モウズイカの裏庭2

秋田在・リタイア老人の花と山歩きの記録です。

初めての久保田城(2016年12月12日)

2021-12-14 | 街並みと建物

古い話で恐縮。たまには、いや初めてかな。お城の話題を。




2016年12月12日は秋田市のシンボル、千秋公園(久保田城)の深部に入り込んでみた。
何を今更、千秋公園などを・・・と言われるかもしれないが、
 (´π`;)ワタシは秋田市に40年以上も住んでいながら、これまで千秋公園の中をまともに見たことが無かった。
公園での花見は40年近く前に一度だけ、他は植木市や昼竿灯で公園入り口の中土橋を掠めたくらいか。

11月末、会社をリタイアしてまもなく差し歯が取れたので、
千秋公園のすぐ近くに有るかかりつけの歯科医院に行ったら、

歯の土台から治療が必要とのことで、数回、通院することになった。
最後の通院日、「そういえば久保田城の中ってまだ見たことが無かったな。
今日を逃せば、この先、しばらく街中に来ることは無いし・・・。」

なので、この日、思い切って訪ねてみることにした。




久保田城表門(一の門)






昔はこういった門には警護の侍が居て厳しく検問されたようだ。
水のみ百姓だった (´π`;)ワタシの祖先などは一生くぐることはなかっただろう。
立派な表門をくぐると、奥の方に立っていたのは、第12代秋田藩主・佐竹義堯公の銅像だった。




 


立派なお顔立ちだ。今の殿様(佐竹知事)とは似てないような、いや、やはり似てるかな。

秋田市のホームページによると、
第12代秋田藩主佐竹義堯(文政8年(1825年)~明治17年(1884年))は、近代秋田を築いた最後の藩主であり、
戊辰戦争では、新政府方に属して戦いました。明治維新の激動期を生きた象徴的な人物です。
この銅像は、大正4年、義堯公の徳をしのぶ戊辰勤王記念銅像建設委員会によって本丸に建立されました。
しかし、太平洋戦争により、昭和19年(1944年)に解体撤去され、台座だけが残っていました。
その後、昭和28年に佐竹家から銅像が寄贈されましたが、市民から「小さな銅像は寂しい。ぜひ復元を。」
との声が多く寄せられ、平成元年、戦前のものと同じ大きさで復元されました。
とあった。

次いで、久保田城御隅櫓(おすみやぐら)へ。

 


いつもは千秋トンネルの上に建ってるのを運転しながらチラッと眺めているだけの存在だが、
今日は初めて間近から見上げてみた。




なお今日は休館中なので中に入れなかった。

解説によると、昔は武器庫で、元々は2階建てだった。
一見、天守閣のように見えるが、これは復元にあたって観光用に展望室を加えたから。
このことを (´π`;)ワタシは今日初めて知った。

御隅櫓の近くから秋田市の市街地を眺めると・・・




北北西側が割と開けている。はるか遠くに見える白いお山は男鹿の寒風山。







再び、佐竹義堯公の銅像の前を通り、帰途につく。







これは公園の中にある池の表面。茶色いのは枯れた水草。







格別の感慨も、これといった収穫も無く、久保田城を下りた。
やはり (´π`;)ワタシは城跡よりも山を歩いてる方が愉しい。


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能代の金勇に寄ってみた。(2017年4月2日)

2021-03-19 | 街並みと建物

(本頁は「大間越にフクジュソウを訪ねて。」の続きです。)

大間越の帰り、珍しく能代の街中を通り過ぎる(いつもは郊外の広域農道を走るので市内には立ち入らない)
能代では家人の希望もあり、旧料亭・金勇(かねゆう)に寄ってみた。
ここは勤め人時代、一二回、通り過ぎることはあったが、中に入ったことはなかった。

