川上弘美さんも言及していたが、コロナ禍で、すこしずれた日常にいる。それは必ずしも不幸なことではない。

 チューリップの芽が、ところどころに出ている。



  雨で寒いが、花咲く春の訪れを、わくわくしながら待っている(^o^)☆。


花便り

2021年02月28日 | 日記





   花便りがふたつ
   真っ青な空に微笑む姿
   手をかざせば届きそうな梅の花
   歩行を止めて 春の息吹に浸っている

   梅林は越生だろうか
   梅林を遠望している友の姿が目に浮かぶ

 朝、雪がちらついた、とは打てなかった。
 ここ、雪国は「ふるさと」だけでいい。
 いつ来るかと、春を願望している私がいる。

 休日になると、ご近所さんが道路にたまった雪を除雪機やスコップで除去してくれる。



 雪の山は、なかなか小さくならない。暖かい日が続いてくれると嬉しい。



 石盆栽のシャクナゲの芽が出ている。シュンラン、ツバキ、タネが飛んで来て居心地がよさそうな野草もある。



 コロナ、ワクチンだけでなく、国会内が相変わらずざわついている。前首相の時も、現政権も然りだ。

 ラインで友が呟いていた。
 大分、落ち着いてきたね、と。
 言わんとすることよく分かる。

 梅の花がほころんで、草花も芽をだし、花開く。桜便りも近い。
 やさしい風に吹かれて、野山を歩きたい。夢だけど。


コシノカンアオイ

2021年02月14日 | 日記



 コシノカンアオイ(ウマノスズクサ科)
 俗名  ブンブクチャガマ
 開花期 2~4月
 自生地 山地の木の下
 形態  地表近くから長い葉の柄をだし、冬に花の咲く多年草。花は2・5~4㎝で暗い紫色のため、目だたない。1株から1個の花をつける。花びらはない。肉あつのがくが3つにわれ、下の方はつつのようになっている。中は、もりあがったあみ目がある。ほのかな香りがする。葉の形は、卵形のだ円形。」冬でも枯れないで残っている。
 ギフチョウの食草としてもよく知られており、山村の子どもたちは、ブンブクチャガマと呼んで親しんでいる。
                        (「新潟県野草図鑑」より)

 雪を除けた家の庭は、昨日から春の雰囲気だ。
 コシノカンアオイ・緑の葉の下で、花開こうとしている。

 何年か前撮った、コシノカンアオイ





 冬晴れの八海山



 

 通学路の奥は雪の山。ロータリー除雪車が雪を飛ばしている。

 


 ご近所さんが、除雪機で作業中。


 
 ナゴ、春から中学生。
「写真は撮らないで」そう言われたそうなので、学生服姿は載せません。





 すいはチョコづくり。



 今日はバレンタインデー ♡(^o^)♡

 子供たちもお年頃ね。

 すい、生後8ヶ月の写真です。



 昨夜遅く、地震がありました。
結構揺れたようです。私は熟睡していたのか、気がつきませんでした。震度4でした。
 物がバタバタ落ちた様子が、関東の娘からラインで届きました。
 地震は怖いです。

 コロナ、変異株、オリンピック、ワクチン、次から次へといろんなことが飛び交います。

 雪が溶けて、日ごとに暖かくなる。
 花咲く季節は、愛しくて、嬉しくて、やさしいこころになれる。
 そんな、私やあなたでいるために、
偏見を持つのはやめましょう。
  悲しい思いをする人がいることを忘れないために。