金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

財布2

2007-01-13 14:39:21 | 鋼の錬金術師
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(いつまで閉じ込めているつもりだ)
ルイ・アームストロングは開かれるのを忘れたかのようなドアを睨み付けた。北の戦場から生き残った部下を連れて『逃げた』のは4日前。あれほどの乱戦にしては負傷者も死者も予測より少なかった。そして、…ブイエはどう手を回したのか指揮官であったアームストロングを敵前逃亡と敗戦の罪状で逮捕した。他の佐官も取調べを受けていた。事情を知った兵たちは自分たちが無事に帰れたのは指揮官殿の奮戦と先生達のお陰と訴えたがことごとく退けられた。
(あの子はアース殿のところに着いただろうか。こんなことならばせめてどんなに嫌がってもブロッシュを付けてやるべきだった)
 セントラルに戻る汽車で、当初ラッセルは疲れを見せようとしなかった。他の佐官が眠った後も部下たちの様子を見て声をかけて回るアームストロングに従い、全車内を巡回し傷の痛みを訴える者には『申し訳ないが治癒まではできない』と言いながら鎮痛の陣を打っていく。
『あれだけの大技を使って、お疲れでは』と気遣ってくる兵には席に戻ったら休むからと微笑して答える。後ろに従うブロッシュを含め狭い通路を歩む彼らの指揮官たちの姿は、遠く海の向こうの国に有るという守護神像に見えた。
コバーメントに戻ってからも彼は休もうとしない。報告書を下書きしだしたルイの前でしっかり持ってきたダムダム弾の分析を始めた。
(この新型弾をあの国があれほど大量に用意できるはずがない。どこかの国が後ろで糸を引いているはずだ。金属の分析は無理だが、火薬の組成が読めれば出所が判るはず)
「ラッセル、もう休むんだ」
ルイが奥の簡易ベッドを指す。さすがのブロッシュもここへ来てすぐ眠っている。
「昼寝したせいか眠くなくて」
紅茶のカップをルイに差し出しながら答える。
(神経がまいっているな。大技を使わせたせいもあるが)
ルイにも覚えのある症状である。あのイシュヴァール殲滅線の後、彼は半年近く廃人同様になっていた。彼の治癒に手を尽くしてくれたのは妹とヒーラー(錬金術師専用の精神科医)であった。
「この弾の出所が判れば報告書にも加えられます」
「確かにこの戦場はなにか異常だった。まるで、何かの実験をされたようだ」
「そうです、はたしてどのレベルの陰謀…失礼」
ラッセルは慌ててコバーメントを出た。激しい嘔吐感が急にのど元まで競りあがってくる。洗面所にたどり着くどころかドアを閉めるだけで精一杯であった。
すぐにドアを開け追ってきたルイが見たのは床の上に数滴の黒い血とその脇で座り込む子供。
「ラッセル」
「すいません。酔ったみたいです」子供は明るすぎる笑顔を向けてくる。
「もうよいから休むんだ」
「大丈夫です。それより大佐がおやすみになって下さい。何かあったら起こさせていただきますから」
「眠るんだ」
子供の口調が余りに形式的なのに神経が切れかけているのを確信する。
「平気です。眠くないし眠れそうにないし、それにねむりたくない」
自分で言いながら、ラッセルは自分の言葉に戸惑う。
(ネムリタクナイ、ナゼ、コワイユメヲミルカラ、ソノママヒキズリコマレルカラ、ダレニ?)
「ラッセル、考えるな」
『誰にだって、決まっている。お前が一度助けてすぐ殺したもの達が、もう一度直してくれとお前を呼んでいるぞ』
誰かの声がラッセルには聞こえた。
「わかった。すぐ行くよ」
立ち上がりかけるが力が入らない。それに誰かに抱きとめられている。
「大佐。手を離してください。私を呼んでいます。行かないと」
「呼んでいる、だと。誰も呼んでなどいない」
「呼んでいます。ほらあのドアの向こうで」
ラッセルの指差す先には非常口がある。
なぜか鍵が故障しているのかがたがた揺れている。

そのときラッセルはある筈のないドアの向こうを見た。治癒を終えた兵が銃を手にする。外へ出て一歩目で飛んできた弾に胸を打ち抜かれる。
「俺はあの人をもう一度苦しめただけなんだ」
「ラッセル、落ち着け。誰もおりはせん」
「俺のやったことはあの人にとって何にもならなかった。あ、そうだ。今からでも行かなければ」
「ばかもの!どうしても行きたければ我輩の腕を切り落としていけ」
「私は治癒者です。誰も傷つけるわけにはいきません」
「行きたければ切れ」

言い争う声を闇に潜み聞くものがいる。
(ニエには傷をつけたくない。手を貸すとしようか)
コバーメントのドアが不意に開けられた。
黒髪黒目の兵がいきなり入ってくる。
「突然失礼いたします。先ほどご様子がおかしいように見受けましたので、私は第5小隊のプライドと申します。プロではありませんが心理療法士です」
「なに」
「診させていただいたほうがいいのでは」
「う、うむ。」
アームストロングはこの兵に見覚えはなかった。しかし、もともとすべての兵を覚えているわけではない。

ルイ・アームストロングのもとにぐっすり眠るラッセルが返されたのは30分後であった。
後にアームストロングはプライドと言う兵を探したが退役兵名簿に名のみが記されるだけであった。

人が目にすることのない闇の底、薄いドアをはさんで人ならざるモノが語りあう。
「プライドはニエを気に入ったようですね。」
「ずっと見ているとかわいいものだ。ラース、君が焔の錬金術師を手に入れたがるのもわかってきた。ヒトの中にはわれらの目で見ても興味深い者もいる」
「合理的ですね、プライドは。ニエを育てるのはお父様の目的にも適う」
「いずれ同じ鎖につなぐとしても途中を楽しませてもいいだろう」
「やさしいことですな。大兄(タイケイ)」
「どうだろうな」


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