金属中毒

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寝耳に水 housaku1028

2008-02-24 15:36:03 | 鋼の錬金術師
Housaku 1029
寝耳に水

シャオガイはかんしゃく玉を続けざまに破裂させた。
馬という生き物はあんがい臆病で、ちょっとした刺激で我を忘れて暴走する。馬賊たちの馬もご多分にもれなかったが、さすがは人馬一体の生活をしている馬賊たちは長のひとこえのもと、たちまち馬をおちつけ街の大通りに集合した。しかし、皇孫は馬を抑えられなかった。馬は怯えたまま皇孫を乗せてあらぬ方向へ走り去った。馬賊の長、否、シン国某弱小部族の長は大きく音を立てて舌打ちした。馬も操れないあのバカ皇孫に一族の命運を託さねばならないとは。
 長は思う。いっそシンを離れアメストリスにもぐりこんだ方が良くはないか。アメストリスとて良い国とはいえないが、これから先皇位継承争いはますます激しくなる。弱小部族が生きるのは、難しくなるだろう。今回はやむをえず皇孫に従ったが、たとえ今回の仕事がうまくいったとしても、あの皇孫が自分の部族に報いてくれるとは思えない。高貴な生まれの人間は他人が自分のために尽くすのを当然と思っているからだ。まぁ、皇帝の子供たちの中でも少しは例外もいるが・・・あのヤオ族の皇子はアメストリスに入れたのだろうか?
入力者注〈砂漠越えのあちこちでリンはいくつもの弱小部族の協力を得ている。むろん代価は支払われている。この部族もその一つだった〉
長が今後の方針を決意しかねている数秒間、彼の部族の戦士達はバカのように口を開けてある方向を指差していた。
「さばくのめがみ・・・」
誰言うともなくそんな言葉が出た。
そこには巫女の扮装をしたラッセルが、折からの上弦の月のやさしい光に淡く照らされている。
(つきのめがみ)
言葉にこそ出さなかったが長も部族の若いもの達と同じ感情を抱いた。
きれいだ

全員がふらふらと女神の方向に向けて進んだ。このときは普段の人馬一体があだとなった。馬は乗り手の心に従い罠に向けて歩いた。
 彼らがわれを失っていたのは時間にして30秒ほど。だが、用意されていた罠が発動するには十分な時間であった。
いままで聞いた事もないような異常な音と気配に長が振り返ったとき、彼の前には3メートルを超える水の壁があった。生粋の砂漠の民がはじめて見るそれこそは洪水であった。長は生きている限りこの光景と音を忘れまいと思った。そして一族の者達に「逃げろ」と命令する事も出来ないままどうどうどうと音を立てる水に飲み込まれた。

作戦が完全に成功したとシャオガイは思った。大量の水はいっきに流れ馬賊たちを飲み込み低みへと流れ、砂の中に消えた。その間2分である。2分程度で、戦闘力を失わせられるのか?と疑問をもたれるかもしれないが、砂漠の民は洪水と言うものを全く知らない。未知への恐怖心から全身ぬれねずみの馬賊たちは降伏した。
ちなみに余計な事だが、寝耳に水ということわざは、突然の出来事に驚く例えである。元の意味は寝ている時に聞こえる洪水だ。昔は治水が不十分で、大雨が降ると河川が氾濫することが多かった。天気予報も十分でない時代、夜中の突然の集中豪雨でドーッという音と共に水が…まさに寝耳に水である。

1916年1月12日 月齢7,9 上弦の月の夜