負けてらんにぇ ! みんなでなんとかすっぺ !!

南相馬市から新潟県三条市へ集団避難→同市内の雇用促進宅に→2015.2~同市内の戸建に転居 妻と二人暮らし。

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よろこびを探す方法 ・・・ 3.気をとめて

2014-04-30 15:24:23 | 原発震災避難者






人間は我ままな生きものですから

不平のタネは容易に いくらでも探しだしますが

よろこび 楽しみ 感謝のタネは気がつきにくいものです。


しかし こちらのほうもまた探せば

無限といってよいほどに見つかるものです。



気をとめて見ればこそあれ武蔵野の

千草にまじる花のいろいろ


「 みればこそあれ 」 は

「 見ると ( 花のいろいろが ) ある 」 ということです。

「 気をとめて 」が大切で

「 なに気(げ)なく 」 見るのでは 見えるべきものが見えなくなります。


これと同じことで

よろこびや感謝のタネという花も 気をとめてよく探したら

いろいろなものがいくらでもあることが わかります。


気をつけないでボンヤリ暮らすから

草ボウボウの味気ない暮らしになってしまいます。

そして 心が不平の方向ばかりに向かうことになりますね。



・・・ まことに もったいないハナシです。






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よろこびを探す方法 ・・・ 2.タネを探す技術

2014-04-30 12:18:16 | 原発震災避難者






春は花夏は青葉に秋紅葉 ( もみじ )

