北関東を中心に畜産農家で飼育されている子牛や豚などが持ち去られる事件が相次いで発生している。これまでに700匹以上が盗まれ、被害額は2千万円を超えるとみられる。警察は窃盗事件として捜査しているが、誰が何のために家畜を盗み、どこに持ち去ったのか。専門家は「畜産の知識がないと難しい」とし、組織的犯行によるとの見方を強めている。(根本和哉、大渡美咲)

■突然消えた牛

 8月22日深夜。栃木県足利市にある牛舎の防犯カメラには、子牛を持ち去る3人の人影が写っていた。牛舎付近にワゴン車を止めた後、2人が中へ侵入。子牛の足を持って逆さづりにして、車へ運んだ。3頭の子牛を運び去るまでわずか10分ほどだったという。

 被害に遭った「鶴田ファーミング」(同市羽刈町)の代表取締役、鶴田一弘さん(58)によると、6月にも子牛2頭が盗まれており、いずれも生後1カ月以内の黒毛和牛で時価総額は約230万円にも上る。

 鶴田さんは「育てるにはプロの技術が必要なので食べるためかもしれないが、子牛なので食べられる部分は少なく、おいしいかもわからない」と困惑する。

 カメラに写った子牛はぐったりしており、鶴田さんによると、薬は肉質に影響が出るため、スタンガンなどを用いて気絶させられたのではないかという。

 強引な犯行に鶴田さんは「わが子を失った気持ち。早く犯人を捕まえてほしい」と唇をかんだ。

■4県で被害

 こうした被害は今年に入り群馬、栃木、茨城、埼玉の4県で続発。各県警などによると牛、豚、鶏など700匹以上が盗まれた。各県警は、一連の犯行に関連性があるかどうかも含めて捜査を続け、犯人の行方を追っている。

 中でも被害が大きいのは豚の飼育頭数が全国上位の群馬県。前橋市の養豚場4カ所で計570頭が盗まれるなど、約680頭もの豚が盗まれた。いずれも簡易な「ユニット型」と呼ばれる豚舎が狙われたという。

 農林水産省によると、牛は、牛トレーサビリティー制度で、生後すぐに10桁の個体識別番号を割り振られ、耳に番号が印字された耳標がつけられる。ない牛は出荷や食肉処理などをすることはできない。

 豚は個体識別番号はないが、生きた豚の輸出は禁止されており、関係者は「殺して持っていくのも常識的には不可能」とする。

■「知識や経験必要」

 「空いている豚舎があり、豚を飼える施設や知識、経験がある人の可能性がある」。そう分析するのは養豚に詳しい農畜産物コンサルタントの青木隆夫氏だ。昭和35年に約80万戸あった養豚農家は現在、約4300戸まで減少。農家数の減少が続いており、空いている豚舎もあるとみられる。

 さらに、青木氏によると、子豚でも1日2〜3キロのエサを食べる上、糞尿の処理など経験や知識が必要となる。「国産の豚肉の相場は高くなっているが、養豚は素人が扱えるほど簡単ではない。狭い業界なので、一般の人が突然、食肉処理場に持ち込むことは難しく、闇ルートの存在も考えにくい」と指摘する。

 元警視庁捜査1課理事官の大峯泰広氏も「家畜を保管する場所があり、取り扱いに慣れている同業者によるものか、その関係者による犯行の可能性があるのではないか」と分析する。

 大峯氏は、指示役や盗難役、運搬役など最低でも4〜5人のグループの組織的犯行とみて「解体して販売するカネ目当てだろう」と指摘。「個体識別番号があって国内市場に出回らないのであれば、解体から販売までの闇のルートが確立されていることもあり得る。いずれにせよここまで大規模な家畜盗難事件は聞いたことがない」と話した。