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ガス漏れ事故で思う

2007-01-20 23:05:34 | 日記・エッセイ・コラム

 北海道北見市のガス漏れ事故を知り、27年前の出来事を思い出した。
 当時、スエーデン製のエンジン削岩機の輸入販売に従事して私は、削岩機のドリル機構を利用した「ガス探知機(ガス探知用のセンサーを地中に入れるための機械)」の現場デモを、あるガス会社から依頼されていた。
 ところが予期せぬ大事故に遭遇して、大変な経験をした。
 テストの予定地は静岡県焼津市だった。依頼主は○○都市ガス。 
 テストの前日、藤枝市でガス漏れ事故が発生し、10人が死亡する事故が起きた。
 翌朝、事故が起きたことは知っていたが、約束通り、機械を持って、もう一人の社員と作業員を伴って出発した。朝の時点では医師の家族が全員死亡ということだけを聞いていた。他にも死者がいることや、事故の前日からガス臭がしていたことなど、車のラジオでだんだん分かってきた。
 着いた○○都市ガス本社は、騒然としていた。テレビ・新聞などマスコミ関係者や警察や県の関係者だろうか。
 我々は、会社に入った時から、マスコミの注目を浴びてしまった。
 「ガス探知機」の言葉が聞こえたのかも知れない。先に書いたように、ガス探知機ではなく、正確には、探知センサー用の穴掘り器なのだが、それが通称になっていた。
 ○○都市ガスの人と直ぐ出かけた。事故現場ではなく、市内の別な箇所だったが事故現場から遠くはなかったと記憶している。死亡者が出るような高濃度のガスが出ている現場では、エンジン削岩機など、爆発の危険があり使えない。地中でガス漏れの兆候がないか、のチェック用なのだ。
 このような事故を防ぐためにPRして、導入を前提のテストなのだが、偶然、この非常時に当たってしまった。大事故のため、てんやわんやのガス会社の社員。予定を変更するのかと思ったが、機械の性格上、テストを急ぐ必要があったからだろう。あえて強行した。焼津から変更して、藤枝にした。理由は分からない。しかも商店街の中だった。
 機械の運転が始まった瞬間、報道陣が集まってきて我々を撮影した。NHKのテレビカメラもあった。騒ぎに気づいた一般の人たちも集まってきた。そして口々に我々に罵声を浴びせ始めた。
 「事故が起きてからじゃ遅いんだ」
 「お前ら、日頃はなにやってんだ」
 作業をやっているのは4人。うち3人は機械を売り込みに来た会社の関係者、なんてことは、当然知らない。
 我々はどう対応したら良いのか分からず、ただ黙って作業を続ける。黙っていると、それが不遜な態度に見えるのか、しまいには取り囲まれて、つるし上げられそうになってきた。
 
 作業を中断して、昼食を取るために入った食堂のテレビニュースに私の顔が出てきた。
 「慌てて対応するガス会社」のようなコメントが入る。周りの人だけでなく、食堂従業員の視線も冷たい。「飯なんか食っていられるのか」と言われそうだった。

 夕方、ガス会社に帰ると報道陣は、まだたくさん残っていた。そこで目にしたのは、傍若無人とも言える記者の振る舞いだった。
 事務所に勝手に入ってくるのは仕方ないとしても、断りも無しに会社の電話を使って、連絡を始める。しかも机に尻を乗せて長々と話す。ようやく、終わったからと、事務の女性が自分の席に戻ろうとすると、それを押しのけて、別の記者が、また受話器を取った。
 男性社員が「勝手に電話を使わないでください」というと、その記者は
 「お前ら反省してないなー。こんな事故起こしておいて。何様のつもりだ」と怒鳴った。
 私は、それを聞いて、ついに切れた。
 「お前らこそ、何様だっ!外の公衆電話を使え」
 あとは、なにを言ったか覚えていないが、その無礼千万な記者達も、私が部外者で、しかもガス漏れ事故専門の学者だか、技術者と勘違いしていたので、ふてくされて外に出て行った。

 今なら携帯電話が当たり前だから、こんなトラブルもないだろう。
 犯罪者の親が経営する会社(事件以来閉鎖しているのに)の中に無断で入って写真を撮ったり、未成年の兄弟を追いかけ回す記者というのは、ああいう連中なんだろうと、時々思い出していたが、北見の事件で、また思い出した。
 テレビに映った自分の顔も思い出した。全国放送のテレビに大きく映ったなんて経験は、あれが最初で、最後だろうと思う。      


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