高校の吹奏楽部同期で、卒業まで一緒に活動したのは7人。途中でやめた人は、その2倍いる。上達の見込みがない、進学ゼミに行く、先輩への反感、理由は様々だ。同じ学年の同じ楽器で、片方がうまくならない場合は、必ず脱落する。練習がきついというのは全くなかったと思う。少なくとも我々同期の間では、楽なクラブで、自由気ままだった。
後輩となると違ってくる。我々が3年生の時は、かなり本気でコンクール1位を目指したから、下級生を厳しく指導した。夏の合宿まで1年生はピリピリ・オドオドしていたが、夏の合宿で生活を共にして「先輩は優しい」「先輩はおもしろい」と評価は一変した。
私とSの漫才コンビ、そこにチューバーで強面のHを加えた「コントトリオ」(私とSで、Hをコケにするトリオだったが)などが貢献している。それまで、とにかく先輩は怖いと思われていただけに、その反動で、1年生が必要以上に寄ってくるようになった。私とSの会話がまじめなものだと、がっかりするが「いや、オチがある」と、いつまでも付いてくる。仲良くしていても、練習を休むことだけは許さなかった。この点は厳しいままだった。
同期の7人は、卒業にあたって同期会を作った。会の名前は、当時、テレビの青春もので流行った「夕日に向かって叫ぼう」とか「あの星に誓おう」なんていう訳の分からない、くさい台詞を揶揄して「俺たちは7人だから、7つの星、北斗七星だ。北斗会にしよう」となった。当時は学校が新宿にあったので、最終的に「新宿北斗会」と決まった。
卒業後、同期会をやるときは「新宿北斗会」で予約する。ところが、予約した店から翌日、丁重なるお断りの電話が入った。
「その日は、改装の日でした」
「じゃあ、○日は」
「その日は、点検の日でして」
年中、チェックの入る店らしい。完全に、やくざの団体と間違えられている。
「本日のご予約席」と書いてある表示版に「新宿北斗会様」と書いてあることもあった。その日、この店は、なぜか閑古鳥が鳴く。チューバ吹きのHが、店に遅れてやってきて「北斗会の席はどこ?」と、愛想のないドスのきいた声で聞いた。恰幅のいい黒いダブルのスー ツで来店した姿・形を見たとき、ようやく店が気づいた。
「今日、他の席が埋まらないのは、北斗会だ。あいつらのせいだ。北斗会って、やっぱりやくざだったんだ」
泊まりで旅行するときは「北斗会」が使えない。
勤務先の保養施設を借りて、泊まり宴会をするには「北斗会」ではまずい。
度々、Sに、当時の○○公社(今、N×T)の施設を借りて貰ったのだが、さらに社員の名前まで拝借した。全員が社員なら、安いし、優先して借りられる。但し、制約がある。「新宿北斗会」を名乗れないのと、休日に限ることだ。平日では、休暇届けを出していない社員が利用することになる。
酒がすすむと、ついつい舌がなめらかになり、自分の仕事の話になる。
「うちの会社は‥‥だ」「我が社の製品は‥‥」「おれんところは商社だから‥‥」
なんて、始まる。すると、○○公社のSは「やめろ。みんな公社の社員なんだから、やめろ、やめろ」と慌てる。
また、おきまりの、上司の悪口になれば「やめろ。みんな同じ部長なんだから、やめろ」とSの制止が入る。
保養所の従業員や周りの人は、同じ○○公社で、「あの連中は××支店△△部」の集団と思っているから、上司の話は当然タブーだ。
聞いている人がいたら、その部長は、短気みたいだが穏和とも聞こえる。神経質なのに、のんびり屋。やせているのか太っているのか、あるいは両方なのか、わけが分からない。ある男は「優秀だ」と言っているが、別な男は「あんなバカ、見たことない」と言う。そして「どんなバカか?」と聞く奴もいる。一人の部長のはずなのに、その部長の人格はかなり破滅的になってくる。
そこで、「そう、俺は公社に勤務しているんだった」「俺はなんて名前だっけ」とか「お前は誰だ?」と言って、わざと混乱させて喜ぶ。Sも負けていない。「お前は誰々だ。勤務態度が最悪なんだ」「お前は何々で、俺に金を借りている。今返せ」と返してくる。
伊豆に行った時のこと。といっても、もう25年も前のことだ。電車で高校生の吹奏楽の集団に出会った。吹奏楽コンクールの県大会があるとのことで、次の駅でも団体が乗り込んできた。
女子高生に「おじさん達も、吹奏楽の仲間なんだよ」と話しかけた。持っている楽器がすごい。キングやコーンの金管楽器。クランポン、セルマーの木管楽器。銀製の村松フルート。これを当たり前に持っている。昔の日管は、知らない。そうだ、メーカー自体ないのだ。国産は、ヤマハの高級品を使っている。
我々はしみじみと感慨にふけった。
「こんな楽器でやりたかった」
そして、我々の使っていた楽器の評価になる。
「Sが吹くのはフレンチホルンじゃなかった。ハレンチホルンだった」
「トミが持つと、アルトサックスがヤルゾセックスだ」
「Iは、ノラリクラリネットだった」
「Kは吹いているより、舐めているようで、トランペッティングだった」
「おまえこそ、トタンペットの音だった」
「オーボエは、遠吠えだ」「トロンボーンは、トロイボーンだ」
静岡県大会へ向かう高校生達。コンクールが最大の目標だった我々には、15年前の自分たちと重ねて、懐かしくも羨ましい光景だった。
「君たちも、15年も立つとこうなるんだよ」
おじさん達の言葉が、理解できたかどうか分からない。
「がんばってね」
「は~い。がんばります。おじさんたちも」
とエールを交換して別れた。