棺桶の中の眉毛は太かった
コンドルみたいだ
帰ってから写真を一枚一枚
焦がしていった
確かに立派だ
なぜこれまでそのことに気付かなかったのか
気付くのにふた月ほどかかった
カメラ、車、タバコ
サングラス、髭、短い小指
擦り切れたネルシャツ、長い舌
血のつながりという神話はないし
つなげる手があるかもわからないまま
闇雲に言葉を投げつけ合った
花咲くことは稀で
互いに違う出口を探して
迷宮にあえぐ、ばかりで
ただときどき同じひとつの月を見た
同じひとつの月を見ていることを
ときどき互いに確かめた
きっと、言葉はゆっくり進む
その人の人生って
なんだったんだろう
って、思うの
それはあなたが考えることじゃないでしょ
きっと、いい人生だったよ
うん、そうだね
い、いや、そうじゃ
なくて
その人が私の
碇だったり
眼鏡だったり
雲だったりして
去っていった意味
並んで歩いていて
肘がぶつかったときの顔が
ふいにどこかのポケットから
転がり出てきた
スーパーで
隣に立っている男の人の顔を見た
まったく知らない
どの形にも馴染みがない
その人が私の中で
その人を顔、表情、手の形、背格好
体の、心の、動かし方
言葉の位置、その配置を表す曼荼羅
ひとつひとつ彫り出して
私の中のその人となるため
どれほど多くのものを必要としたか
それを思うと苦しくなる
病や死さえも食い尽くして
まるで私が産んだ赤ちゃんみたいに
まるで私が分離を知らない赤ちゃんみたいに
付き合いの長さでは足りなくて
棺桶の中の眉毛は太かった
もう何も言わないから
ひたいも撫でた
生きてるときには言えた
大嫌い
が言えない
生きてるから言えなかったこと
いまなら言える
私がわずかばかりでも
その人の季節を揺すった
その人にとっての意味は?
きっと口を開けたまま
私が口を閉じ、継ぐよ
あなたの愚かさ、痛さを
私が継いでいくよ
あなたが眼を閉じたから
私が眼を開くよ
私が私にとって私となるため
どれだけ多くを必要とするのか
他人の一生を食べ
身の内に育てまでして
私には生まれる前から私の定規がありました
まわりのものが歪んで見える
目覚めるほどに私も歪む
叫んでも声が出ない夢
私は私の定規を抜け出し
新しい混沌を泳いでいかなくてはいけない
だけどわからない
いろんな言葉を探してきたけど
いろんな答えを
複雑すぎてわからない
だからすべてに蓋をして
夢という閉じた輪の中にこもっている
こじあけたかったのかその人はそれを
ううん、そんなわけはない
それは私が作った物語で
でもフワフワしている手首をがっしりつかんで
真剣に生きたこと、ないんですか?
きみは一体何者なんですか?
一体何がしたいんですか?
大切なこと、なんですか?
見失わないでください
信じてますから
ついに答えられなかった
そう思うと
いつも顔は斜め四十五度上を向く
しずくが頬のカーブを描く
私の中の彼の何かが大きく未完成で
終わってはいけない
いない感触を忘れてはいけない
腿や手をえんぴつで突いて忘却と闘う
再生しすぎればテープが擦り切れて
声が変わってしまう
あたらしく生み出さなければ
皮膚がガサガサと毛羽立つ
こんな私を知ったら
彼はきっと泣くだろう
そう思って私も泣く
彼によって私が完成し
私によって彼が完成しますように
眼鏡だった
棺桶のひとは眼鏡をかけていなかった
知っているそのままの姿を見たかった
実家に見舞いに行ったら添い寝しよう
来なかった未来を思い浮かべながら眠る
肘がぶつかり笑顔がこぼれた
コンドルみたいだ
帰ってから写真を一枚一枚
焦がしていった
確かに立派だ
なぜこれまでそのことに気付かなかったのか
気付くのにふた月ほどかかった
カメラ、車、タバコ
サングラス、髭、短い小指
擦り切れたネルシャツ、長い舌
血のつながりという神話はないし
つなげる手があるかもわからないまま
闇雲に言葉を投げつけ合った
花咲くことは稀で
互いに違う出口を探して
迷宮にあえぐ、ばかりで
ただときどき同じひとつの月を見た
同じひとつの月を見ていることを
ときどき互いに確かめた
きっと、言葉はゆっくり進む
その人の人生って
なんだったんだろう
って、思うの
それはあなたが考えることじゃないでしょ
きっと、いい人生だったよ
うん、そうだね
い、いや、そうじゃ
なくて
その人が私の
碇だったり
眼鏡だったり
雲だったりして
去っていった意味
並んで歩いていて
肘がぶつかったときの顔が
ふいにどこかのポケットから
転がり出てきた
スーパーで
隣に立っている男の人の顔を見た
まったく知らない
どの形にも馴染みがない
その人が私の中で
その人を顔、表情、手の形、背格好
体の、心の、動かし方
言葉の位置、その配置を表す曼荼羅
ひとつひとつ彫り出して
私の中のその人となるため
どれほど多くのものを必要としたか
それを思うと苦しくなる
病や死さえも食い尽くして
まるで私が産んだ赤ちゃんみたいに
まるで私が分離を知らない赤ちゃんみたいに
付き合いの長さでは足りなくて
棺桶の中の眉毛は太かった
もう何も言わないから
ひたいも撫でた
生きてるときには言えた
大嫌い
が言えない
生きてるから言えなかったこと
いまなら言える
私がわずかばかりでも
その人の季節を揺すった
その人にとっての意味は?
きっと口を開けたまま
私が口を閉じ、継ぐよ
あなたの愚かさ、痛さを
私が継いでいくよ
あなたが眼を閉じたから
私が眼を開くよ
私が私にとって私となるため
どれだけ多くを必要とするのか
他人の一生を食べ
身の内に育てまでして
私には生まれる前から私の定規がありました
まわりのものが歪んで見える
目覚めるほどに私も歪む
叫んでも声が出ない夢
私は私の定規を抜け出し
新しい混沌を泳いでいかなくてはいけない
だけどわからない
いろんな言葉を探してきたけど
いろんな答えを
複雑すぎてわからない
だからすべてに蓋をして
夢という閉じた輪の中にこもっている
こじあけたかったのかその人はそれを
ううん、そんなわけはない
それは私が作った物語で
でもフワフワしている手首をがっしりつかんで
真剣に生きたこと、ないんですか?
きみは一体何者なんですか?
一体何がしたいんですか?
大切なこと、なんですか?
見失わないでください
信じてますから
ついに答えられなかった
そう思うと
いつも顔は斜め四十五度上を向く
しずくが頬のカーブを描く
私の中の彼の何かが大きく未完成で
終わってはいけない
いない感触を忘れてはいけない
腿や手をえんぴつで突いて忘却と闘う
再生しすぎればテープが擦り切れて
声が変わってしまう
あたらしく生み出さなければ
皮膚がガサガサと毛羽立つ
こんな私を知ったら
彼はきっと泣くだろう
そう思って私も泣く
彼によって私が完成し
私によって彼が完成しますように
眼鏡だった
棺桶のひとは眼鏡をかけていなかった
知っているそのままの姿を見たかった
実家に見舞いに行ったら添い寝しよう
来なかった未来を思い浮かべながら眠る
肘がぶつかり笑顔がこぼれた