しなしなの記録

 しなしなの趣味の記録です。洋楽カラオケ、郵便局訪問、川、猫など

5月30日、日本で一番、有名な猫に会ってきました。日光東照宮の眠り猫です

2015-06-30 21:04:45 | Weblog

 日光東照宮には、日本で一番有名な猫がいます。国宝の眠り猫です。

 

 それほど大きな彫刻ではないため、位置を示す紙が貼られています。

 左甚五郎の作だと言われています。牡丹の花の中で寝ています。この先は、徳川家康の霊廟、奥宮です。何故、ここに猫なのかは諸説が有ります。

 裏側には、2羽の雀がいます。

 

 戦国時代から安土桃山時代を経て、江戸時代という安定した時代に入ったことを左甚五郎が表現したのでは?という説が有ります。

 奥宮へは、細い通路とかなりの石段を登ります(急なので、降りる方が怖いです)。

 

 やっと、奥宮に到着します。

 

 一番、奥には御宝塔が有ります。

 
 
 徳川家康公の神柩を収めているそうです。もともと木製でしたが、石造に改められ、五代将軍徳川綱吉の時に唐銅製(金、銀、銅の合金だそうです)に改鋳されたそうです。
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日光東照宮に初めて行きました。国宝と重要文化財のオンパレードです。その彫刻に驚きました

2015-06-28 22:53:29 | Weblog

 私は、初めて、日光東照宮に行きました。

 日光駅から歩いて、東照宮に着きました。まず、御仮殿が公開されていたので寄りました。

 

 そこを出ると、五重塔が聳えたっていました。

 

 1650年(慶安3年)小浜藩主、酒井忠勝が寄贈したとのことです。先程の御仮殿もこの五重塔も重要文化財になっています。

 五重塔の横で神楽が行われていました。なんと北海道の松前神楽でした。
 
 

 拝観料を払い(なかなかいい値段です)、表門に向かう石段を上ります。

 

 表門は仁王像が有ります。仁王門とも呼ばれるそうです。こちらも重要文化財です。

 

 中に入って、神厩舎が有りました。馬を繋ぐ所で重要文化財です。

 

 猿の彫刻が8面あります。有名な「見ざる、言わざる、聞かざる」はトップの写真です。猿は馬を守ることから猿の彫刻なのだそうです。

 その向かい側に、重要文化財の三神庫が有ります。下の写真は上神庫です。

 

 春秋渡御祭「百物揃千人武者行列」に使う装束や馬具が収められているそうです。象の彫刻が飾られています。

 

 江戸時代に象が日本に輸入されていたのか?と思いました。そうではなく、想像で彫られたようです。

 銅鳥居の向こうが、国宝の陽明門です。

 

 残念ながら、現在、平成の大修理で一部しか見ることができません。

 陽明門から伸びる回廊も国宝です。

 

 彫刻がすごいです。一枚板の透かし彫りだそうです。

 神楽殿の屋根を支える所にも龍の彫刻がなされいます。

 

 本社の前にあるのが、胡粉で白い唐門です。

 

 

 

 唐門も国宝です。とにかく彫刻がすごいです。

 本地堂は、1961年(昭和36年)に全焼しています。現在のものは復元されたものです。

 

 天井には有名な鳴龍が描かれています。

 下の写真は、帰りに陽明門を出て写したものです。杉に囲まれた東照宮であることが分かります。

 
 
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札幌芸術の森美術館で開催され、後編が明日までの歌川国芳展に行ってきました。

2015-06-27 19:48:37 | Weblog

 札幌芸術の森美術館では、「浮世絵師 歌川国芳展」が開催されていました。前編が4月25日(土)から5月26日(火)まで、後編が5月30日(土)から明日、6月28日(日)までです。
 前編は連休中に行きました。後編は、忙しかったことからなかなか行けず、本日、6月27日(土)に行ってきました。

 芸術の森は、なかなか素敵な所です。

 

 

 公園としても楽しめます。

 案内看板が掲げられ、美術館へ導きます。トップと下の写真です。

 

 歌川国芳は、猫好きの浮世絵師でした。そして、反骨精神旺盛な浮世絵師だったようです。役者絵が禁止になれば、猫で描く。亀の顔を役者の顔にする。

 役者絵は迫力があります。構図がすごいです。そして緻密です。

 人で人の顔を造り上げる。猫で文字とする。上下で違う人物にするなと奇想天外な絵も有ります。

 後編では、水滸伝の豪傑を描いた作品が多かったです。迫力がありました。私は水滸伝は読んだことがあるので、登場人物がわかり、絵のイメージも納得です。しかし、私には歌舞伎の知識はほとんどないので、役者絵はあまりピンとこなかった(迫力や構図のすごさは感じました)です。本日、仮名手本忠臣蔵は、江戸時代でなく、室町時代になっており、吉良上野介が高師直に、大石内蔵助が大星由良助になっていることを知った次第です。

