負けてらんにぇ ! みんなでなんとかすっぺ !!

南相馬市から新潟県三条市へ集団避難→同市内の雇用促進宅に→2015.2~同市内の戸建に転居 妻と二人暮らし。

ワビシイ歌 ・・・ 一服の良薬

2013-11-12 23:15:50 | 原発震災避難者


大遠足



来しかたも行方(ゆくえ)も知らずひとりきて

ひとり消えゆくうたかたの夢


ずいぶんワビシイ歌で

いつもこんなことばかり思っていたら 気がめいってしまいそうです。


しかし こういう感じ方も人間的な心情の一面であるし

このセチがらい俗世で ドサドサ バタバタ生きている身には

たまにはこういう想いにひたってみることも 一服の良薬と ・・・


そう思って ・・・ とりあげてみました。







シンパイ : 心くばり

2013-11-12 22:04:09 | 原発震災避難者


大遠足



心配性 といってよいような人がいます。

なにごとにつけ シンパイということを ・・・ じつによくあそばされる。

ひどいのになると

心配することが仕事みたいになっている人さえいます。


人間 この世に生きる以上 心配は避けられない心理ですが

さりとて それも ・・・ ていど問題です。

度がすぎると 実りがないだけでなくて

自分をも 周囲の人をも暗くすることにしか役に立ちません。


心配とは おおむね

心のなかでの主観的なグルグル廻りにすぎないものです。

思いのカラまわり ・・・ 本質的に そういうものがあるのです。


「 心配 」 という字は

音 ( オン ) で読めば シンパイですが

訓 ( クン ) で読むと 「 心くばり 」 となります。


心くばりなら ・・・ 大いにやるべきです。


心配という心のクセのついている人は

心配の気持にとりつかれたら すぐに ・・・

「 あ シンパイはいけない。心くばりだ 心くばりだ・・・ 」

と 呪文のように唱えることにしたらどうでしょう ?

コトバによる ・・・ 心の切りかえです。


心配をよくする人は 神経質な人です。

この神経質な人に共通する長所は 

・・・ 「 細かいことに気がつく 」 ことです。

だから こういう人たちが シンパイを心くばりに切りかえたら

・・・ 大変な創造力が発揮されるはずですね。







マスコミから遠ざかれ

2013-11-12 20:10:33 | 原発震災避難者


大遠足



現代人をイライラのセッカチにさせることに

マスコミが大いに役立っていると思われます。


マスコミにおいてニュースとは

たんなるニュースではなくて商品です。

売ろうとする心から 針小棒大の誇張を常習とし

いわゆるセンセーショナリズムでもって ・・・ 必要以上にさわぎたてます。

おまけに マスコミ的世論を押しつけてきます。


こういうものにとり囲まれていると

神経はピクピク トゲトゲしてくるし

自分自身の主体的な思想というものが失われてきます。

マスコミの壁のなかに閉じ込められて 自己を失うことになるのです。


一日でもよい 三日でもよい 一週間なら ・・・ いうことなし

この マスコミ(新聞 テレビ 週刊誌など)から

・・・ 遠ざかってみるといい。

禁酒・禁煙ならぬ ・・・ 「 禁マスコミ 」 です。


マスコミの暴力に対して

「 ごめんこうむる 」 とばかり ・・・ 開き直ってみるのです。


禁煙のときと同じで はじめはイライラして落ちつかないでしょう。

いわゆる禁断症状であって マスコミに中毒していることの証明です。


だが 一両日辛抱すると おおらかな世界が開けてくるでしょう。

自分というものが ドッシリしてくる ・・・ 腹がすわってくる

失われた自己の重心がよみがえってくる

・・・ そんな感じがするでしょう。


オーバーにいえば 原始人にも似たイノチのたくましさが

身の内からわきでてくるのを覚えるのです。


三日や 四日マスコミに触れなくたって

世のなかから遅れる心配はありません。


いちど ・・・ 試みてみたらいかがですか ?







大きい人間 ・・・ 人への迷惑

2013-11-12 09:30:14 | 原発震災避難者


大遠足



大きい人間はかならず ・・・ 小さなことをキチンとします。


とくに 人への迷惑ということには 細心の 「 心くばり 」 をします。

かりに 私生活ではズボラである ・・・ としてもです。

成功する人たちの ひとつの絶対の条件であろうと思います。



むかしの 「 ブルースの女王 」 淡谷のり子さんは

歌手になってから約60年間というもの

仕事のうえで約束の時間におくれたことは

一度たりともないそうです。


「 女王 」 になりえた理由がわかったように

・・・ 私は思ったことでした。



もっとスゴイ記録があります。


1966年 数え年94で亡くなられた

東大名誉教授というよりも 玄米食の唱導者として名が高く

その功によって文化勲章を受けられた ・・・

二木謙三医博は 60数年間というもの

大学の講義はもとより 出席を約した公私いかなる会合にも

無遅刻 無欠勤であったそうです。


このレコード ちょっと破れそうもありませんね。


心身ともに 生命力がとくべつに充実しているのでなくては

とてもできないことでしょう。


氏は 60をこえてから合気道をはじめ

六段になられた と聞きおよびます。


氏もまた ・・・ スーパーマンであったのですね。







小さくなった日本人 ・・・ 2.自覚と意志

2013-11-12 07:30:04 | 原発震災避難者


大遠足



さて なぜこのように ・・・ 人間が小さくなってきたのでしょうね ?



人間の 日本人の素質に変わりのあるはずがないのだから

してみると 文明の過度の発達 社会機構の複雑化などが

・・・ その主たる因なのでしょうか?


そうであるなら ・・・ これはまことにクヤシイ話です。

自分がつくった文明で 人間としての自分を小さくするなんて

・・・ こんなバカな話はありません。


素質まで小さくなったのなら諦めもつきますが

そうではないのだから ・・・ クヤシイ話だというのです。



どうしたらいいのでしょう ?

文明を捨てて 未開に戻ろうか ?


そんなこと できはしないし ・・・ する必要もありません。

要は ひとりひとりの自覚と意志だと思います。


自覚と意志さえあるなら

こういうゴミゴミとした あわただしい世に生きながら

自分を大きく保つこともできると思うのです。



天から授かった素質は フルに生かさなければなりません。

十の器 ( うつわ ) を天分として授かっているのに

現実の自分は ・・・ 五か 七でしかありえず

それで一生を終わったとしたら ・・・ まことにツマラヌこと

というより ・・・ モッタイナイこと

我を生かしめている天にたいして あいすまぬことというべきでしょうね。


授かった天分を生かしきることが

天意に添って自分を大きくすることです。

天分どおりに生ききった人は

きわめて少ないのであろう ・・・ と 私は思います。