冬は裸木(はだかぎ)美しきかな


この歌は 不平屋の心の姿勢とは逆に

楽しみやよろこびのタネを探す技術の一つの例を

四季おりおりの植物を材にとって教えています。


「 眼を楽しませてくれるもの 」 は年じゅう いつの季節にもあります。

それだけに心をおいて眺めていれば 常時生活は楽しいです。

心をその方向にむけることが 生きる知恵であるというのです。


心にそういうクセが完全についてしまえば ・・・

これはもう ・・・ 

達人の境地 幸福も悟りも 手中にあるわけですね。






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よろこびを探す方法 ・・・ 1.不平屋

2014-04-30 09:17:25 | 原発震災避難者






苦に敏感な人は いわゆる 「 不平屋 」 でもあるのでしょう。

「 ああ苦しい。イヤだ 」 と思うこと自体

ひとつの不平にほかならないからです。


不平屋は何につけても 不平のタネばかり探します。

そういうふうに心のクセがついています。

要するにワガママなのですが

そういう姿勢で万事をみれば

不平のタネは無限にころがっているものです。


たとえば 四季についてみても

春は 眠くて だるくて ボンヤリするからイヤだ。

夏は 暑いからイヤだ。

秋は わびしくてセンチになるからイヤだ。

冬は 寒いからキライ。


こんなふうに見るなら 年がら年中不愉快な季節ということになります。

楽しいときは ひとときたりともありえません。

日本を脱出してどの外国に住んだとて

快い季節はありえないでしょうね。



職場についても同じことで

外勤は 体をつかうし 人づきあいが多いからイヤだ。

内勤は 仕事がじみでウットウシイからイヤだ。


不平のタネを探せば こういうことになりかねません。


不平屋には

安住の地がありえない ・・・ ということです。






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牛のように ・・・ 小智忙々 大愚閑々

2014-04-30 06:15:07 | 原発震災避難者






じつにもって あわただしい世の中です。

こうこう世にもまれながら生きていますと

自分の心もまたあわただしくなり

なんとなく 「 先を急ぐ 」 気持にかりたてられます。


忙しいことはしかたありません。

ただ 体や頭をいかに忙しくつかっていても

心までがさわがしくなってはいけません。

心はつねにユッタリ 冷静水のごとし でなくてはなりますまい。


「 小智忙々 大愚閑々 」 といいます。

どうでもいいような枝葉末節のことに気や神経をつかうから

心がさわがしくなります。

バカになって 小さなことを切り捨ててしまえば

心は悠々閑々としてきます。


世の中の人たちが 奔馬のように走りまわっていても

自分は 牛のようにヨダレを

・・・ ヨダレは垂らさんほうがよろしいが

とにかく牛のようにゆっくり ノッシノッシと歩いていきましょう。


大切なのは 歩みの速さではなくて 怠らないことだと思います。



怠らずゆかば千里の外も見ん

牛の歩みのよし遅くとも


俗に 「 運 ・ 鈍 ・ 根 」 といいますが

そのうちの鈍と根を牛に象徴させています。

牛のように遅歩でいい ・・・ 根気と忍耐力さえあるなら

いつか運の加勢もある ・・・ ということでしょうね。






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出す ・・・ 4.汗をしぼり出す

2014-04-28 13:53:45 | 原発震災避難者






文明社会のひとつの大きな不幸は

汗を出すことがあまりにも少ないことです。

人にもよりますが

平均的にいえば 発汗量が極度に少ないのです。


むかし ( 機会文明以前の社会で ) は

働くこと 歩くこと すべて 汗を出すことに通じていました。


発汗は小便と同じく 老廃物を出して 捨てることです。

だから 大いに汗を出せばそれだけ 体も心もサワヤカになり

それだけ 気が発動してくるはずです。


思い悩むことの多い人は

ときどき 思いきって汗を出してみられるとよい。

スポーツなり 肉体労働なりでしぼるように汗を出し

・・・ クタクタに疲れてみるのです。

くだらない 「 思いわずらい 」 などは

  ・・・ 浮かびようがなくなるでしょうね。



体液を清めれば 頭も清まります。


発汗は 「 頭の掃除 」 法 ・・・ でもありうるわけです。







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出す ・・・ 3.息を吐ききる