金勇、二階の大広間



なお金勇の駐車場は狭いので、近所にあるイ〇ン立体駐車場をお借りする。
そこからは金勇の他、白神山地の山並みも見えた。

能代市から見た白神山地。能代病院の奥が白神岳(1235m)、
その右の白い立派な山が向白神岳(1250m)。左の海に近いピークは大鉢流山(626m)。



イ〇ン立体駐車場から見た金勇



ウィキペディアによると・・・ 

金勇(かねゆう)は能代市中心部の柳町に所在する。1890年(明治23年)に料亭として創業され、
1937年(昭和12年)に本館が現在の建物に建て替えられた。

天然秋田杉などを豊富に使用した建物は、木都として栄えた能代市を代表する歴史的木造建築物として評価され、
2000年(平成10年)10月に国の登録有形文化財に登録された。
長く市民の商談や会合の場として使用されてきたが、2008年(平成20年)8月に諸事情により料亭は廃業した。
その後建物の保存を求める動きが高まったことに加え、
経営者の「今後も何らかの形で市民に利用してほしい」という意向もあり

2009年(平成21年)3月に建物と敷地が能代市に寄贈された。
その後は試験的な無料公開が行われているほか、茶会や展示会などのイベント会場として利用されている。
また一部の広間は有料での貸し出しも開始されている。

もっと詳細はこちら

玄関付近の様子。
 


一階のハイライト、満月の間。






満月の間から庭園を望む。




能代七夕・天空の不夜城の模型                                                                
こんなイベントも有るようだ。
 


「吉野の間」


こんなところで飲食したら、越後屋と悪代官の気分に浸れそう。
なおホームページによると、豪華弁当をテイクアウトで取り寄せられるようだ(お酒はわからない)。


一階の廊下。継ぎ目のない特注の上敷が敷かれていた。          二階の縁側。凄く広い。個人的には特に気に入った場所。
 



二階の大広間。

広さは110畳。舞台廊下を合わせるとなんと159.5畳。
側面に壁がなく小屋組みにはトラス構造が用いられ、洋風建築の技術が取り入れられているとのこと。




二階の縁側は春の光が眩しかった。                     
二階の縁側から見た庭園。 
 








帰り道、生垣の間から金勇の南側、全容が見えた。凄い建物だと思った。




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早春の北陸旅行・富山シティ編(2017/03/06,07)

2021-03-07 | 街並みと建物

(本頁は「早春の北陸旅行・白川郷編」の続きです。)

白川郷の後は再度、高速バスに乗り、富山市まで移動。
二日目(3月6日)の宿は富山駅向かいのでかいホテルだった。
ワタシのような山好きは窓から見える標高差3000mの北アルプス・剣立山連峰の大観を大いに期待していたのだが・・・




残念ながら、ご覧の通り雲がかかってしまい、(T_T)何も見えん。




かろうじて北陸新幹線が見える程度。
 



富山市では路面電車が健在だった。面白いことにJR駅舎から垂直方向(南)に出入りしていた。

(´π`;)ワタシは撮りテツではないが、思わず撮ってしまった( 乗ってもみた)。










三日目(3月7日)は朝から雨や雪の降るあいにくの天気だった。
帰りの新幹線まで少し時間があるので、富山市内のどこかでヒマつぶし、いや観光しなければならないが、
ひどい天気だったので室内で楽しめるスポットをあたってみた。
いろいろ迷ったあげく、近くに有名なラーメン屋がある富山市ガラス美術館という処に行ってみた。
この建物は有名な建築家、隈研吾氏の設計で、図書館としての機能もあり、素晴らしい建物だった
(一昨日行った21世紀美術館とは違い、家内もご機嫌良好)。

富山市ガラス美術館 






美術品はガラス製に限らず、見る目も知識も無いものだからその良し悪しもわからなかった。

一応、常設展の「グラス・アート・ガーデン」から三枚(いずれも撮影可の展示品)。
現代ガラス美術作家の巨匠デイル・チフーリの作品とのこと。 




 


今回の小旅行、最後のグルメは有名な富山ブラックラーメン(&ます寿司)と決めていた。

実は (´π`;)ワタシ、昨年二月からラーメンはドクターストップがかかっており、
ほとんどマッタクと言っていいほど食べていない(それまでは週平均4食)。
年に一度くらい、しかも一生に一度の卒業旅行の時くらいはいいだろうと勝手に解釈、食べちゃった。
お店は先のガラス美術館と小路を挟んで対面する「西町大喜」という老舗、
何やら富山ブラックラーメン発祥の聖地?のようだ。

