2月19日、私は奥武山公園から、歩いて海軍壕公園に行きました。


途中に沖縄の特徴的な、大きなお墓が有ります。

海軍壕前には、戦没者の慰霊碑が有ります。

海軍壕の入口の建物に入ると悲惨な沖縄戦の様子が写真や遺留品として展示されています。



そして、私が最も印象に残ったのが次の写真です。


「夜はみんな杖を持って歩いた。死体を踏まないためだった。」というのは、本当に悲惨な戦争であったと考えさせられました。
いよいよ海軍壕に入ります。

海軍壕は、1944年(昭和19年)に造られた司令部壕です。カマボコ状に彫りぬいた横穴にコンクリートと杭木で補強したものです。4000人に兵が収容されたそうです。


壕には、トップの写真のように岩盤そのままの所も有ります。

下の鶴橋で掘り進んだそうです。

また、外に出る通路も造られています。

ここが司令官室です。

米軍の猛攻撃で耐え切れず、1945年6月13日、大田少将はじめ6名のは自決します。

海軍壕を出ると、綺麗な花が咲いていました。

