金属中毒

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37 幻の戦場

2007-01-03 14:05:36 | 鋼の錬金術師
37 幻の戦場

 脂肪が蛋白質が焼け焦げていく特有の臭い。
目の前にいるのはアームストロング、階級章は中佐である。抱かれた子供の左腕はない。
(まいったな、引き込まれるのは初めてなんだけど)
問題は出方が分からないことである。
どうやら記憶?の中の人々には自分の存在は見えないらしい。遠近感もおかしい。これは誰かが繰り返し見続けた記憶なのだろう。
(ルイ・アームストロング、あなたの記憶)
一通り周りを見回すとふちのほうは霞んでいた。
(あそこに行けば俺も消える)
それは本能的な予感だった。
今よりいくらか若いロイの姿がある。幾分スリムに見える。
(へー、やはりあの准将にも中年太りはあったんだ)
ロイが聞いたら燃やされそうな感想である。
メガネをかけた無精ひげの男がいる。こんな場所なのにその男の表情には人間的な温かみがある。
(どこかで見た顔?准将の写真だ)
その男の手がゆっくり動いた。
(これも記憶?)
腕はアームストロングが抱いている子供を指す。
(違う、これは何だ? いや、考えるのは後だ。あの子供がここの鍵だ)

戻ったらロイを助けろ
ラッセルは風の音の中にそんな声を聞いた気がした。
子供を見る。
さっき見たときとは違うことが一つある。
かすかだが子供が息をしている。
(鍵だ)
すぐ全力で治癒練成をかける。
(生き残ってくれ)
しかし、繰り返しかけ続けても子供の反応はない。
(普通ならこれだけやれば、ここは普通ではないか)
(しかもタイムリミットまであるのか)
次第に淵が欠けてきている。
(やとわれ庭師の仕事としてはきついな)
さらに技に力を込める。ここから出られなければどうなるのか、考えたくもなかった。
悪いことは重なるらしい。背中の痛みがぶり返している。
あるいは無理な練成のリバウンドかもしれない。
(無理か)
淵の欠ける速度が速まっている。
だが、同時に姫君の姿が見えてくる。
技のパワーをあげる。後のことを考えている余裕はない。
「間に合うか」
声に出してつぶやいたときキャサリンが目を開いた。
(聞こえたのか?)
「ラッセル様?」
見れば彼の腕はほとんど土に埋まっている。
表情が無い。
「あの、」
もし、これが兄と同じような男らしい殿方であれば、彼女は動けなかった。しかし、ラッセルは下手するといや間違いなく姉達より細かった。
男の方には見えないぐらいきれいな方。
キャスリンはそう思った。
だから動けた。
「ラッセル様、一度に無理をされなくてもお茶にされませんか」
彼女の手がラッセルの肩に触れた。
びくっ
彼の体が動いた。
彼の体に触れたときキャスリンは何かを見たような気がした。そしてそれが急速に小さくなっていくのを感じた。ほぼ同時にラッセルが腕を土から抜いた。腕には不思議なことに砂粒一つついていない。
「助かりました。キャスリン姫」
ラッセルは表情を涼やかな微笑に整えてから振り向いた。
「今のは?」
「おそらく、記憶とか残留思念とか呼ばれるものでしょう。 なにかご覧になりましたね」
「はい、はっきりは見えませんでしたけど」
「姫君、できるなら兄上には黙っていていただけますか。根が傷んでいたとでも申し上げておきます。あれを抱きしめていた人にこれ以上負荷を与えるわけにはいけないでしょう」
「ラッセル様、私のほうからもお願いいたします」
「では、バラの下に秘密は埋めてしまいましょう」
「アンダー ザ ローズ。バラの下の秘密は」
「永遠に秘密のままです」
こうして、妹は最愛の兄のために一人の男と秘密を共有した。

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