詩と写真 *ミオ*

歩きながらちょっとした考えごとをするのが好きです。
日々に空いたポケットのような。そんな記録。

棺桶の中の眉毛は太かった

2015年11月23日 | 
棺桶の中の眉毛は太かった
コンドルみたいだ
帰ってから写真を一枚一枚
焦がしていった
確かに立派だ
なぜこれまでそのことに気付かなかったのか
気付くのにふた月ほどかかった

カメラ、車、タバコ
サングラス、髭、短い小指
擦り切れたネルシャツ、長い舌

血のつながりという神話はないし
つなげる手があるかもわからないまま
闇雲に言葉を投げつけ合った
花咲くことは稀で
互いに違う出口を探して
迷宮にあえぐ、ばかりで
ただときどき同じひとつの月を見た
同じひとつの月を見ていることを
ときどき互いに確かめた

きっと、言葉はゆっくり進む

その人の人生って
なんだったんだろう
って、思うの

それはあなたが考えることじゃないでしょ
きっと、いい人生だったよ

うん、そうだね
い、いや、そうじゃ
なくて

その人が私の
碇だったり
眼鏡だったり
雲だったりして
去っていった意味

並んで歩いていて
肘がぶつかったときの顔が
ふいにどこかのポケットから
転がり出てきた

スーパーで
隣に立っている男の人の顔を見た
まったく知らない
どの形にも馴染みがない

その人が私の中で
その人を顔、表情、手の形、背格好
体の、心の、動かし方
言葉の位置、その配置を表す曼荼羅
ひとつひとつ彫り出して
私の中のその人となるため
どれほど多くのものを必要としたか
それを思うと苦しくなる
病や死さえも食い尽くして
まるで私が産んだ赤ちゃんみたいに
まるで私が分離を知らない赤ちゃんみたいに

付き合いの長さでは足りなくて
棺桶の中の眉毛は太かった
もう何も言わないから
ひたいも撫でた
生きてるときには言えた
大嫌い
が言えない
生きてるから言えなかったこと
いまなら言える

私がわずかばかりでも
その人の季節を揺すった
その人にとっての意味は?
きっと口を開けたまま

私が口を閉じ、継ぐよ
あなたの愚かさ、痛さを
私が継いでいくよ
あなたが眼を閉じたから
私が眼を開くよ

私が私にとって私となるため
どれだけ多くを必要とするのか
他人の一生を食べ
身の内に育てまでして

私には生まれる前から私の定規がありました
まわりのものが歪んで見える
目覚めるほどに私も歪む
叫んでも声が出ない夢
私は私の定規を抜け出し
新しい混沌を泳いでいかなくてはいけない

だけどわからない
いろんな言葉を探してきたけど
いろんな答えを
複雑すぎてわからない
だからすべてに蓋をして
夢という閉じた輪の中にこもっている
こじあけたかったのかその人はそれを
ううん、そんなわけはない
それは私が作った物語で

でもフワフワしている手首をがっしりつかんで
真剣に生きたこと、ないんですか?
きみは一体何者なんですか?
一体何がしたいんですか?
大切なこと、なんですか?
見失わないでください
信じてますから

ついに答えられなかった
そう思うと
いつも顔は斜め四十五度上を向く
しずくが頬のカーブを描く

私の中の彼の何かが大きく未完成で
終わってはいけない
いない感触を忘れてはいけない
腿や手をえんぴつで突いて忘却と闘う
再生しすぎればテープが擦り切れて
声が変わってしまう
あたらしく生み出さなければ
皮膚がガサガサと毛羽立つ

こんな私を知ったら
彼はきっと泣くだろう
そう思って私も泣く

彼によって私が完成し
私によって彼が完成しますように

眼鏡だった
棺桶のひとは眼鏡をかけていなかった
知っているそのままの姿を見たかった
実家に見舞いに行ったら添い寝しよう
来なかった未来を思い浮かべながら眠る
肘がぶつかり笑顔がこぼれた
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近い日

2015年11月23日 | 
駅まで急ぐ
鞄の中では携帯電話が友人の夢を思い描いている
階段を駆け上がりホームで遅れて
私はそれを受信する
同心円から

NとSの夢を見た
友人からメッセージ
私もSの夢を見ていた前日に
でも私のところにNは来てくれなかったしSだって
他の人が会ったと聞き
まだ生きていることに気が付いて
今夜電話でゆっくり話せると喜んでいる
それだけの夢だった

