金属中毒

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財布6

2007-01-13 14:44:32 | 鋼の錬金術師
財布6 エピローグ 父の思い

「なんだっていうんだよぉ」
(俺はずいぶんいろいろ話しかけてやってたぞ。そりゃあなー、めったに見れないようなかわいい顔して聞いてたけど、うーんあいつにもあんな顔ができたんだな。早々とひねてうそ顔ばかりつくってやがったのに。
にしても、ひどいじゃないか、顔も覚えてないような兵隊どもに言われて正気付きやがった。)
 ここは新ゼノタイムのもぐりの酒場。まだ夜も浅いのにペルシオは背中に黒い霧のようなものを漂わせている。
「よぉ、えらく荒れてるな。 オトウサンは」
夕方、診療所を飛び出すように走り去る車にラッセルの姿をかいま見たレマックは、医師から今日あったことを聞いた。おそらくここだろうと見当をつけて来てみると案の定この同級生はグラスを重ねていた。
「子供を持った覚えはない」
あまりに入れ込みすぎるこのでかい友人に、なんとなくいつかこうなるのではと、思っていたとおりの結果があった。
「(やれやれ、独身者は免疫がないからなぁ)一人娘に駆け落ちされたような面してるな」
地下の酒場は薄暗かった。ベルシオはそれに感謝した。たぶん自分は今までで一番情けない顔をしているのだろう。
(あいつめ、アームストロング大佐の名を聞いただけで正気に戻りやがった)
レマックは勝手に隣に座った。
そうして並ぶと、彼らの身長差は30センチ以上あった。
「ダブルで」
オーダーするベルシオの声にレマックは小声でつけ加えた。
「薄くしろ」
バーテンダーも心得たもので、起用に片目をつぶる。
(そういえばこいつも最後の100件ではないけど旧ゼノタイムから来たんだな)
最後の100件それは最後まで旧ゼノタイムにとどまり、町の城門を閉めたメンバーだった。一般的には旧ゼノタイム町民とはこの100件の人々を指して言う。
時の流れは人を新しい場所に適応させた。
「俺たちはすっかりこの街(ゼランドール)の住人だな」
「なんだ、いきなり」
ベルシオは低くうなるような声で答える。
「(そういやラッセルのことがあって、相談する暇もなかったんだなぁ)
こんど市長選が30年ぶりにある」
「知るか」
「ま、そう荒れるな。実家の父としては荒れたくなるのも分るが(笑)」
「誰が父親だ」
「隠し子と言ったのはお前だろ」
「ふん、たまたまだ。あの時はそう言わなければ引き取れなかったからな」
「その実家の父に相談だが」
「誰が父かと言ってるだろ」
「帰ってきたくなる街にしたいと思わんか」
「何を言いたい」
「来年の市長選出ろ」
「俺はそんなもの知らん」
「今、内示中の市長候補は全員軍の息がかかってる。あいつらの誰が当選してもこの街は住みにくくなる」
「・・・」
「幸いと言っては語弊があるが、軍需産業ごとの利害が絡むせいで候補者は乱立している。反軍派、市民派として意見をまとめられれば勝機はある。もし、軍関係の候補が当選すれば、すぐに戸籍法がこの街に適応される。そうしたらすぐに」
「徴兵制か」
戸籍法、それは先代大総統、キング・ブラッドレイの置き土産である。
実は徴兵制そのものは70年ほど前からあった。しかし、戸籍制度が整備されていない街が多すぎるため、実質的には機能していなかった。
「俺はカイン(エリサの弟今3ヶ月)を軍人にはしたくない。それにな、知っているか?」
「何をだ?」
「錬金術師は理由を問わず、全員強制徴兵だ。あちこちで、流しの(治癒師)連中も収容されている」
「あの男(マスタング)がそんなことを?」
「お前が考えているのが誰かは知らんが、これは組織としての軍のあり方の問題だな。今の大総統、なんて名だったか覚えてないが焔の国錬の傀儡(かいらい)だろ。それに今の国際情勢から見て徴兵制を実施してでも軍事力を上げる必要があるのは誰にでもわかる話だ。ただな、勝手な話だが、俺は親としてカインだけは軍に入れたくない。本音のところこの国がどうなろうとそんなものどうでもいい。俺はただ、エリサとカインだけはオレンジ畑でのんびり育てたい」
「ま、親なんてものはそんな者だろう。別に悪いとは思わん。俺も・・・」
「徴兵制が適応されたらあいつも軍属なんて甘い立場ではいられなくなる」
「あいつらはもう国家資格者だ。関係ないはず」
「フレッチャーはそうだ。ラッセルはひっかかるぞ」
「何?」
「ノリスに頼んで軍の戸籍の下書きを調べさせた。ラッセル、お前とナッシュの子になってる」
ベルシオの身体は椅子の下に沈みかけた。だが、それどころではないと気づいて踏みとどまる。
「エリノア(ドリンガム兄弟生母)のはどうなってるんだ」
「彼女はこの地区の者ではない。もともと書類がないんだ。それに、お前のせいだぜ。隠し子なんていうからだ」
「勝手にしろ。男同士でどうやって子供を生むんだ!」
「まぁ、どっちが産んだかは置いとくが(笑)、徴兵されたら今までのような自由は効かなくなる。あいつ、ものすごい傷こさえてたって聞いたぞ」
正確にはラッセルの傷跡はホモンクルス戦のときエンヴィーに貫かれたもので、今回の戦争での負傷ではない。しかし、それを説明するわけにはいかなかった。
「今度は負傷ではすまなくなるかもしれない。
実家の父としては守ってやってもいいだろ」
「俺の責任か」
レマックはベルシオがどちらの意味で責任と言っているのか読み取ろうとした。ラッセルを隠し子と言ってしまったために徴兵制にひっかからせたことか?それとも純粋に親の責任範囲を口にしたのか?
しかし、ベルシオも簡単に読ませるような甘い男ではなかった。あるいは、本人にも分らないのか?

「責任なら掘って置く訳にはいかないな。おい、たきつけた責任は果たせよ」
「ほいほい、市長殿の命令とあらば下足番でも何でも勤めてやるさ」
「よし、後援会長だ」
口を開けたまま次の言葉の出ないレマックにベルシオがグラスを押し付けた。
「家出息子が帰る気になる街を用意してやるか」

後世にゼランドールを育てた男として〈新ゼノタイムの父〉の名を受けたアース市長のスタートは酒税法違反の地下酒場から始まった。


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