福石忠
恩格貝は8年ぶりの7回目です。成田で三島緑の会の岩達、山村両氏から長年沙漠緑化に尽力した小島さんの死を知らされ残念に思う。
恩格貝賓館は北京政府要人の滞在で、我々は予定を変更、初日達ラ特旗、2日目、遠山先生のお墓参拝、チンギスハン陵見学後オルドスに宿泊、3日目の夕刻に夕方になってようやく賓館に入れた。
要人は誰で何の目的で賓館に宿泊したのか、誰に聞いても分からなかった。賓館到着直後、同室の元NTT勤務の岡田さんと一緒に池を通り緑塀を見学。8年前には緑塀の由来を記した石碑はなかった。
恩格貝に来る毎に塀の石にマジックで自分の名前を書いても次回には消えていて、名前を彫られることはないものと諦めていた。しかし、今回は彫られていて大変うれしかった。しかも、彫刻時のミスを思われる「福石志」というのもあって笑ってしまった。更に、今までに同行した人の名前を見つけて懐かしかった。
4日目の午前に和名“さいかち”というマメ科の樹木を参加者が各自1本植えた。既に穴を掘ってあって苗木を植えるだけになっていたが、苗木は3mほどあり重かった。2人がかりで穴まで苗木を運ぶ人もいた。
小生としては、少々物足りない植樹ではあるが、約80歳の推定年齢(小生推定)では仕方がない。
小生は地下足袋を履いていたので沙が入ることはなかったが、靴を脱いで沙を除去する人もいた。
午後は、かつての植樹地の見学。三島緑の会の森は枯れたポプラが多かった。枯れて倒れたポプラに自分の妻の名札がかかっているのを見て残念に思う。しかし、付近には低いながらも植物の緑があり、遠方に広がる沙地との比較で植樹の効果はあったのだと自らを慰めた。
賓館はエレベーターを新設、床もリニューアルされていた。バスで移動中の道路付近は樹木が益々増えている。
食事はいつもと同じく美味しい。白酒もおいしくたくさん飲んだ。
5日目に帰国。 我一定再来中国沙漠!!