 芸術の森には、旧有島武郎邸も移築されています。

 

 1908年(明治41年)外国留学から帰国した有島武郎や、札幌に戻り、北大で英語を教えるかたわら、文筆活動をしたそうです。1913年(大正2年)、有島武郎自身が設計したのがこの家だそうです。ここには、1年も住んでいないそうです。その後は北大の職員寮、学生寮としてつかわれていましたが、1986年(昭和61年)にこの地に移築、保存されているそうです。

 

 
 
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日光に行く前に、日光街道の宿場町であった今市で、箱根に続き、杉並木を見ました

2015-06-26 21:40:43 | Weblog

 私は、今まで日光に行ったことがありませんでした。「6月の埼玉県の郵便局訪問前に日光に行こう。」と思いつきました。

 新千歳空港から羽田空港へ朝、一番の飛行機で行き、電車を乗り継ぎ、東武日光線の上今市駅で降りました。日光の杉並木も見たいし、日光之庄でお昼のそばも食べたかったからです。

 上今市駅は、素敵な水車のある駅です。残念ながら、水車は動いていませんでしたが。

 

 駅横の踏切には、鉄の棘が設置されています。車の侵入を防ぐためでしょうか。

 

 日光之庄を目指していたのですが、行き過ぎてしまいました。出た所に「道の駅 日光」が有りました。

 

 今年の4月27日にグランドオープンしたばかりの道の駅です。観光情報館、商業施設、コンビニ等があります。かなり大きな道の駅です。

 船村徹記念館も有ります。

 
 
 別れの一本杉、王将、矢切の渡し、兄弟船、風雪流れ旅等、多くの曲を作曲しています。出身は塩屋郡塩屋町(旧船生村)です。栃木県立今市中学校(現今市高等学校)の卒業です。この地にあってもおかしくありません。

 この碑のおかげで、二宮尊徳終焉の地が今市だったことを初めて知りました。

 

 1856年(安政3年)に今市の報徳役所で亡くなったそうです。墓もこの地にあるそうです。

 お昼を食べ、日光杉並木公園に入りました。特別史跡でも有り、特別天然記念物でもある杉はすばらしい大きさです。トップと下の写真です。

 

 

 この日は暑かったです。30℃近くまで、気温が上がったと記憶しています。杉並木の道は木陰が作られ、涼しさを感じます。また、横に水路があるので、水音が聞こえ、心地よいです。

 杉を良く見ると、プレートが貼られています。

 

 上の写真は鹿島建設㈱がオーナーなのだと理解しました。杉の木に日光市さんや多くの企業名のプレートが貼られています。

 調べたところ、杉並木保存に賛同した方が、1本、1千万円で購入するそうです。代金は栃木県が日光杉並木基金として運用し、その運用益で杉の勢力回復等を行っているそうです。現在、593本に406名のオーナーがいるそうです。

 もっと、この公園を知りたかったですが、東照宮にも行かなければ、日光に行ったとは言えないなと思い、早めに元の上今市駅に戻りました。
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茅ヶ崎のシンボル、えぼし岩が見たくて、サザンビーチに行きました。人気はありませんでした

2015-06-24 20:29:49 | Weblog

 茅ヶ崎のシンボル、えぼし岩が見たくて、郵便局訪問の前に茅ヶ崎駅で下車しました。

 

 サザンビーチまでは、徒歩20分らしいので、サザン通を歩きました。

 

 お目当てのサザンビーチに着きました。トップと下の写真です。

 

 「C」の中に、えぼし岩が見えます。

 

 さっきまで、私はサザオールスターズの「勝手ににシンドバット」は、「えぼし岩が見えてきた。俺の家も近い」だと思っていました。たいへんな間違いです。えぼし岩では無く、江の島でした。

 えぼし岩は正式には姥島だそうです。300万年~600万年前に海底に堆積した地層が、隆起してできたそうです。釣り人のための渡し船が出ているそうです。太平洋戦争後、この地域は米軍の演習場となり、えぼし岩は標的になったようです。形が変わったと言われています。

 サザンビーチは、5月12日の午前8時ですので、人気はほとんど有りません。静かな砂浜でした。

 

