日本基督教団 七尾教会

能登半島にたてられた七尾教会の日々です

6月27日

2010年06月27日 | 地震のあとで
今日は石川地区の交換講壇。ずっと1月に行われてきたものが、(ずっと1月は何があるかわからないので変更してほしいと願い続けてきたのだが)昨年度ようやく9月になり今年度は6月になったものだ。
釜土牧師は、内灘へ。そこで一人で礼拝堂の玄関をあけ、窓をあけて空気の入れ換えをして、電気をつけてまわる。

交換講壇の時は教会学校は幼小科と中学科合同で礼拝堂での礼拝となる。ヤボクの渡し、神との格闘を小学2年生と中学3年生に一緒に語るのは正直、難しかった。ヤコブの格闘、自分自身も若い頃はこの聖書の箇所はあまり心に響かなかった。今は違う・・・。深い。深いが故によく語れなかった。けれどここで彼ら2人に語ることができたのは感謝だった。

石川地区の交換講壇。七尾教会には小松教会の松島先生がいらっしゃった。そこに、北陸学院高校の堀岡校長が。堀岡先生は松島先生にとっては、小松教会の前任者。ちょっとやりにくいかなと人間的な思いが浮かぶ。堀岡先生は息子2人と七尾の実家に来ただけなのだが。
聖書箇所は、創世記18章。
礼拝に高校生が一人来ていた。卒業生。礼拝後は少し彼と話し込む。

午後、愛餐会。この形の食事もあと何回だろう。なごやかな食事の時となる。

愛餐会後、こんちゃん、ゆみこちゃん、めいちゃん、いつこさんと一緒に荷物運び。といっても私は他の事をしていなくてはいけなかったので、指示を出しただけなのだが。なんだかんだいっても一番確実に仕事をしてくれるメンバーだ。文句も言わず言われた通りに動いてくれる。改築中の礼拝を守るにあたっても、椅子を並べたり片付けたりするのはこのメンバーだろう。頼りになる。

夜、幼稚園の仕事をしていると、東京の姉からメールが届く。「お誕生日おめでとう」の文字。そういうわけで今日は私の48才の誕生日。他の人たちから見ればかなり変わった人生。そんな日にアブラハム、ヤコブという聖書箇所。自分の心には聖書そのものが響く。神が与えたもうた道に感謝。(R)

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