財布4
「おい、風呂入れるから来い」
ベルシオが呼ぶとラッセルは振り向いて笑った。だが、反応はそれだけだった。
医師は今のラッセルの状態を『原自我学説(タイム・ヒーラー著)(財)アームストロング出版』なる精神論をつかって説明してくれたが、医師でさえも専門外でよくわからないところもあるいう精神医学上の命題を学の無いべルシオが理解できるはずは無かった。べルシオにとっては夜になるとまだ発熱を繰り返す坊やの健康と今日はやわらかめのゼリーしか食べなかったが、明日はどうにかしてかゆやシチューも食べさせようという現実的な子育ての問題のほうが重大であった。
(まったく、前には一度もこんなかわいい顔は見せてくれなかった)
「お前が大きくなるのを見ていたかったな。あんな小さいのがどうやってこんなに大きくなれたんだ」
ベルシオが知っているのはまだ首も据わらない赤ん坊のときだけ。その後はいささか苦い思い出だがニセ国家錬金術師として姿を見た。しかし、そのときには、エドの名であったしあの小さな赤ん坊とすらりと背の高い少年の姿は重ならなかった。
服を脱がす。いつ触れても冷たい体に熱めのシャワーをかける。
熱いのは嫌いらしく、ラッセルはあとずさる。
「こら、シャワーぐらいちゃんとしろ。
よし、帰ってきたときより肉付きはましになったな」
帰ったとき、そう自分で言いながらべルシオは考えた。では、ここが彼の家なのか?と。
簡単に握りこめる腕をまず洗う。
「ナッシュと同じくらいしかないじゃないか。これであんな大男をのしたんだからな」
ラッセルの胸の中央には赤黒い大きな傷跡があった。背中のほぼ同じ位置に同じ大きさの傷跡がある。
そのわきに明らかにメスの痕とわかるまっすぐの傷。肺のオペの痕跡である。
骨が透けそうな白い胸をなるべくそっと洗ってやる。それでも当たってしまいそうなので、べルシオは片手で傷跡を覆い隠そうとした。しかしベルシオの大きな手でも傷跡を覆い尽くすことはできない。
「こんな大きな傷こさえやがって、ナッシュが見たら卒倒するぞ。あいつは血を見るだけで倒れるようなやつだったからな」
「もう危ないことはするなよ」
軍人として戦場に行ったであろう彼に、言っても仕方のない言葉をかける。
ラッセルの視線が何かを追いかけた。つられてベルシオも追う。小さなシャボン玉が飛んでいた。
「気に入ったのか。おまえにもあんな遊びをしたころはあったのか」
さらさらと銀髪は何の抵抗もなくベルシオの手の隙間をすり抜けた。
(細い。癖のなさは前と同じだが。髪の質まで細くなってるのか)
「17才か、そろそろ大人の体格になる時期だろ。お前はいつまでも細いな。身長が止まったのもあの時期からか。生体への連続練成というのはよほどきつかったのか」
湯船の前まで連れて行くがラッセルは動かない。仕方なく先に入って手を引いてやる。
「軽すぎだな。セントラルにはお前の食えるものはないのか。肉も魚も食わないからこんなに軽いんだぞ。お前、自分では好き嫌いはないなんて思ってるだろうが、好きはないが嫌いは多すぎるんだ」
湯音を上げてもラッセルの身体はいつまでも冷たい。そのうちにベルシオのほうがのぼせかけた。
(だめだ、こいつが温まるのを待ってたら100年かかる)
湯船からあげるとそのままペタリと床に座り込んだ。温まっていないようでも湯あたりしていたのだろう。
「おまえなぁ、軍にはその手の危ない奴が多いって聞いたぞ。そんな危なっかしい姿で座り込んでたら襲われるぞ」
内容がわかっているとは思えないが、(わかっていたら怒るだろう)べルシオが声をかけると笑ってくるようになった。それがうれしくて、ベルシオは何でもいいから声をかけていた。
医師はラッセルが戦闘能力を示したと聞き、そこまで回復したならセントラルに連れて行って専門の精神科医に見せようと言い出した。医師には軍の中でのラッセルの立場も気になっていた。さらにペルシオにはまだ話していないが薬の問題があった。ラッセルが身に着けていたカプセル剤は15粒であった。薬はあと3日分しかない。医師はベルシオに黙ってセントラルに電話を掛けていた。セントラルの紅陽荘の医師によるとラッセルの命の保持のためにはその薬は欠かせないという。しかも、カプセル剤は本来の使い方に比べ効力が薄く、早く本来の薬を飲ます必要があると言う。ベルシオはまるで小さな子供でも育てているかのようにラッセルを扱っている。ラッセルもそれに答えるようになついているようだ。ラッセルの精神的な退行は戦場でのショックが原因であろうが、退行したままなのはベルシオの存在が大きいのではないかと医師は考えていた。
ここまで回復したなら、あとは何かきっかけがあれば元に戻ると医師は見ていた。そして、そのきっかけはセントラルの方向からゼノタイムを目指していた。
今回まではベルシオさんの父子手帳より写し取りました(笑)
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「おい、風呂入れるから来い」