 

 サザンビーチから、またサザン通を茅ヶ崎の駅に向かって歩きました。途中にサザン通商店街が有ります。
 琺瑯看板が有りました。清酒「福禄寿」と「四ツ車」です。

 

 「福禄寿」は秋田県南秋田郡五城目町の福禄寿酒造㈱の酒です。創業は1688年(元禄元年)だそうです。1953年(昭和28年)に㈱渡邊彦兵衛商店となり、2004年(平成16年)に福禄寿酒造㈱と社名を変更しています。
 「四ツ車」もかつて、現在の福禄寿酒造㈱が醸造していた清酒です。江戸時代の力士、四ツ車平八がもともと働いていたことから、銘が取られたそうです。

 何故、秋田の清酒の琺瑯看板がここに有るのでしょうか? 
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札幌の旧札幌控訴院(札幌市資料館)前の大通公園でバラが見事に咲いています。美しく、心がなごみます。

2015-06-22 21:05:59 | Weblog

 札幌交響楽団のコンサートで、さっぽろ芸文館に行く途中、旧札幌控訴院(札幌市資料館)前にかかりました。

 バラガ見事に咲いています。コンサートの開場まで、30分ぐらい時間があることから、見て回りました。

 旧札幌控訴院は、1926年(大正15年)に建築された、レンガ造、石造の建物です。さらに内部は、鉄筋コンクリート造にもなっているそうです。バラと美しい建物がマッチしています。トップと下の写真です。

 

 

 

 

 バラには様々な種類があります。品種改良で新種が作られるからでしょうか。

 

 

 

 

 

 白、黄色、薄いオレンジ、ピンク、赤等、様々です。美しいです。眺めていると、落ち着いた気分になります。クラッシクのコンサート前には最高でした。

 我が家の粗末な庭でも、バラが咲いていました。

 

 

 

 大通公園ほどではありませんが、そこそこ美しいです。
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甘酒茶屋を出て、旧国道1号を箱根湯本を目指してあるきました。箱根八里の意味が解りました

2015-06-20 11:58:30 | Weblog

 5月10日(日)、甘酒茶屋で一休みした私は、再び箱根湯本を目指して、旧国道1号の坂を下っていきました。

 猿すべり坂というバス停が有りました。

 

 猿も滑るほどの急な坂だから、この名が付けられたのでしょうか?
 えづけ禁止と書かれた標識が有りました。

 

 でも、禁止なら丸い標識で縁は赤だろうと考えました。しばらく行くと同じような標識が「さるに注意」と書かれています。これなら四角い黄色の標識でOKです。

 

 先程のは、「さるに注意」が無くなったもののようです。

 坂は急な下り坂です。ヘアピンカーブに成っています。

 

 歩行者は、別の通路が用意されています。もちろん、階段が多いです。

 

 階段を下りると「樫の木坂」の表示が有りました。

 

 表示板によると、「東海道名所日記」には、「けわしきこと、道中一番の難所なり、おとこ、かくぞよみける「樫の木の さかをこゆれば くるしくて どんぐりほどの 涙こぼれる」」と書かれています。

 箱根寄木細工の店が多く有るところに来ました。畑宿です。

 

 箱根寄木細工は、色の違う木を組み合わせて模様を造る装飾です。江戸時代後期に石川仁兵衛が、静岡で技術を学び、考案したそうです。
 その石川仁兵衛の墓が有りました。

 

 ある所に書かれていた表示で、私は箱根八里の意味が解りました。トップの写真です。

 小田原宿から三島宿までの間が、八里だったことから箱根八里と呼ばれるのですね。「箱根宿からここ、畑宿まで1里8町か、どうりで1時間半ぐらい歩いているはずだ。ここから箱根湯本は1里くらいありそうでだ。まだ、45分は歩く必要があるな。」と思いました。

 歩いて行くと、「お!懐かしい表示だ。」と思ったのが、公衆電話1200m手前の表示です。

 

 かなり古い物のようです。携帯電話が普及する前は、公衆電話の位置を知ることは大事なことでした。

 箱根湯本に着きました。温泉で有名な所です。「札幌の定山渓もそうだが、温泉は必ず川の所にあるな。」と気づきました。

 

 古い旅館が有りました。萬寿福(ますふく)旅館です。

 

 木造の3F建てで、破風屋根が特徴です。1933年(昭和8年)頃、宮大工が造ったそうです。旅館は1927年(昭和2年)から営業しているそうです。源泉かけ流しの湯だそうです。

