日本基督教団 七尾教会

能登半島にたてられた七尾教会の日々です

法人検査と水槽の掃除

2008年01月31日 | 地震のあとで
昨日は七尾学院(七尾幼稚園)と羽咋白百合学院(羽咋白百合幼稚園)の法人検査がありました。法人検査は県庁の担当課の方がいらっしゃって、法人に関する様々な書類をチェックしていくものです。
午前中は羽咋で、午後は七尾。
別に不正があるわけもないのですが、この検査の時にはとにかく全部の書類を見せられるようにしておかなくてはいけないので、整えるのにはかなり時間がかかります。そして法人検査の時には、「・・・という書類も持ってきてください」と言われたらすぐに持ってこないといけないのです。けっこう緊張します。
私は午後の七尾の分だけですが、午前羽咋・午後七尾とずっと検査だった釜土達雄はかなり疲れたようでした。
とはいえ、休む間もなく次の仕事にとりかかっておりました。
そして夕方、「あ!」という大きな声を出したかと思うと、はじめたのは幼稚園の玄関の水槽の掃除。グッピーやめだかの水槽の掃除はなぜか園長先生のお仕事なのですが、地震の書類やら法人検査やらでちょっとおろそかになっていたのです。あわてて水の入れ替えをはじめました。
というわけで、まだまだ新牧師館は段ボールが積まれたままです。
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地震被災と確定申告

2008年01月30日 | 地震のあとで
防災無線は、行政からの様々なお知らせを放送していることがあります。時にはイベント案内だったりして、こんなことまで防災無線で放送するのかなぁということもあるのですが・・・。
今日の夕方の放送では、地震で自宅などに被害があった方は確定申告をしましょうと放送していました。雑損控除が受けられるということのようです。
七尾教会の会員でも、自宅が半壊判定を受け、修理をした人は固定資産税などの免除があるようです。けれど自宅ではなく倉庫だったら、控除はなし。住んでいるかどうかが重要なポイントになります。そして借家の人はもちろんダメ。申告の時には修理をした領収書が必要ですと言っていると言うことは、修理したくても修理をしていない人は控除にはならないということだなぁ・・・。
今までも日本のいろんな所でこんな放送がされていたのでしょう。でも自分の身近で起きないと、わからないものですね。
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いらなくなったファンヒーター

2008年01月29日 | 地震のあとで
新・牧師館の暖房は基本的にエアコンです。
今はやりの蓄熱暖房とか床暖房とかを勧めてくれる方もいたのですが、やはり設備が高額なので、それはムリではないかと言うことになりました。やめた理由はもう一つ。仮に今その設備を入れられたとしても、何年か後にその設備が壊れてしまったら、修理にまたまた大きな金額がかかります。その時教会にそのお金があるかどうかと想像したら・・・。
エアコンであれば、もし一台壊れても一台分のお金で交換できます。その方が小さい教会にとっては将来的にも安心かなぁと思ったのです。
古い牧師館と仮住まいの間は石油ファンヒーターを使っていました。これはとりあえず不要になりました。でもとってもとっても寒い日には使おうかなと思って玄関に置いてあったのです。
すると、「白百合幼稚園にちょっと持っていっていいかな?」と釜土園長。なんでも白百合幼稚園のエアコンが故障してしまったというのです。修理には80万かかると言われたとか。なんというタイミング。幼稚園の物を個人の家に持ち込むのは決してしてはいけないことですが、個人の物を(しかも不用品を)貸してあげる分にはいいかなぁと考え、2台のファンヒーターは羽咋へと運ばれていきました。
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小さな命の終わり

2008年01月28日 | 地震のあとで
昨夜は、一冊の本が見つからず大騒動。荷物の束をあちこちひっくり返し、元の住まいを探索し、幼稚園の職員室もさがし・・・。結局見つからず。
「本」だけは人に運んでもらうと危険だなとは思っていたので、注意はしていたのですが・・・。逆に大事によけておいた本が見あたらなくなるとは思っていなかったので四苦八苦。引っ越しの混乱はまだまだ続きます。
さて、混乱の中で、幼稚園のセキセイインコが昨日死んでいるのが見つかりました。金曜日に幼稚園の一日入園があったときにはとても元気に新しい子供達を迎えていたインコさん。それが日曜日にひっそりと命を終えたことになります。
なんでだろう・・といろいろ考えます。一緒にいたインコ2羽が、去年相次いで死んでしまって一羽になったから寂しかったのだろうか・・・。それとも土曜日の朝に大きな余震があってショックだったのだろうか・・・。
幼稚園の子供達と一緒にお庭の隅に埋めてあげ、一緒にお祈りをしました。(園長先生が石川地区の教師会で不在だったので、私が代理でしました)。
子供達がとても真剣に祈ってくれたのが肌で感じられました。子供達なりに真摯な思いで死にむきあっていた時でした。そしてそんな時こそ、神様に祈るのです。
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石川地区交換講壇