2014-04-28 10:51:41 | 原発震災避難者






新鮮な酸素が不足すれば 生命機能にブレーキがかかり

頭の働きも鈍くなります。心も曇ります。


だから 深呼吸をときどきすることはよいことですが

たいていの人は そのやり方をまちがえています。


両手を広げ、胸を反らせ 天を仰いで大きく吸い

それから 前こごみになって吐く。

だれでもそうするのですが ・・・ それがオカシイ。


「 呼吸 」 という字のとおり

「 呼 」 が先 「 吐いて吸う 」 のが正しい順序。

だから 大げさに腕など使う必要などありません。


口をちょっと尖らすようにして

息をしずかに しずかに 細く ゆっくりと吐きます。

吐ききったら ・・・ その反動で ことさら吸おうとしなくても

新しい空気が自然に 急速に入ってきます。


だから 要は 「 吐ききる 」 ことだけをすればよいのです。

つまり 深呼吸ならぬ 「 深呼 」 だけで ・・・ じゅうぶんです。


このやり方だと 自然に腹式呼吸はできるし

無理のない精神統一法にもなります。

また 歩きながら 乗りもののなかで 仕事のさいちゅうに など

時と場所を選ばず いつ どこでも自由にできます。

ことさらの動作を必要としないからです。


「 深呼 」 が無意識の癖になるほどになれば

・・・ 生命力のヴォルテージが一段とあがることは必定です。






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出す ・・・ 2.精を出しきる

2014-04-27 22:21:38 | 原発震災避難者






「 ご精が出ますネ 」 と挨拶します。

何かあることにイッショケンメイにうちこみ

努力している姿にたいする賛辞であるともいえます。


精は ・・・ 精力 精気 精神 精魂 などの精で

「 まごころ ・ 気力 ・ たましい ・ 生命のもと ・ 神 」 などの意味も

辞書には載っています。


だから 「 精を出す 」 とは 肉体的に励むことはもちろんですが

それ以上に 心をうちこんでやることをいっているのでしょう。

つまり 気を出してことにあたるということです。

それが わが身の健康にもプラスするというのです。


努力なき身に健康なし ・・・ そう解釈することもできますね。


心身の精気を出し惜しんではなりません。

それは けっして尽きるものではないから。

いや 出せば出すほど 生命の奥から 新しいより強力な精気が

・・・ どんどん涌き出てくるものなのだから。


生命力の泉は井戸水に似ています。

掘り井戸の水をぜんぶかいだすと
 
新しい真清水が コンコンと涌き出てきます。

古い水をかいださなければ ・・・ 新しい水は湧いてきません。


人の精気も同じことで

出し惜しんでいては 新しい力は涌き出てきません。

それは自分の生命力に みずからブレーキをかけることで

したがって 健康にもブレーキがかかってしまいます。


「 精 」 を出せば出すほど 心身の健康を高めるわけで

それゆえ これが

有力な 「 出す 」 健康法のひとつであるといえるのです。


ちょっと気がつきにくい

それゆえ大切な健康法であるかと思われます。


精を出す対象は 仕事にかぎりません。

いろいろな人間関係 趣味 遊び なにごとでも

「 本気 」 になってやる ・・・ ということですね。






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出す ・・・ 1.ウンコを出しきる

2014-04-27 20:20:44 | 原発震災避難者






たかが便秘ぐらいと思うのは ・・・ 大まちがいです。


体外へ出して捨てるべき毒物 老廃物の一部を

いつまでも体内にかかえているわけですから

身体面はもとより 精神面にも有害であること ・・・ 当然です。


便秘というと聞こえはよい ( ? ) が

ありていにいえば ・・・ フンヅマリであって たいへん汚い話なのです。


フンヅマリでいて 気が晴れることはありえません。

便秘で 楽しい人生を送ることは不可能です。


排便は 日に一回 ( あるいはそれ以上 ) あることが正常ですが

毎日あるという人でも 完全に出しきっているとはかぎりません。

便秘気味の人は極力

通じをよくするための工夫をすべきでしょうね。


「 便秘は 出し惜しむ心の表れである 」 といわれ

精神分析学のフロイトさんも

「 便秘は ケチな心の表現である 」 といっているところをみると

「 超合理の理 」 ともいうべきものが 語られているのかもしれません。

( そういえば 便秘は男よりも はるかに女に多いようです )


