日本基督教団 七尾教会

能登半島にたてられた七尾教会の日々です

第58回中部教区総会

2008年05月21日 | 地震のあとで
昨日と今日が、中部教区総会でした。この総会には能登半島地震に関連する2つの重要な議案がありました。
「能登半島地震被災教会・伝道所および関連施設の再建のために中部教区諸教会・伝道所で2008年度に1800万円を目標額として献金を募る件」
「能登半島地震被災教会・伝道所および関連施設の再建のために中部教区特別会計準備金より2000万円を 能登半島自身被災教会会堂など再建支援委員会支援募金に捧げる件」です。どちらも教区総会で可決されたそうで、感謝です。
そんな大きな祈りと支援をいただいている事は、なんとも心強く感謝な事です。
そんな中で、具体的な動きの方です。(あまり詳しく知っているわけではないので、若干違うところもあるかもしれませんが)
まず富来伝道所です。今回の教区総会前に行われた、教区の委員会には建築の見積もりが2社からだされたそうです。一つは七尾教会の牧師館建築をしてくれた、今井建築のもの、もう一つは金沢に本社のある建築会社のもの。ただ、比較するには見積の添付書類に差があり、次回までに後者の方にもう少し詳しいものをつけてもらえるようにするとなったようです。というわけで、次の教団の委員会に案を提出できるかどうか・・・。
輪島教会の方は「能登ふるさと住宅」を基にしてすることは決まったそうです。が、その先はまだのようです。
羽咋教会は、新しい礼拝堂を今までとは違うところに、2010年に建築しようという決議を教会総会でしました。
以前思っていたように、工事はすすんでいかないような、もどかしさも覚えます。けれど、一つ一つの教会の決断と準備を待つしかありません。
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藤原亨先生のこと。

2008年05月19日 | 地震のあとで
以前富山県で出町教会・福野伝道所の牧師をつとめられた、藤原亨先生の訃報をききました。
幼稚園や保育園という関連施設の働きに積極的であられた、藤原先生。それがゆえに、親しい交わりを与えられました。
先生が最後に七尾にいらしたのは、2006年の6月の事でした。釜土達雄が、ある教会の伝道集会に招かれた時に、その主日礼拝の説教者としてきてくださったのでした。その6月の説教をお願いしたのはまだ冬の事で、当時は富山県内で隠退教師として過ごしておられました。ところが、3月末になって、札幌にお引っ越しをされたのでした。七尾教会の会計を預かる者は、ちょっととまどいました。説教のお礼はささやかながら準備していたのですが、交通費は考えていなかったのです。
けれど、藤原先生はあっさり、「交通費はいりません」とおっしゃったのでした。私たちの教会のためだけにわざわざ北海道から来ていただくのは申し訳ないという事もお伝えしたのですが、他のところにもいろいろ行くからと言ってくださったのでした。
北海道からフェリーも利用されながら、自家用車で七尾に到着。力強い御言葉を語ってくださったのでした。礼拝の後は、長老達と昼食。そこでもいろいろ楽しいお話を聞かせてくださり、楽しい時を過ごしました。自家用車は寝泊まりもできるように改良されていて、奥様とお二人でいろいろなところに出かけられるようにと考えられたものでした。
七尾教会教会学校のよういちくんが、車を興味深そうにみていると、車の中から北海道銘菓を出してこられて、「どうぞ」とよういちくんにくださった・・。それが七尾を離れる少し前の出来事でした。
まだまだお元気でご活躍・・と思っていたのに、残念な気持ちです。
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座れないじゃんと言われても・・・。

2008年05月18日 | 地震のあとで
今日の教会学校の聖書の箇所は使徒言行録2章41節から。
「ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に3000人ほどが仲間に加わった」。
その聖書の言葉をを聞いた、ありさちゃん。教会学校のお部屋をながめて、一言。
「座れないじゃん!」
3000人が教会にくるなら、座れないどころか、入りきれない。
大人はどこかで、自分の教会はこのくらいの規模と思うのだけれど、子供はストレートに聖書の言葉を受ける。
でも、やっぱりあたらしい礼拝堂を建てるとなれば、同じくらいの大きさになるのですよね。

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能登島大橋工事中

2008年05月16日 | 地震のあとで
昨日と今日、七尾幼稚園はいちごがり遠足をしました。行き先は能登島です。お天気もよくて、最高のおでかけびより。
「いちごをいっぱい食べていいよ」というだけで、嬉しくてたまらない子供達。
途中、能登島大橋を渡ると、工事車両がいます。橋の途中の少しの区間が片側通行になっていました。能登半島地震で被害があった能登島大橋。その後この橋の復旧工事をめぐって談合があったりして・・・。地震から一年以上たってようやく工事をしているんだなぁと思いました。
テレビでは中国の大地震のニュースが。能登半島地震とは比べられないほど大きな地震・被害。見るだけでつらい思いがします。
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七尾教会の礼拝堂改築のための準備も少しずつ

2008年05月14日 | 地震のあとで
今日の午後、金沢から設計士さんがいらっしゃいました。
教区の支援委員会の谷さんからのご紹介の設計士さんです。教会牧師館の設計の方とは別の人になります。礼拝堂の方はどうしても大きな規模になるのと、幼稚園部分があるために県に提出する書類もずっと多くなるため、石川県の中でできる設計事務所さんが限られるようです。
久しぶりに七尾にいらっしゃって、打ち合わせをしていかれました。七尾教会の礼拝堂の工事はまだ先ですが、少しずつ少しずつ準備をしていかなくてはと思います。
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庭の再生

