モウズイカの裏庭2

秋田在・リタイア老人の花と山歩きの記録です。

雪形の精いろいろ(イワイチョウ、コシジオウレン、ヒメクワガタなど)

2022年02月16日 | 高山植物

高山の雪渓や雪田の近くでは、雪の生まれ変わりのような可憐な花たちが咲いている。
次の写真はそのひとつ、コシジオウレン(ミツバノバイカオウレン)。

2020/07/17 コシジオウレン。鳥海山にて。



フィールド百科 山の花3(大場達之、木原浩・著、山と渓谷社・発行)



この本は昭和時代の終わり頃、山と渓谷社から発行されたものだが、

当時では(現在でも)珍しく、植物図鑑と言うよりも植物の生きざま、生態に重きを置いた本で、
当時の私はおおいに感動したものだった。

その中に、雪渓や雪田の植生に関して触れた一節があったので、いささか長文だが、そのまま引用させて頂く。

『雪形の精たち<ハイマツ帯以上>
酷暑の都会を脱出して、一万尺の山稜に辿り着くと、残雪の白さとそのまわりの鮮緑とのコントラストが目に痛いほどである。
視界を遮った針葉高木林や低木林ははるか下方に去り、雪田をよぎって吹き上げる涼風が、ハイマツを撫で、
ハクサンコザクラの赤花の刺繍がほどこされた緑の園を、わずかにそよがせるだけである。
空は格別に広い。
本州中央部や東北地方の日本海寄りの山地は、冬の積雪量が多すぎるために針葉高木林の発達が悪く、
替わりに夏緑低木林や湿原が顕著になることは既に述べた。
また針葉樹林帯では、北や東に向いた斜面はどこでも積雪量が多く、

雪崩斜面や広い雪田をつくり、その作用が植生の発達に大きな影響を与える。
では亜高山帯上部の針葉樹林帯と、さらに高所に見られる雪田周辺の植生はどうなるか。
雪田の中にあっても、凸状の部分や急な斜面は、雪が消えたあと乾きやすい。
また土が雪解け水と一緒に流出したり、雨にたたかれて失われやすい。
こうしたところには、雪解けと同時に光合成を開始できる常緑の小低木のアオノツガザクラやジムカデ、
常緑草本のコイワカガミなどが
乾きに負けずに群落をなし、短い夏を謳歌する。

雪田底の凹地は、これとは逆に絶えず有機物が流れ集まってくるし、
いつまでも冷たい雪解け水に潤されることが多いので、

泥炭に似た黒っぽいよく肥えた粘質土に富むところになる。
ここにはハクサンオオバコやハクサンコザクラなど、根茎にしっかりと養分を蓄え、
雪解けと同時に爆発的に広い葉を広げて光合成を開始し、花を咲かせる夏緑性の草が生える。
この群落には、多雪山地の湿原に数多いイワイチョウなども入り込む。
常緑の小低木と夏緑性の広葉草本のコンビ、これが高山の雪田跡地の植物群落の特色である。
毎年、9月近くまで雪の残る真の雪田底には、もはや密集した草はらはできず、
岩隙にクモマグサやミヤマタネツケバナが点在するだけである。

このような群落は、上記ふたつの雪田の群落とは性格が違い、むしろ崩壊地の植物に縁が近く、
厳しい自然条件の打ち重なる高山でも、
最上級の"極地"である。』

以上、名文であり、優れた解説だと思う。


2021/07/31 鳥海山心字雪渓



2018/06/16 ヒナザクラ。笊森山にて。                2020/06/22 チングルマとイワカガミ。月山にて。
 



東北地方の高山では、雪渓や雪田が融けたあとには、ヒナザクラやチングルマがよく群生し、

みごとなお花畑を作っている。これらについては既にそれぞれの頁で紹介済みである。
 ⇒ 「 雪の子・ヒナザクラ・・・」  「チングルマ三昧

雪渓や雪田にまつわる植物の種類は多い。
今回はこの二種以外の植物について、東北の高山の状況を語ってみようと思う。

2018/06/10 鳥海山長坂道稜線から鳥海山本体を望む。



イワイチョウは亜高山帯の湿地でよく見かける。個体数が多い割に花付きは良くない。

「イチョウ」とは秋の黄葉を銀杏の葉に見立てたものか。「イワ」と言うよりも、「ミズ」イチョウと呼びたいくらいだ。

2020/07/17 イワイチョウの密な群生。鳥海山にて。



2018/06/10 イワイチョウの花。鳥海山にて。



2018/06/10 イワイチョウの花をアップで。              
2021/09/29 イワイチョウの草紅葉
 



焼石岳では山頂近くの雪田跡にワタスゲが群生していた。
これも遠目には雪の子のように見える。

2017/07/14 ワタスゲの群生。焼石岳にて。



地味な花だが、ハクサンオオバコヒメイワショウブ
なお高山の登山道や山頂の広場など人がよく踏みつける場所には、下界と同様、ただのオオバコが多い。
ハクサンオオバコは雪田の周辺など湿り気の有る場所に限定的に生育する。

2020/07/17 ハクサンオオバコ。鳥海山にて。               2020/06/22 ヒメイワショウブ。月山にて。
 



コシジオウレン(ミツバノバイカオウレン)を再度。

この花は個人的には、森吉山、鳥海山、月山、以東岳で見たが、奥羽脊梁山地ではまだ見ていない。
日本海側高山に特異的な種類のようだ。
なお近隣の笹薮や樹林下では別種のミツバオウレンがよく見られる(が混生はしない)。