電車のドアが開いて
降りる人と乗る人に紛れていく
彼女がピュアだから?
ウサギのような優しい茶色い目
小柄な身体で残酷な天使のように
歌う声で部屋をなびかせていた
小さな視野でNと、Sと、
他の誰かと、他の誰とも
下向きに話をする
父親が厳しかった
木のように芯は深く
噴水のように奔放で
のびあがって飛び散る興味の先々で
紙一枚挟まず夢中になる
頭がいいしかわいいし
だけど底には土を敷き詰めていて
じっとり湿っているから安心して
いっしょに根を生やしている
彼らも、私も

彼女と、私と
コンパスの狂い方は似ているのに
NとS私のところには来てくれなかった
真ん中でウロウロして
不純物が多いからか
こんな嫉妬も、あるのか

ボロいアパートで
いっしょにこたつに入ってた
二人はちょっと顔を見せただけで帰ったけど
話ができたことがうれしくて泣いたって彼女
夢の中で
まるでほんとうに
訪ねに来てくれたみたい
空から

三日ぶりに晴れた朝は明るくて
つり革につかまりながら
ぷるぷるしている街を眺める
夢見がちなビルの角にある窓は
二枚のガラスで光を濾過して
親密そうに見えない部屋の話をする

宙に浮いて
道路や郵便局をまたいで
光の街を駆ける電車の中で
外を眺める私の中を駆けていく
死んでしまった友だち
生きている友だち

なぜか暴力的にこみあげてくる涙を
無理矢理抑えつけると
地面から水を吸い上げるように
足の底からこみあげてくる
生きてるって、こういうこと
体いっぱいにひろがる
まぶしいような
透明な血液が勢いよく体中を駆け巡る

空は地に地は空に近付いて
放たれた光が
雲の周りを緑色に輝かせる
空にいる人と地にいる人が近付いて
無数の道が光り輝く
そんな日も、あるのかも

ああとびきり熱いコーヒー飲みたい
砂糖もミルクも入れずに
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悲しい知らせ

2015年11月23日 | 
古い歌が流れている
ときどき耳に入る
ときどき後ろや斜め前の
テーブルの会話も聞こえる
このテーブルはしんとしている
向かい合う二人の間に
遺影となった写真
ワインとビールのグラスを手に
相手のペースに合わせると
飲むのがどんどんゆっくりになった
語り合っていた視線がいつのまにかすれ違い
視線の先にある内側にふけっている

食べ残しの皿に乗ったフォークが鈍く光って
カーブと光沢の形と動きを見つめるうち
過ぎてしまった
という気持ちがふくらんで弾けた

こんな結末だったんだ
時間がめくれて裏返しになるような
頭が異様に大きくなっているような
ずっと何かを思い出さなければならない気がしていて
投げてきたフォークが夜の壁にぶつかって
帰ってきたような
遺影の人が投げてきた無数のフォークが
いまごろになって突き刺さってくるような
終わることによって覚醒した私であれば

いま、いましかない
過去は、過去を生きていた
だけど、いまがすべて
意味はすべて過去にあるのに
答えがいまにあって
すべてがいまにあるのに
それはもう失われてしまったものなんだ

いつだって、溺れているのに
いつだって、川べりを歩いている
そんな私もいつのまにか流れの中
全身いっぱいに何かを浴び
それは過ぎてしまったことだった
到達してみると十六年は
一瞬の枠に収まって
過ぎてしまったことだった
人生は傷口によって進み
気付きたかったことを
気付くことで喜ばせたかった人を失って気が付く

流れ去る言葉に避けたくなるほど
強く握りしめられたことは
テーブルの向こうの人に
また違った経験を折り畳んで
表面的には似ているかもしれない
でも層の異なる思いの繭の中に入っている人に
その繊細な網目を透して
ぼんやりと見えることでしかない
(私も相手にとってそうであるように)
開かずにひっそりと糸を紡ぐことで
眠りのように慰めのベッドを得ることもある

どれだけ人とすれ違ってもその人にだけは
もう決して出会えないとわかっている道を歩く
歩いていることがうわずみで
確かなことだと思う
生きるほどに
瞬間、鮮やかな色を放っても
きっと色褪せていく世界で
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