ケチンボといっても 金銭や物質のことだけとはかぎりません。

出し惜しむ対象は ほかにもいろいろとありますね ・・・

愛情 努力 献身 ・・・ などなど。


仕事や人間関係に気を入れないのも

ひとつ大いなるケチというものにちがいありません。


「 骨惜しみ 」 とは

そのようなケチの心を表現した言葉なのでしょうね。






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出して入れる ・・・ 健康法の基本

2014-04-27 18:11:10 | 原発震災避難者






生きものはすべて

「 体のなかへ入れる 」 「 体から外へ出す 」

・・・ をくりかえしながら生きています。

飲食と排泄は ・・・ その一例です。


健康法というと とかく

「 入れる 」 ことばかりに心を傾ける傾向がありますね。


栄養の高いもの 精のつくものを食べる とか クスリを飲むとか。

そして 「 出す 」 方には心が向きません。


これは片手落ちというものです。


「 出す 」 方こそが むしろ重要なのです。

少なくとも 出す方が先です。


「 入れて出す 」 ではなくて 「 出して入れる 」 が正しいのです。


そして 「 出すべきものは ・・・ 出しきる 」 ことが

健康の基本 ・・・ その出発点となります。

出すべきものを ・・・ 出しきれば

入るべきものは 自然に入ってくるのです。

「 快便 」 があれば 「 快食 」 が それにともなうように。


「 出す 」 と 「 入れる 」 が正常に フル循環すれば

生命力は充実し 精神的にもたくましくなります。


気が弱い人 ノイローゼ傾向の人は

「 出す 」 にも 「 入れる 」 にも 異常や欠損があるはずですね。


「 出す 」 ことがじゅうぶんでないと

体が汚物 毒物をかかえて重くなります。

すると 心もまた汚れて重くなります。

心身とも ・・・ スッキリしないのです。






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身をまもる ・・・ 3.長生き

2014-04-26 17:53:14 | 原発震災避難者






福沢諭吉翁は

「 天寿を全うするは人の義務なり 」 と言っています。


「 長生きしたい 」 ではなくて

「 長生きしなくてはいけない

それが 自分を創ったもの ( 神 ) への務めだ 」 と言うのです。


「 誠の道ぞ人のゆく道 」 という その誠は

まず わが体に向けられなくてはならないようです。


日ごろ不節制をして 病気になると医者に頼る クスリに頼る

・・・ とても 「 身をまもる 」 姿勢ではありえませんね。






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身をまもる ・・・ 2.健康を保つ

2014-04-26 14:52:14 | 原発震災避難者






「 身をまもる 」 の第一歩 その基礎工事は

自分の健康を保つことです。


わが肉体のあつかいかたにも 倫理というものがあります。


このストレスの時代において
 
  完全なる健康をたもつことは夢物語かもしれませんが

周囲の人に迷惑をかけないていどの健康なら

自覚と努力によって だれでも身につけうると考えられます。

いや 「 身につけなくてはならない 」 のです。

それが ・・・ 「 道 」 です。


陽明学の祖 王陽明は

「 身を養うと徳を養うとはただこれ一大事 」 と言っています。

意訳すれば 「 不健康であることは徳が低いこと 」 という次第。


しかし

健康は 自己完成の要件なのですから

きびしすぎることを言っているわけではないでしょうね。






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身をまもる ・・・ 1.道

2014-04-26 11:51:35 | 原発震災避難者






思いみればこの身のほかに道はなし

身をまもるこそ道を知るなれ


「 身をまもる 」 の一語 ・・・ なかなか意味が深いと思います。

単なる保身というていどの意味であろうはずがありません。


道 道 ・・・ いくら探し あるいは論じてみたとて

この自分自身の外に ・・・ それがあろうはずはありません。


それをわが身に体現できてはじめて 真に道を知るといえるのです。


歌の意味は ・・・ そんなところでしょうか。


ゆえに

「 身をまもる 」とは 肉体と心の双方をふくめて

「 この自分を全 ( まつと ) うする」

というほどの意味と考えられます。


そこまでゆく努力をしないなら

人の道は それこそ 「 画餅 」 にとどまることになるでしょうね。






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花の命は短くて ・・・ 朝顔

2014-04-25 17:50:45 | 原発震災避難者






朝咲いて昼に散るともわが務め


桜の花は 咲いてから散るまでの期間が短いので

「 はかない 」 ことや 「 いさぎよい 」 ことの象徴のようにみられていますが

それでも 朝顔にくらべたら ・・・ まだまだ 「 長生き 」 のほうです。


朝顔は 朝咲いて 昼にはもう しおれてしまいます。

「 花の命は短くて ・・・ 」 といいますが

おそらく ・・・ もっとも命の短い花でしょうね。

虫の世界でいえば カゲロウといったところでしょうか。


だが 朝顔は

「 すぐしおれてしまうぐらいなら

咲いたってつまらない 咲くのはやめよう 」

などと ダダをこねたりしません。

数時間の間とはいえ

美しく咲いて 人の眼をよろこばせるというその務めを

・・・ よろこんで果たすのです。


巨視的視野からみれば

人の一生だって まことに短い はかないもので

朝顔のそれと本質的な差のあるものではありません。


これを 「 はかない 」 と嘆けば ・・・ はたらくことがイヤになってきます。

そこで ・・・ 朝顔を見習いたまえというわけです。


人生の長さなんぞ ・・・ どうでもいい。

とにかく 生きているあいだは

それぞれの務めを果たさねばなりません。


世のため 人のため いや だれよりも自分自身のために

・・・ 美しく咲きたいものです。

これは ・・・ 神からの至上命令であるような気がします。


やるべきことをやりとげたら

安らかな大往生 ・・・ キレイに散ることができるはずです。






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凍らない人生 ・・・ 2.金銭

2014-04-25 14:50:01 | 原発震災避難者






渋沢栄一翁は その子たちに

いつも こう教えたといいます ・・・


「 金は働きのカスだ。

機械が運転しているとカスがたまるように

人もよく働いていれば カスがたまるものだ 」


人は要するに生きてゆければよいわけで

むやみに金銭をためる必要はないのですが

水車の回転のように働いているうちに自然にたまるなら

これまた大いにけっこうなことです。


翁の教えのポイントは

金銭は目的ではなくて結果に過ぎない ・・・ ということです。


・・・ それが自然に 「 凍らない人生 」 を生み出すのですね。






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凍らない人生 ・・・ 1.水車

2014-04-25 11:48:59 | 原発震災避難者






精出せば凍る間もなき水車


水車は 間断なく回転することによって

氷にとじこめられる心配がないのだそうです。

すこしでも回転を止めると 厳寒のときには凍ってしまいます。

この水車になぞらえて 人の道を教えた句です。


人もまた たえず働き あるいは努力することによって

凍ることがなくてすみます。

休止すると 凍る可能性がでてきます。

要は それさえ果たすなら 人生いかなる心配もありません。



凍るとは人の場合 経済的に窮することでもあれば

精神的にゆきづまることをも意味しています。


どちらにせよ

凍りつかないで流れつづける人生こそが

シアワセのそれである ・・・ ということですね。






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