前出の「フィールド百科 山の花3」では、ミツバオウレンとは違う系統で、
ゴカヨウオウレン(バイカオウレン)(福島以西の本州、四国に分布)から分化した種ではないかとの記載。
次のショウジョウバカマと並び、雪田の跡地で最も早く咲く花ではないかと思う。

2018/06/10 コシジオウレン。鳥海山にて。



2014/08/02 コシジオウレン。月山にて。               2021/06/30 ショウジョウバカマ。月山にて。
 



ショウジョウバカマは東北では低地から亜高山帯まで広範囲に生育している。

特に月山では2000m近い山頂部でも見かけた。
下写真では、コシジオウレン、イワカガミ、イワイチョウと混生していた。

2020/06/22 ショウジョウバカマ。月山にて。



雪田あと地でよく見かける花を三種。

2021/09/03 ミヤマリンドウ。鳥海山にて。               2014/08/24 ニガナの一種。鳥海山にて。
 



2014/08/24 ニガナの一種をアップで。鳥海山にて。



この乳白色のニガナは、鳥海山や月山の雪田付近で見かけるが、種名はまだよくわからないままだ。

ウサギギクは月山では雪の少ない風衝草原に多いが、鳥海山や八幡平方面では何故か雪田跡地でよく見かける。

山によって生育地に少し幅があるようだ。

2020/08/18 ウサギギク。鳥海山にて。



鳥海山の南面、心字雪渓は遅くまで残る。
2020年9月に行ったところ、薊坂付近にはまだ残りがあった。

2020/09/07 鳥海山(滝の小屋ルート)薊坂付近。



消えたばかりの岩の斜面で見たのは、まずはアオノツガザクラ。

これは「フィールド百科 山の花3」にも書いてあったように雪田跡地必須の常緑小低木だが、
左下の地味な草花は何だろう。

2020/09/07 アオノツガザクラ。鳥海山薊坂付近にて。



それはヒメクワガタだった。
本州日本海側の高山に分布するクワガタソウ属 Veronica の一種で鳥海山では30年前に一度見たきりだった。




2020/09/07 ヒメクワガタ。鳥海山薊坂付近にて。



今回、薊坂付近の岩場でヒメクワガタの大群に出会い、驚いてしまった。

地味な花だが、これも雪形の精のひとつだ。しかしこんなに遅くなってから開花するとはいったい!!
鳥海山の山頂部は十月には冠雪すると言うのに・・・
この植物は雪形の精であると同時に、新雪の先触れかもしれない。

以上。


コメント (3)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 雪の子・ヒナザクラ(他にヒ... | トップ | コバイケイソウとアオヤギソウ »

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
モウズイカさんへ (nemobaba)
2022-02-16 18:03:06
はい、👆の場所へ入らせていただきました。簡単に・・ありがとうございます。
最初に出会った時の感動は私と全く同じでした。
私は忙しい職場に入って3年目、なかなかとれない休みや夜勤と夜勤の間の時間を主に日帰りが可能な八ヶ岳を歩き回っていました。
ですから覚えたのは八ヶ岳の花からでした。
返信する
nemobabaさんへ。 (モウズイカ)
2022-02-16 15:27:34
コメントありがとうございます。
>どんな文学書よりも山の本は大切です。
同感です。
カラー「山の花」(本文のフィールド百科「山の花1,2,3」とは別)には私も大変お世話になりました。
高山植物に関する初期の知識は全てこの本と続編の2から仕入れました。
今も手持ちがありますが、これは20年前、神田の古書店で買ったものです。
以前、この本に触れた頁を作っておりました。
可能でしたら、ご覧頂き、ご一笑下さい。
⇒ http://www.mouzuika.com/saoi1105.html
「日本の高山植物」「日本の野草」は、社会人になってから購入、ボロボロですが、
いまだに現役で活躍中です。
現在、連載中の高山植物シリーズはこの書籍をベースにし、
新しい情報については、改訂新版・日本の野生植物(平凡社)や
ネット(ウィキペディアなど)で仕入れて付加しております。
不備な点も多々あろうかと思いますが、引き続きよろしくお願い致します。
返信する
モウズイカさん、こんにちわ! (nemobaba)
2022-02-16 11:34:56
今日も山の花の話、たのしみました。
「山の花」の本の話で、思い出したことがありましたので少しお話させてください。
山渓からカラーCOLOR「山の花」が出版された時、飛びついて買いました。それは昭41年7月1日の2刷でした。翌年「山の花」第2集は42年5月1日に初版として出されました。その2冊の丁寧な解説は、うれしい本で繰り返し読みました。
第1集を山に持ち歩いていましたが、ある時雨に濡らしてしまい、乾燥がうまくいかず、くっついてしまいました。悲しがっていたところ、何年か後に古本屋でそのままのものが見つかり大喜びでした。
でも、以後山へはこの本を持ち歩かないようにしました。
今、よく使っているのが、山渓・1988年9月1日発行の「日本の高山植物」「日本の野草」を山友から譲り受けました。これらは分厚い物で、とても持ち歩きはできませんが、茶の間のテーブルでよく開いています。
どんな文学書よりも山の本は大切です。
返信する

コメントを投稿

高山植物」カテゴリの最新記事