 箱根湯本駅が近づくと多くの店が有ります。

 「まんじゅう屋菜の花」は、ウサギが屋根の上から、「ご黒うさん」の袋をぶら下げています。

 

 ご黒うさんは、黒糖のお饅頭で、中の餡は、ごまあんだそうです。

 立派な木彫りの伊勢海老や魚が付いているのは、「徳造丸箱根湯本店」です。ひもの屋さんです。徳造丸は、9ヶ所に店があります。4店の直営料理店もあるようです。伊豆の味だそうです。

 

 箱根湯本駅に着きました。

 

 小田急のロマンスカーが停車しています。

 

 これは、LSE(7000系)だそうです。1980年(昭和55年)に登場したかなりクラッシクな列車です。
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2015年6月のカラオケ 今回もCMに使われた洋楽を歌いました、4回目で少し飽きました

2015-06-18 21:27:34 | Weblog

 6月9日(火)は、今月の洋楽カラオケでした。
 今回もCMに使われた曲です。4回目となり、少し飽きてきました。歌ったのは次の曲です。


 愛はかげろうのように(シャーリーン)

  いい曲だと思います。パナソニックデジカムのCMで使われました。


 ホット・スタッフ(ドナ・サマー)

  ディスコ・クィーンのドナ・サマーも亡くなりました。使われたのは、コカ・コーラのCMです。


 20センチュリー・ボーイ(T・レックス)

  漫画や映画の「20世紀少年」は、この曲から名付けられたそうです。キリン・ヴィバレッジのCMです。


 雨にぬれても(B・J・トーマス)

  映画「明日に向かって撃て」の主題歌です。バート・バカラックの作曲だそうです。日本ハムのシャウエッセンのCMで流れていました。


 君の瞳に恋してる(ボーイズ・タウン・ギャング)

  オリジナルはフランキ・ヴァリです。ポカリ・スエットのCMです。


 ユード・ビー・ソー・ナイス・カム・ホーム・トゥ(ヘレン・メリル)

  私はサッポロビールのCMだったと思いますが、セイコーウォッチ「ドルチェ&エクセリーヌ」のCMだとネットに有りました。ジャズナンバーです。


 そよ風の誘惑(オリビア・ニュートン・ジョン)

  さわやかな歌です。なので、ロッテ、キシリートールガムのCMで使われました。


 ゴールド・フィンガー(シャーリー・バッシー)

  007映画の主題歌。日産エルグランドのCMです。


 シュガー・ベイビー・ラブ(ルーベッツ)

  auウォレットのCMです。


 男の世界(ジュリー・ウォーレス)

  マンダムのCMで有名な曲です。なので、日本でしか流行りませんでした。サマー・クリエイションとともに1971年に流行った記憶が有ります。


 ニュー・ヨーロピアンズ(ウルトラヴォックス)

  サントリーのCMだったと思います。無機質的にリズムを刻むギターがかっこいいと思います。


 死ぬほど愛して(アリタ・ケッリ)

  1959年のイタリア映画「刑事」の主題歌だそうです。私は、深夜になると流れるスキンのCMソングの記憶が強いです。


 歌う時間がいつもより1時間少なかったため、12曲でした。CM曲というテーマ、5回目もやらなければなりません。

 トップの写真は、いつものとおり、カラオケとは何ら関係のない三重県桑名市の桑名駅の駅名表示です。
 
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箱根湯本を目指して、箱根の坂を下りました。途中、お玉ヶ池と甘酒茶屋に立ち寄りました

2015-06-16 20:13:15 | Weblog

 今年の5月10日、私は箱根芦ノ湖から、箱根湯本を目指し、東海道の石畳を歩きました。

 

 そして、箱根湯本まで2時間と書かれた所から横道にそれました。

 

 お玉ヶ池に寄りたかったからです。

 旧国道1号の坂を下っていくと、有りました。お玉ヶ池です。

 

 池の名前の由来が書かれた碑が有りました。

 

 碑によると、1702年(元禄15年)、江戸の奉公先から郷里の静岡県南伊豆町に帰ろうとしたお玉ちゃんは、通行手形が無いことから、箱根関所の破りを実行します。でも、捕まってしまい、処刑されたそうです。当時の箱根関所は、出女をことのほか厳しく取り締まっていたそうです。入鉄砲は取り締まっていなかったそうです。
 お玉ちゃんの死を憐れんだ近隣の人々が、奈津那ヶ池と呼ばれていた池をお玉ヶ池と呼ぶようになったそうです。

