1996年、キリンビールは主力商品の「ラガービール」を生ビールに切り替えた。「ラガー」とは今流行りのラグビーのことではなく「加熱処理」を意味する。だからラガービールとは「加熱処理したビール」という意味であり、これを「生」にするとは論理的にはおかしい。そんな矛盾など気にしていられないほどにキリンは追い詰められていた。一時は独占禁止法に基づいて企業が分割されそうになるほど強かったキリンだが、アサヒビールの大躍進によって急激にシェアを失いつつあった。ラガービールの「生化」はスーパードライに対抗するための切り札の筈だったのだが、このことで自ら墓穴を掘った。ラガーの売上は大幅に減り、長年守り続けていた業界トップの座をアサヒビールに明け渡すことになった。実はこれとよく似た失敗をした企業があり、その教訓を活かさなかったことからマーケッターの失笑を買った。
1985年、アメリカのコカコーラ社はニューコークを発売した。当時のコカコーラはペプシコーラの追撃に遭いジリ貧になりそうだったからだ。そこで20万人のモニター調査を背景にして自信を持ってニューコークを発売した。ところがこれがとんでもない騒動を招いた。苦情は約40万件、各地では不買運動やデモまで起こり、急遽「コカコーラ・クラシック」を再発売して騒動を鎮めた。
なぜこんなことが起こったのか。ファンの心理を理解していないからだ。ファンは今のままであることを望む。仮に今よりも良い品質になっても「これまでと違う」ということで低い評価しか得られない。ずっと選んでいた味こそ最高のものだからだ。もしビートルズがリンゴ・スターをクビにしてもっと優秀なドラマーを採用していたらその時点で見限られていただろう。ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの4人であってこそビートルズであり、一人でも欠けたら別のグループになってしまう。
キリンビールはファンの存在を軽視しただけではなく対応も遅れた。1998年と99年に復刻ラガーが当たるキャンペーンを行ったところ2,600万口という空前絶後の反響があった。このことでようやく旧ラガービールのファンの存在を思い知らされた。2001年になって「クラシック・ラガー」を売り出したが時既に遅し。他の銘柄に移った顧客は帰らなかった。
ファンとは不思議な人々だ。あらゆるジャンルにファンがいる。私はチキンラーメンを現在市販されている最も不味いラーメンだと思う。麺もスープも時代から取り残された前世紀の遺物だとまで思う。しかしファンがいるから今尚ベストセラーだ。これはソウルフードと似ている。決して旨い料理ではなくても、昔馴染みの味を好ましく思う。この保守性を否定する気は無いが、文化の進歩を阻害して世代間の好みの違いを生みだす一因だろう。あるいは「惚れた目にはアバタもエクボ」と言う。「恋は盲目」という諺もある。一旦好きになってしまえば始末に負えない。だから「贔屓の引き倒し」ということまで起こる。
1985年、アメリカのコカコーラ社はニューコークを発売した。当時のコカコーラはペプシコーラの追撃に遭いジリ貧になりそうだったからだ。そこで20万人のモニター調査を背景にして自信を持ってニューコークを発売した。ところがこれがとんでもない騒動を招いた。苦情は約40万件、各地では不買運動やデモまで起こり、急遽「コカコーラ・クラシック」を再発売して騒動を鎮めた。
なぜこんなことが起こったのか。ファンの心理を理解していないからだ。ファンは今のままであることを望む。仮に今よりも良い品質になっても「これまでと違う」ということで低い評価しか得られない。ずっと選んでいた味こそ最高のものだからだ。もしビートルズがリンゴ・スターをクビにしてもっと優秀なドラマーを採用していたらその時点で見限られていただろう。ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの4人であってこそビートルズであり、一人でも欠けたら別のグループになってしまう。
キリンビールはファンの存在を軽視しただけではなく対応も遅れた。1998年と99年に復刻ラガーが当たるキャンペーンを行ったところ2,600万口という空前絶後の反響があった。このことでようやく旧ラガービールのファンの存在を思い知らされた。2001年になって「クラシック・ラガー」を売り出したが時既に遅し。他の銘柄に移った顧客は帰らなかった。
ファンとは不思議な人々だ。あらゆるジャンルにファンがいる。私はチキンラーメンを現在市販されている最も不味いラーメンだと思う。麺もスープも時代から取り残された前世紀の遺物だとまで思う。しかしファンがいるから今尚ベストセラーだ。これはソウルフードと似ている。決して旨い料理ではなくても、昔馴染みの味を好ましく思う。この保守性を否定する気は無いが、文化の進歩を阻害して世代間の好みの違いを生みだす一因だろう。あるいは「惚れた目にはアバタもエクボ」と言う。「恋は盲目」という諺もある。一旦好きになってしまえば始末に負えない。だから「贔屓の引き倒し」ということまで起こる。