西町大喜の店内
 


かまやつひろし氏の色紙が張ってあった。(T_T)合掌。              かきまぜる前のラーメン
 

富山ブラックラーメン(少しかきまぜた後) 



食べてみたら、とっ( ̄π ̄;とにかくしょっぱかった。

チャーシューやシナ竹にもしっかり塩分が浸みこんでおり、真っ黒なスープに至っては啜ることさえ
ためらうほどのしょっぱさだった(レンゲを置いてなかった理由がわかった)。
しかし (´π`;)美味かった。


さていよいよ秋田に帰る。
帰りの北陸新幹線は「はくたか」。車両は「かがやき」と同じで何が違うのか。
ワタシにはよく分らんが、停車駅の数が少し多いだけの違いだろうか。



 

帰りの新幹線の車窓は富山、新潟県内は雪なので何も見えなかった。
長野から先も曇りで山も見えなかったが、高崎付近で北の方に白いお山が。 
上州武尊山のようだ。

 



大宮でこまちに乗り換え、一路、秋田へ。




こまちも含め新幹線、電車に乗るのは(2021年3月時点では)この時が最後?
翌日、横手実家に顔を出す。母にお土産のマスずしを渡す。そしたら・・・

(この後は愚痴、身内の恥なのでどうかスルーして下さい)

急に顔色が変わった。
(`◇´)「年寄りをひとり置いて、お前らばかり遊んで歩くとは何事か!!」
と言ったニュアンスの怒号罵声を延々と浴びる。

この頃の母は認知症の症状が進んでおり、もはや前日や数日前のことは全く覚えていない。
食事や服薬もすぐ忘れる。そして突然、激昂する。

よって卒業旅行に行くとしても遠方、長期間は無理という状況をご理解頂けただろうか。
なので、今回は近場でパパっと済ませて来たのだが、僅か三日間でもこの有様だった。

なおこのような症状は日を追ってひどくなる一方だった。
秋田(自宅)と横手(実家)を往復する遠距離介護がこの先しばらく(2019年夏頃まで)続く。
母を施設に預け、落ち着くようになったら、
今度は2020年から世界的なコロナ禍。リタイアしても海外や長期間の旅行は無理だと(-_-;)諦め気分。


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早春の白川郷(2017/03/06)

2021-03-06 | 街並みと建物

(本頁は「早春の北陸旅行・金沢タウン」の続きです。)

今回の旅行は季節的にも、本来私が行きたい筋の山岳観光地(例えば白山や立山、黒部など)
に寄ることは難しいものがあった。

それでも山の香りのする処をナントカ一箇所は掠めてみたいと思い、白川郷を強引に組み入れてみた。





そこは凄い山奥で豪雪地帯、しかも岐阜県だが、金沢からは比較的近く、
金沢駅からバスに乗れば僅か一時間少々で行ける。

こんなに近いのは立派な高速道路が走っているおかげ。
時間的には秋田市から田沢湖に行くくらいの感覚だろうか。見逃す手はない。

金沢駅のバス発着場
 



袴腰山というのだろうか。標高1500mくらいの山脈の下をくぐる長い長いトンネルを越えると

そこは別世界、秘境としか言いようの無い山里だった。
秋田は自然がとても豊かだが、こんなに深い山里は無い。時間が有れば五箇山にも降りたかった。

 



一時間と少しで白川郷(荻町集落)に到着。




すぐさまシャトルバスに乗り換え、集落を俯瞰できる台地(荻町城址展望台)まで上がる。

城址展望台から荻町集落を俯瞰すると・・・。
 

荻町集落





 

集落の奥に見える白いお山が気にかかるので、写真を少しでかくしてみる。
高曇りの天気なので空も真っ白でメリハリはイマイチだったが、一応、山頂まで見えていた。
 

三方崩山(2059m)だろうか。




三方崩山の右奥にある白いお山。これは白山(2702m) でいいのかな。







展望台からは10分くらい歩けば、集落中心地に降りられる。
そこには合掌造りと呼ばれる独特の家屋が立ち並んでいる。







折角来たのだからと合掌造り住居の内部を一箇所だけ見学してみた。
「神田家」という由緒あるお屋敷。



 

神田家の玄関                                 玄関の石畳 
 



床の間
 



「おえ(居間)」のど真ん中にある立派な囲炉裏。


 