ベルシオが呼ぶとラッセルは振り向いて笑った。だが、反応はそれだけだった。
医師は今のラッセルの状態を『原自我学説(タイム・ヒーラー著)(財)アームストロング出版』なる精神論をつかって説明してくれたが、医師でさえも専門外でよくわからないところもあるいう精神医学上の命題を学の無いべルシオが理解できるはずは無かった。べルシオにとっては夜になるとまだ発熱を繰り返す坊やの健康と今日はやわらかめのゼリーしか食べなかったが、明日はどうにかしてかゆやシチューも食べさせようという現実的な子育ての問題のほうが重大であった。
(まったく、前には一度もこんなかわいい顔は見せてくれなかった)
「お前が大きくなるのを見ていたかったな。あんな小さいのがどうやってこんなに大きくなれたんだ」
ベルシオが知っているのはまだ首も据わらない赤ん坊のときだけ。その後はいささか苦い思い出だがニセ国家錬金術師として姿を見た。しかし、そのときには、エドの名であったしあの小さな赤ん坊とすらりと背の高い少年の姿は重ならなかった。
服を脱がす。いつ触れても冷たい体に熱めのシャワーをかける。
熱いのは嫌いらしく、ラッセルはあとずさる。
「こら、シャワーぐらいちゃんとしろ。
よし、帰ってきたときより肉付きはましになったな」
帰ったとき、そう自分で言いながらべルシオは考えた。では、ここが彼の家なのか?と。
簡単に握りこめる腕をまず洗う。
「ナッシュと同じくらいしかないじゃないか。これであんな大男をのしたんだからな」
ラッセルの胸の中央には赤黒い大きな傷跡があった。背中のほぼ同じ位置に同じ大きさの傷跡がある。
そのわきに明らかにメスの痕とわかるまっすぐの傷。肺のオペの痕跡である。
骨が透けそうな白い胸をなるべくそっと洗ってやる。それでも当たってしまいそうなので、べルシオは片手で傷跡を覆い隠そうとした。しかしベルシオの大きな手でも傷跡を覆い尽くすことはできない。
「こんな大きな傷こさえやがって、ナッシュが見たら卒倒するぞ。あいつは血を見るだけで倒れるようなやつだったからな」
「もう危ないことはするなよ」
軍人として戦場に行ったであろう彼に、言っても仕方のない言葉をかける。
ラッセルの視線が何かを追いかけた。つられてベルシオも追う。小さなシャボン玉が飛んでいた。
「気に入ったのか。おまえにもあんな遊びをしたころはあったのか」
さらさらと銀髪は何の抵抗もなくベルシオの手の隙間をすり抜けた。
(細い。癖のなさは前と同じだが。髪の質まで細くなってるのか)
「17才か、そろそろ大人の体格になる時期だろ。お前はいつまでも細いな。身長が止まったのもあの時期からか。生体への連続練成というのはよほどきつかったのか」
湯船の前まで連れて行くがラッセルは動かない。仕方なく先に入って手を引いてやる。
「軽すぎだな。セントラルにはお前の食えるものはないのか。肉も魚も食わないからこんなに軽いんだぞ。お前、自分では好き嫌いはないなんて思ってるだろうが、好きはないが嫌いは多すぎるんだ」
湯音を上げてもラッセルの身体はいつまでも冷たい。そのうちにベルシオのほうがのぼせかけた。
(だめだ、こいつが温まるのを待ってたら100年かかる)
湯船からあげるとそのままペタリと床に座り込んだ。温まっていないようでも湯あたりしていたのだろう。
「おまえなぁ、軍にはその手の危ない奴が多いって聞いたぞ。そんな危なっかしい姿で座り込んでたら襲われるぞ」
内容がわかっているとは思えないが、(わかっていたら怒るだろう)べルシオが声をかけると笑ってくるようになった。それがうれしくて、ベルシオは何でもいいから声をかけていた。
医師はラッセルが戦闘能力を示したと聞き、そこまで回復したならセントラルに連れて行って専門の精神科医に見せようと言い出した。医師には軍の中でのラッセルの立場も気になっていた。さらにペルシオにはまだ話していないが薬の問題があった。ラッセルが身に着けていたカプセル剤は15粒であった。薬はあと3日分しかない。医師はベルシオに黙ってセントラルに電話を掛けていた。セントラルの紅陽荘の医師によるとラッセルの命の保持のためにはその薬は欠かせないという。しかも、カプセル剤は本来の使い方に比べ効力が薄く、早く本来の薬を飲ます必要があると言う。ベルシオはまるで小さな子供でも育てているかのようにラッセルを扱っている。ラッセルもそれに答えるようになついているようだ。ラッセルの精神的な退行は戦場でのショックが原因であろうが、退行したままなのはベルシオの存在が大きいのではないかと医師は考えていた。
ここまで回復したなら、あとは何かきっかけがあれば元に戻ると医師は見ていた。そして、そのきっかけはセントラルの方向からゼノタイムを目指していた。
今回まではベルシオさんの父子手帳より写し取りました(笑)
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