2008年05月12日 | 地震のあとで
牧師館改築にともなって、その周辺の草花を去年8月9月にあわただしく整理しました。移動したり、鉢にいれたり・・・。
冬の間はその草花が生きているのかどうかはよくわからないまま。春になって芽が出てくれるかどうか、花が咲いてくれるかどうか・・・。
今日、庭をゆっくり見ていて、気になっていたいくつかの草花と再会することができました。ささやかなほんの小さな新しい芽に、大きな希望を抱くのです。
一番うれしいのは、ツタがどんどん伸びてきた事。前のようにこんもりするのには数年かかるでしょうが、今年の夏にはとりあえずトンネルになるような気がします。
ところがそんな夜にとびこむ、中国大地震の映像。ただ祈る。
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にぎやかな愛餐会

2008年05月11日 | 地震のあとで
今日はペンテコステ。教会にとって大事な日。といっても何か大きな行事があるわけではなく、いつもと違う事と言えば、第二日曜日なのに、主日礼拝の中で聖餐式がある事でしょうか。もちろん、教会にとって、これほど大事な事はないのですが・・・。
そして、みんなで愛餐会。七尾教会ぐらいの規模ですと、老いも若きも共に食卓をわいわい囲むのはちょうどいい人数かもしれません。今日は春成さんが担当で、タケノコご飯を用意してくださいました。他に田村さんが宮内菜を持ってきてくれて、アットホームな食卓となりました。
今日は教会学校からそのままずっと教会にいた子供達も加わってにぎやかな食卓となりました。タケノコご飯が気に入った子供達。何度もおかわりをして食べていました。不思議なもので、大人がおかわりをしていても、どうということはないのですが、子供達がおかわりをすると、おかわりのたびになんだか楽しいほほえましい雰囲気が皆を包みます。デザートにと用意されたオレンジやゼリーもペロペロ食べる姿に、皆がまた大笑い。食事のお当番だった、春成さんも、こんなに勢いよく食べてくれて、さぞかしうれしかったことでしょう。
少子高齢化時代。重い課題です。だからこそ、子供達の笑顔は宝物です。大人にとっては未来への希望であります。そして子供達。今はよくわからず、教会ってなんだか居心地がいいなと思っているだけだろうけれど・・。いつの日かこのうちの誰かに聖霊が働きたもう時がくると信じていきたいのです。
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富来伝道所の設計図

2008年05月10日 | 地震のあとで
七尾幼稚園は現在「認定こども園」の認定をうけているのですが、1月に監査が会ったときに「認定こども園」の看板をちゃんと玄関につけて下さいと言われてしまいました。ちゃんとというのは、それまでも一応掲示はしてあったのですが、それじゃだめと言われたのです。そこで今井さんにお願いして、ちゃんとした掲示板を作ってもらい、最近その代金の支払いをしました。
その領収証を持って、今日の午後今井さんがやってきました。
その時ちょうど富来伝道所の図面を持っていたので、ちょこっと見せてもらいました。礼拝堂正面の図です。もう少し細部のつめが必要なようですが、中部教区総会前の再建委員会に書類を提出して、6月の教団の委員会で承認を得られれば、建築にかかれるでしょう。
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ゴールデンウィークのあとで

2008年05月09日 | 地震のあとで
ゴールデンウィークが終わって、またいつもの生活。
前の自分のブログをよんでみると、あれ?5月4日となっている・・。5月5日の間違いでした。すいません。
今年のゴールデンウィークはどこも暖かだったようですが、七尾も5日に少し雨が降ったぐらいであとはおだやかなお天気でした。例年よりも気温が高く。いつもは5月の中旬が盛りの小丸山公園のツツジが今満開です。
去年は「地震後の風評被害」ということで、観光客が少ないことを能登中で心配していました。今年は場所によって差はありますが、そこそこに観光客は多かったようです。地震の後で、逆に積極的にPRした分がよかったのかもしれません。
けれど気がつくと七尾の人口は6万人を割り込んでいました。
都会へという人の流れは今はいたしかたないのでしょう。
幼稚園の子供達の連休中のおでかけも、「ディズニーランド!」が一番人気でありました。一昔前と違って、今は東京が一番の観光地であります。
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ゴールデンウィークの来客

2008年05月06日 | 地震のあとで
ゴールデンウィークといっても、どこにでかけるわけでもなくずっと七尾にいました。なにせ、仕事の山がなかなか減らない・・・。
そんな5月4日の午前中。自転車でちょっと買い物にいこうとしておりますと、教会の駐車場に車が一台とまりました。市の駐車場と間違えた観光客かな?と思ったら、富山鹿島町教会の小堀先生ではありませんか。しかも誰かと一緒。「あれ?もしかして地震後の視察?」と一瞬思いました。ところが・・。
結局は釣りの途中に立ち寄ったという事。そういえば、小堀先生は牧師館が完成してからはじめての七尾。中部教区の震災委員会の委員でいらっしゃるわけですが、3月の委員会の時には欠席だったから・・・。「魚がいっぱいつれたら帰りもよりまーす」という声と共に立ち去っていきました。
どうも一年前の5月は、いろんな方が地震後の様子を見にきてくださったもので、このゴールデンウィークの来客のなさは、対照的です。
小堀先生はつれなかったらしく、七尾に立ち寄ることなく富山に帰られた後の夕方、高岡教会の風間先生ご一家が来訪。こちらは地震前から続く「カブトムシの幼虫」を持ってきてくださるため。七尾の2人も加わって、新牧師館の中で初めての会食となりました。
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