中二階、根曲がりの梁


 

火見窓                                                                                                               ネコのおうち
 



中二階にある火見窓から下を覗くと、
「おえ」の中心に有る囲炉裏がこのでかい家屋の全ての熱源になっているのかと感心。

何やらこの囲炉裏が宮崎映画の「ハウルの動く城」に出て来る火の悪魔カルシファーのように見えて来ました。

蚕だな
 



二階の様子
 



神田家二階から北側を望む。
高台の上にある建物が展望台。




 


バス停に戻る。インバウンドの皆さんが多くなった。

  



次は「富山シティ」。


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早春の北陸旅行・金沢タウン編(2017/03/05)

2021-03-05 | 街並みと建物

(2017年)3月上旬、北陸方面に行って来た。
ちょっと愚痴めいた独り言を・・・

今回の旅行は旧勤務先から退職祝いに旅行券をプレゼントされたもので、

巷ではこういうのを「卒業旅行」と呼んでいるようだ。

出来れば旅行券に自腹を加え、豪勢に海外の世界遺産とか長期間の旅行を・・・と思ったのだが、
海外旅行に関心が無かったのでいつの間にかパスポートは失効しており、
更に当時の深刻な家庭事情もあり、それは無理だった。
また旧勤務先からは優待するから四国某所に立ち寄って・・・とのお誘いも有ったが、
個人的には(現役社員時代、出張研修で)四国には何十度も行っており、碌な思いをしていない。
特に2003年は二ヶ月間もの長きにわたって幽閉された(そのおかげで関西は少し旅行できた。例えばこちらなど)。
従って、(`◇´)今更、四国へ寄るつもりは毛頭無い。

今回は家内が希望していた北陸金沢を軸に都市型?の旅行を組み立ててみた。

花やガーデニング、山など私自身の趣味嗜好にはマッタク関係のない旅行になったが、
今回は私の勤め先への愚痴を長年にわたって聞いてくれた家内へのねぎらい旅行としよう。

まずは新幹線『こまち』で大宮駅まで。
そこから先はワタシや家内にとってはほぼ新天地、北陸新幹線『かがやき』に乗り換える。




かがやきの座席は五列、フル規格新幹線だった( (´π`;)こまちは四列)。




天気はあまり芳しくなかった。
期待していた車窓の眺め、特に白いお山はほとんど見えなかったが、
浅間山だけは何故かよく見えた。

軽井沢付近から浅間山。



今まで自分が見た浅間山としては最も噴煙が多いように感じた。 

長野を過ぎてからも山は見えたが、うまく撮れなかったので省略。
北陸(日本海側)に入ったら、山は完全に雲に隠れてしまい、さっぱり見えなくなった。 
これは富山付近から。 

 


ぼんやり見えるのは、立山連峰の下の方だろうか。

金沢の駅前は思っていたよりも立派だった。

さすが百万石都市の玄関。

金沢駅兼六園口にて。
 
                                         金沢駅兼六園口のデジタル水時計


金沢駅兼六園口の「鼓門」と「もてなしドーム」を振り返る。


 


すぐさま近江市場に移動し、少し遅めの昼飯を。

本ブログでは『グルメ』系写真は原則御法度にしているので、昼飯写真は省略。

 (´π`;)食足りて礼節を知る。その後は名勝・兼六園を見学。

兼六園入口から見た金沢城石川門 



兼六園・ことじ灯篭 




雪吊り
 



翠滝(みどりたき)と海石塔(かいせきとう) 



瓢池の眺め
 


夕顔亭 



園内や尾山神社では早くも梅が咲いていた。

兼六園の梅花                               尾山神社神門。国指定重要文化財だそうだ。
 



尾山神社の梅花。
 



梅花よりも団子スイーツ。

それを食べ終わったら、隣接する金沢21世紀美術館へ。 

金沢名物?金箔アイス                           金沢21世紀美術館のスイミングプール 
 



カラー・アクティビティ・ハウス 







初日のお宿は金沢茶屋。 




ここでもグルメ三昧。その後もグルメ(?)は続き、
帰宅したら
( ̄π ̄;体重が3キロ増えていた(が、僅か一日で3キロ減量に成功)。 

次は「白川郷」へ。


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