 旧国道1号の坂をさらに下りました。

 

 自転車がすごいスピードで坂を下りていきました。

 やがて、甘酒茶屋に着きました。トップと下の写真です。一休みです。

 

 箱根には、1818年~29年(文政年間)には9軒の甘酒茶屋が有ったそうです。箱根は坂がきつく、人は10里は歩けず、8里が限界だったそうです。こうしたきつい坂道だったことから、一息つける甘酒茶屋が多かったそうです。
 しかし、国道1号が開通すると歩く人が激減、甘酒茶屋もここひとつになってしまったそうです。下の写真の説明版で知りました。

 

 現在、この店の店主は13代目だそうです。甘酒のほか、力餅(うぐいすきなこ、いそべ、くろごまきなこ)、みそおでん等が有ります。
 
 甘酒がきました。

 

 砂糖を使わない米と米麹だけの甘酒です。ほんのり甘く、おいしいです。これまで多くの人がこの甘酒を飲み、一息入れたことでしょう。自分もその一人になれました。
 
 俳句では、甘酒は夏の季語だそうです。夏バテを予防するのみ飲まれたからのようです。
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埼玉県郵便局訪問 NO.10 越谷市、春日部市 「しらこばと」は埼玉県、越谷市の鳥だと知りました

2015-06-14 16:50:07 | Weblog

 6月3日(水)は、今回の埼玉県郵便局の最終日です。前日の続き、越谷市の東越谷郵便局から訪問を開始しました。訪問したのは、次の局です。

 東越谷、越谷宮前、北越谷駅東口、北越谷駅前、越谷大房、越谷弥栄、越谷大里、越谷袋山、越谷千間台西、越谷千間台東、越谷平方(以上、越谷市)、武里、春日部武里団地内、春日部一ノ割、春日部藤塚、春日部豊野簡易、春日部牛島、春日部緑町、春日部大沼、春日部(以上、春日部市)

 20局の訪問でした。越谷市は完訪となりました。

 トップの写真は、今回の3日間の埼玉県郵便局訪問で唯一の簡易郵便局だった、春日部豊野簡易郵便局です。

 越谷市は、今年4月1日から八王子市とともに中核市となっています。市役所前にも「祝 中核市・越谷」と書かれています。

 

 越谷市役所横は、葛西用水と元荒川が流れます。葛西用水側には、ハナショウブがきれいに咲いていました。

 

 朝、NHKの天気予報で、「ビワの実が色づくと梅雨に入る」と放送されました。ビワの実が色づいています。

 

 本当にこの日は梅雨入りしたと考えられる日となり、私はかなりの雨の中を郵便局を目指して、歩くこととなってしまいました。

 越谷市で「しらこばと橋」、「しらこばと幼稚園」等、やたらと「しらこばと」という言葉を目にしました。「しらこばと、何だ!」と思いました。下の写真はしらこばと橋です。

 

 札幌に帰り調べたところ、1956年(昭和31年)に天然記念物に指定された鳥です。江戸時代に外国から輸入されたそうです。主な生息地が埼玉県越谷市だそうです。戦後の乱獲で絶滅寸前になったそうです。現在、環境省レッドリスト絶滅危惧Ⅱ類になっています。
 埼玉県の鳥であり、越谷市の鳥だそうです。なので、越谷市のマンホール蓋にも、この「しらこばと」がケヤキの木とともに描かれています。

 

 東武スカイツリー線は、かなりの列車が通ります。北越谷駅までは、連続立体交差ですが、それより北は踏切が有ります。遮断機が降りると、3回は列車が通り過ぎます。空かずの踏切状態です。
 
 

 春日部市では、連続立体交差を求める声があがっているようです。

 店に「どよじょうあります」と書かれているのに驚きました。

 

 八百屋に「どじょう」です。川魚を食べる文化が薄い北海道に育った私には、こうした張り紙も驚きの対象です。

 春日部市藤塚では、本当に藤棚が有りました。

 

 花の時期には、素敵なことでしょう。

 真家弓具という店が有りました。

 

 武道具店はかなりあると思いますが、弓が専門というのは珍しいのでは、と思います。

 「春日部やきそば」というのがあるのを知りました。

 

 麺類大好きな私です。「春日部やきそば」の幟を見つけることができれば、味わったことでしょう。時間も無く、店を見つけることができなかったので、この日の夕食は「松屋のカレー」でした。
 春日部やきそばは、春日部市の花である藤をイメージした「しそふりかけ」をトッビングしたあんかけやきそばだそうです。

 
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