「ずば抜けている」の「ずば」とは何か?
「ずば」だけで一つの言葉なのか?
それとも、「ず」と「ば」なのか?
似た響きの言葉に、「図抜けている」というのがある。
実は「ずば抜けている」と「図抜けている」は同じ意味。
数あるものの中で突出している様子、際立っている、並外れているさま。群を抜いているさま。
でも、幹事は「頭」じゃなくて、「図」なのね。
「図抜けている」はその響き、音だけで、頭一つ抜けている、頭(ず)抜けている、という意味だと思っていたのです。
では、「ずば」は「図」に「ば」がついたのか?
実は、「ずば」だけでひとつの言葉。
語源はいくつかあるようです。
「ずば」だけでの意味は、一つ、物が器にいっぱいになっているさま。二つ、ためらわないで物事を行なうさま。ほかにも、「ずばと」突然に・躊躇わず、という意味も。
さらに、「ずわと」(「づはと」とも表記)で、突然に、または、ためらわずに物事を行うさま。また、刀をさっと抜くさま、矢の突き立つさまを表す語。
元々は「すべ」で、全部の意味の「すべ」の変形で、「ずば」というのも、諸説のひとつ。
「ズバッ」という擬音語、擬態語は、これらの意味も内包している。
似た響きの「ずばり」も同じ語源とされていた。
諸説ありあり。
どれでもであってよい。
結局、ズバッと解決出来てない!
さて、ちょいと戻って「図抜けている」の「図」ってなんだ?
この「図」は接頭語だそうで、どうやら、この漢字、当て字みたいです。
だから、「ず」でもよいし、だから、「頭」でもよい。
そう、だから、「頭抜けている」と書いても間違いではないんだと。
「ず」だけで、普通の程度を越えていて驚くべき状態であることを表わす、んだとさ。
「ず太い」の「ず」も同じ。
ちなみに、これと似た響きの「図に乗る」の「図」は、仏教の法会などで僧が唱える声楽『声明(しょうみょう)』の転調のこと。この転調は難しかったため、この転調をうまくできることを「図に乗る」と言ったそう。そこから、調子に乗ることを「図に乗る」と言うようになって、のちに「つけあがる」という意味に変化したそうですよ。
あぁ、だから、言葉っていろいろ変わってしまうので、「今はここ」って感じだし、語源も諸説うんぬんいろいろありけりで、なかなか、ズバッと図には乗らせてはもらえないようです。