2008年01月27日 | 地震のあとで
毎年一月の最後の主の日は、石川地区の交換講壇が行われます。
なんでこんな時期に?と以前聞いたところ、「一番寒い、厳しい時期にお互いの協会の事を知るため」との事。実際以前には七尾線が大幅に遅れて説教者が七尾協会に到着するのが礼拝開始時刻よりも遅れるというハプニングがありました。その時は奏楽者が前奏を15分して、到着をまって招詞。
少々の雪はありましたが、交通の障害になるほどではなく、金沢に行く釜土牧師も、金沢からいらっしゃった横井先生もスムーズに車を走らせることができたようです。
考えてみると横井先生を七尾教会にお迎えするのは初めてだったのですが、それを意識させない礼拝でした。同じ石川地区のそして、北陸連合長老会の教会として地震後非常に早い段階で支援の献金を開始して下さった金沢教会。教会員の方々からも、励ましや心配のお言葉をたくさんいただきました。それは、七尾教会にとって「一つの教会」であることをとても力強く感じた時でありました。
だからというわけでもないのでしょうが、今日の横井先生の説教は皆の心にすっと入っていきました。「弱さの中でこそ十分に」。今の七尾教会にふさわしい御言葉でした。礼拝後の愛餐会も、いつも通りのにぎやかな七尾教会でした。
午後、金沢から戻った釜土牧師。休む間もなく、幼稚園の仕事を始めました。ちょっと疲れた様子です。でも、明日石川地区の教師会の為にまた金沢にいかなくてはならないので、今日中にいくつかの仕事をしておかなくてはなりません。こういう時は、教会専従の先生達がちょっとうらやましくも思います。
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門前で震度5弱・・・

2008年01月26日 | 地震のあとで
午前4時33分、能登半島地震の余震とみられる地震がありました。
久しぶりに夜中に飛び起きました。少々長い間揺れましたが、震度は3くらいかなぁと私は思いました。寝室にはテレビを置いてなかったので、釜土牧師は別の部屋にテレビを見にいって、震源地や各地の震度を確認していました。門前で震度5弱、輪島で震度4、七尾は震度3。その後にも小さな余震がありました。
全国ニュースでは、緊急地震速報が流れなかったことを大きく報じています。
けれど夜中のあの時間、緊急地震速報がどこまで流れるべきなのか・・・。
行政機関や発電所など確かに速報を受けて何かできることがあるのでしょう。
でも個人はムズカシイですよね。
もし自分があの時間に緊急地震速報を受けたとして、さて何ができるか?多分ドキドキしながら布団をかぶっているような気がします。
それにしても門前の仮設住宅でこの余震にあった人たちは相当怖かっただろうと思います。気持ちもかなり落ち込みます。これで余震が終わりであって欲しいと心から思います。
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地震から10ヶ月めの雪景色

2008年01月25日 | 地震のあとで
朝、カーテンをあけると真っ白な世界が広がっていました。
今シーズン初めての本格的な雪。朝の幼稚園バスは、道路事情が悪くて少しずつ遅れていました。
ちょうど一週間前、荷物を一生懸命運んでいたのでした。そして土曜日と日曜日。大きな荷物を運んでいた時には、本当に冬には珍しくいいお天気だったのでした。
一面の雪を見ながら、もし今週引っ越しだったら大変なことだったと、しみじみ思います。長靴はいての引っ越しになったら、きっといろいろうまくいかなかったことでしょう。感謝。でもきっと今週引っ越しで困っている人が能登のあちこちにいるだろうと思います。テレビのニュースでは仮設住宅の方々が雪や風で苦労している姿が報じられています。
七尾市のムセンは今度の土曜日と日曜日に「のと牡蠣まつり」があります、と放送しています。きっとこのイベントの主催者も天気を気にしていることでしょう。
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風に揺れない家

2008年01月24日 | 地震のあとで
日本中、大荒れの天気。というわけで能登も時々強い風がふいています。
新しい牧師館は風の通り道にあります。園庭を守るように風をふせぐ役割をしています。(もしここに建物がないと、庭の木々がダメージをうけるのです。)
幼稚園の園舎にいるよりも牧師館の方が風を感じます。
けれど新牧師館は「音」を感じるだけです。
以前の牧師館はすきま風で感じました。地震の後は、家全体がフワフワと揺れました。
新しい牧師館の設計の時に、「どんな家がいいですか」と聞かれて、「揺れない家」と思わず私は答えました。地震の後でフワフワと揺れるのが、とても怖かったのです。強い風にもまったく動じない家。感謝です。
今夜は吹雪も予想されています。自分だけ新しい家で申し訳ない思いです。
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新しい家にはいって

2008年01月23日 | 地震のあとで
ずっと前にこんな話を聞いたことがあります。
ある教会で牧師の飼い犬の犬小屋があまりにもボロボロだったので、教会の皆でその小屋を壊して新しい小屋をつくってあげた。けれどもその犬は長年使っていた小屋が壊されたのがショックだったのと新しく作られた小屋が自分の家だと思えずに早死にしてしまった・・・。
その話を何度もかみしめながら、新しい牧師館が自分の住まいなのだと何度も何度も自分に言い聞かせています。
引っ越しをすると家の誰かが倒れると言われてもいるので、健康第一でいきたいと願っているのですが、たまる仕事の山と家の中の段ボールの山に、どうもよく眠れずあせるばかりです。
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ひさしぶりの震度1

2008年01月22日 | 地震のあとで
新牧師館、まずは順調にスタートしています。まあ、まだ段ボールと束ねた本の山があり、どこに何をおいたかわからなくなり、なぜか日本テレビとTBSがうつらず・・・。昨日は大好きな?水戸黄門を見ることができなくて、釜土達雄牧師は残念がっていました。
朝起きると、久しぶりに「輪島で震度1の地震がありました・・・」というニュース。そして午後4時20分には輪島で震度3。七尾でも震度1。幼稚園の職員室(1990年建築)にいた私は全く気づかず、園長室(1961年建築)にいた釜土牧師は「地震だ」と言いにきました。続けて数分後には輪島、震度2.
年が変わり、もう余震はないのかなと思っていたのでちょっとショックです。
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